107:裏切りフラグ――破壊しますか?
北の港町アルト。
潮風が吹き抜ける埠頭に停泊した大型帆船の前で、ソーマたちは乗船の準備を整えていた。
船員たちが縄を外し、樽を積み込み、甲板を忙しなく駆け回っている。
帆が風を孕み、木造の巨体がきしむたびに、海の匂いが一層強く漂った。
「……いよいよだな」
ソーマは波打つ海を見やりながら呟く。
「初めてのまともな船旅になるといいわね」
エルーナが半眼でソーマを見やり、口元に意地悪な笑みを浮かべた。
「そ、そんなに心配しなくても……」
「今まで、五分も持たなかった人が何を言ってるのよ」
図星を突かれ、ソーマは乾いた笑みを漏らした。
――船酔い。
それは彼にとって最悪の天敵だった。
過去の船旅は常に悪夢。
数え切れないほど吐き、寝込み、まともに景色を眺めたことすらなかった。
「……でも、今回は大丈夫な気がする」
ソーマは胸に手を当て、竜機装の感触を確かめた。
「どういう根拠?」
エルーナが怪訝そうに眉を寄せる。
「なんとなく……かな。でも、クリスの新しい杖の力が関係してる気がする」
視線を向けると、クリスは少し驚いたように目を瞬かせた。
「私の……樹命杖が?」
「そう。あれで回復魔法をかけられると、前より体が軽くなってるんだ。魔力の巡り方も違うというか……」
ジョッシュが大げさに両手を広げた。
「おー、そりゃ朗報だな! これで甲板から顔真っ青でぶら下がってるソーマを見なくて済むぜ!」
「……そんな姿ばかり見せてきたのか、俺は」
自嘲気味に笑い、ソーマは仲間たちと共に船へと足を踏み入れた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
帆が風を受け、船が港を離れる。
潮騒とともに甲板に立つソーマは、初めて船旅を楽しんでいる自分に気づいた。
「……すごいな。海がこんなに綺麗だったなんて」
夕日を受けて煌めく水面。
波が寄せては返し、時折魚の群れが飛び跳ねる。
潮風は冷たいが清らかで、船のきしみさえ心地よい音楽に思える。
「顔色も悪くない。これは……珍しいわね」
エルーナが感心したように覗き込む。
「うん、本当に大丈夫そうです……」
クリスが胸を撫でおろした。
「そりゃいい! せっかくだ、今夜は甲板で星を眺めながら一杯やろうぜ!」
ジョッシュの陽気な声に、ソーマは頷いた。
(……やっと。やっと普通に船旅を楽しめるんだ)
胸の奥で、じんわりと温かい喜びが広がっていく。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
しかし――その奇跡は一日と持たなかった。
翌朝。
ソーマは目を覚ますと同時に、胃の奥から不快な波がこみ上げ、顔を真っ青にしてベッドに突っ伏した。
「……だ、駄目だ……やっぱり来た……」
「ソーマさん!」
クリスが慌てて駆け寄る。
回復魔法の光が体を包み、吐き気はすっと消えた。
「……ありがとう。やっぱり……永続は無理か。杖の力で効果は強くなっても、時間が経てば元通りだな」
「……それでも以前より格段に楽になってるはずです。前は一晩で立ち上がることすらできなかったのだから」
クリスの優しい言葉に救われながらも、ソーマはがっくりと肩を落とした。
完全克服はまだ遠い――それが現実だった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
昼下がり、船員の歓声が甲板を賑わせた。
網にかかったのは、めったに獲れないという大魚。
金色の鱗が太陽を反射し、見る者を魅了する。
「おおっ、こいつは幸運だ! 今日は特別に、客人たちにも振る舞おう!」
船長の粋な計らいに乗客たちは湧いた。
だが、獲れた魚は一匹だけ。分け前は一組につき一人前。
当然――ソーマたち四人は誰が食べるかで争うこととなった。
「こういうのは公平に決めようぜ。……じゃんけんだ!」
ジョッシュが拳を掲げる。
「異議なし」
エルーナはあっさりと手を引いた。
「私、魚は苦手なの。三人でやりなさい」
「えっ……ええと……私は、少しでいいです」
クリスも遠慮がちに譲った。
結果、ソーマとジョッシュの一騎打ちに決まった。
「……よし! 俺はグーを出すぜ!」
ジョッシュがにやりと笑い、堂々と宣言する。
その瞬間。
ソーマの脳裏に、あの無機質な声が響いた。
《ジョシュアの裏切りフラグが発生しました――破壊しますか?》
「っ!?」
思わず息を呑む。
確かに見えた。ジョッシュの頭上に浮かぶ淡い光の文字。
(……裏切り……フラグ?)
心臓が高鳴る。
今までも強大な敵を倒した後、不意に頭の中が軽くなったことはあった。
だが、それがフラグの解放と関わっていたとは、今の今まで気づかなかった。
「おい、どうしたソーマ! さっさと出せ!」
ジョッシュの声で我に返る。
「……ああ」
ソーマはゆっくりと拳を突き出した。
「じゃんけん――ポン!」
ソーマの手はグー。
対するジョッシュの手はチョキ。
「なっ……!? 俺はグーを出すって言ったのに……!」
「それを信じる程お人よしじゃないつもりだ」
ソーマは小声で呟き、勝利を収めた魚を受け取った。
ジョッシュは納得いかない顔で髪をかきむしる。
「おいおい! まさか本当に読まれてたってのかよ!」
ソーマは苦笑を浮かべながらも、胸の奥で冷たい感覚を覚えていた。
(裏切りフラグ……こんなものまで見えるようになったのか)
仲間を信じたい気持ちと、目に映る現実の狭間で揺れる。
しかし、同時に思った。
(必要ない時まで、こんな表示を見ていたら心が持たない……)
意識を集中すると、頭の中に選択肢が浮かんだ。
『通知を切る』――迷いなく選ぶ。
フラグの文字はすっと消え、視界は元の静けさを取り戻した。
「……これでいい」
ソーマは心の中で呟き、仲間たちの笑顔を見渡した。
たとえ何が見えようと――信じるべきものは、自分が選ぶ。
船は波を裂き、彼らを聖大陸アストレアへと運んでいった。
私はあと何フラグを見える様にすればいいんですかね?
ここまで死亡フラグ以外使いこなせてないと言うのに……
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