106:見送りと誓いのフラグ
冬の朝。
王都の飛竜便乗り場は、白い吐息が幾重にも重なって漂い、空気が張りつめたように冷えていた。
巨大な影が地を覆う。
檻から出された飛竜たちが、鞍を背に装着され、翼を広げて準備を整えている。
翼がはためくたびに風が巻き起こり、周囲の雪を粉のように散らした。
「……何回見てもすげぇな」
ジョッシュが頭上を仰ぎ、口を開けたまま唸った。
「つくづく、こいつらが敵じゃなくてよかったって思うわ。……まぁ、機械仕掛けの龍ならこの前戦ったけどよ」
「ふふっ、あれはまた別物でしょ」
エルーナが呆れたように肩をすくめる。だが、口元にはかすかな笑みが浮かんでいた。
「それに世界には、この飛竜よりもっと大きな龍がいるっていうじゃない。ほんと、広いわね……」
「私は……やっぱり少し緊張してしまいます」
クリスは杖を抱きしめるように胸に当て、白い息を吐いた。
「でも、アストレアへ向かうためには必要な旅路。飛竜もまた、神の与えた翼のようなもの……そう思えばきっと、恐れることはないはずです」
三人のやり取りを聞きながら、ソーマは一歩前に進む。
視線の先――見送りの人々が集まっていた。
いつも手を振ってくれるメルマ。
小さな体で寒さに震えながらも、必死に笑顔を作るリン。
そして今回はカルヴィラとゼルガンの姿までもがそこにあった。
「……カルヴィラさんにゼルガンさんまで」
ソーマは思わず呟く。
「依頼が停止されている間くらい、こうして送り出すのも務めだ」
カルヴィラは腕を組み、鋭い眼差しを向けてきた。
「これは国からの正式な依頼。くれぐれも抜かるな。……しっかり果たしてこい」
「はい」
ソーマは短く、しかし力強く返した。
その横で、リンが小走りで駆け寄ってくる。
「今年こそ……ソーちゃんと一緒に実家に帰って、のんびりできると思ってたのに……」
小さな唇を尖らせ、目元に寂しげな影を宿す。
「結局、また遠くに行っちゃうんだね」
「……ごめんなさい」
ソーマは思わず視線を逸らした。
本当なら、そんな日常を一緒に過ごしたかった。だが、託された責務がある。
「でも……わかってるよ」
リンはぎゅっと拳を握り、息を整える。
「ソーちゃんが戦ってるのは、あたしたちの暮らしを守るためなんだって。だから――」
潤んだ瞳を上げ、力強く言った。
「だから、あたしも王都で待ってる。帰ってきたら、今度こそ一緒に出かけようね♡」
「……ああ、約束する」
ソーマは真剣な眼差しで答えた。
その会話を聞いていたゼルガンが、大きな手をソーマの肩に置く。
「お前が行く先に何が待っているかは分からん。だが心配するな。少なくともお前の大事な人たちは俺が守る。……背中を預けて行け」
その顔は鍛冶職人ではなく、かつて勇者パーティーで剣を振るった戦士のものだった。
力強い瞳に、ソーマは胸の奥が熱くなるのを感じる。
「……ありがとうございます」
メルマも涙ぐみながら声を張り上げる。
「みなさん……どうかご無事で! 必ず帰ってきてください!」
その声は震えていたが、仲間を信じる強さに満ちていた。
ソーマは振り返り、仲間たちに視線を向ける。
「行こう。……みんな、準備はいいか?」
「おう! 冬の空を飛ぶなんて、滅多にできねぇ経験だろ!」
ジョッシュが拳を握りしめ、笑う。
「緊張はしてますけど……でも、楽しみです」
クリスが微笑んだ。
「空から竜眼照準》で見る景色……想像しただけで胸が高鳴るわ」
エルーナは風に髪をなびかせながら冷静に言ったが、その目は輝いていた。
四人は見送りの人々に深く一礼し、飛竜便の乗り場へと向かう。
巨体の飛竜が低く鳴き、翼を大きく広げた。
乗り手が鞍を整え、ソーマたちを手招く。
「じゃあ……行ってきます」
ソーマは振り返り、見送りの人々へ最後の一言を告げた。
メルマは大きく手を振り、リンは涙声で「約束だよ!」と叫ぶ。
カルヴィラは無言で頷き、ゼルガンは腕を組んで笑みを浮かべる。
そして、ソーマたちは飛竜の籠に乗り込んだ。
竜の鼓動と熱が革越しに伝わり、胸の奥に緊張と高揚が入り混じる。
「……出発します!」
乗り手の号令が響き、飛竜が地を蹴った。
轟音と共に巨大な翼が広がり、風が雪を巻き上げた。
石畳が遠ざかり、見送りの人々の姿が小さくなる。
リンが最後まで手を振り、メルマが目頭を押さえ、ゼルガンとカルヴィラが黙って見守る姿が下へと沈んでいった。
空へ――
飛竜は雲を突き抜け、広大な蒼穹へと舞い上がる。
王都の城壁が小さくなり、雪化粧した大地が眼下に広がった。
「なぁ、ソーマ!」
ジョッシュが風に負けじと叫ぶ。
「こうして見ると、なんだって出来そうな気がしてくるな!」
「……確かに。空から見る竜眼照準》の景色は、息を呑むわよ」
エルーナは冷静に言いながらも、頬がわずかに紅潮していた。
「わぁ……神の御業のようです」
クリスの瞳は感動に潤み、祈りに似た微笑みが浮かぶ。
ソーマは仲間たちの表情を一つひとつ確かめ、胸の奥に強い決意を刻む。
(俺たちは行く。聖大陸アストレアへ――そして、この旅でまた何かを掴むんだ)
飛竜の翼が空を裂き、一行を北の港町アルトへと運んでいく。
新たな大陸、新たな出会い、そしてまだ見ぬ試練が、彼らを待ち受けていた。
ソーマ達が離れている間に王都では何が起こるんですかね?
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