105:聖女の大陸と旅立ちのフラグ
ギルドで報告と依頼の受注を終えた後。
街では年の瀬に向けて冬支度が進み、家々からは薪を割る音や、干した保存食をしまい込む様子が見える。
人々が忙しなく動き回る中、ソーマたちはゼルガンの鍛冶場へと足を運んでいた。
魔族との戦いを支えてくれた新装備の礼を伝えるため、そして――これからの旅路について報告するために。
鍛冶場の扉を押し開けると、むっとする熱気と鉄の匂いが押し寄せてきた。
カン、カン、と規則正しく金槌の音が響き渡り、飛び散る火花が赤く空気を染める。
その中で、大きな背中がこちらを振り返った。
「おう、帰ったか」
笑みを浮かべたゼルガンは、煤にまみれた腕で額の汗を拭った。
鍛冶場の熱と共に、どこか安心させるような力強さがにじみ出ている。
「ゼルガンさん!」
ジョッシュが大声を上げ、愛用のバットを掲げた。
「新バット、最高だったぜ! 火力が増したってのは実感したし、ぶっ飛ばすときの手応えも段違いだった!」
「ふん。お前の腕っぷしがあってこそだ。武器は使い手次第だってことを忘れるなよ」
ゼルガンは鼻を鳴らしつつも、嬉しそうに目を細める。その顔はまるで弟子を褒める師匠のようだった。
「私も……」
クリスが胸に杖を抱き、静かに言葉を紡ぐ。
「樹命杖から溢れる力は、私の祈りを確かに後押ししてくれました。あの結界も、この杖がなければ張れなかったはずです。本当に、ありがとうございます」
「人々の為に祈りに杖が応えただけだ。お前の祈りは世界を救う。そのことを忘れるな。……エルーナはどうだ?」
ゼルガンの視線が鋭く射抜くように向けられる。
「……狙撃の補助が驚くほど正確だったわ」
エルーナは片眼鏡を軽く触れ、息を吐いた。
「敵までの距離、風速や魔力の流れが目の前に浮かぶようにわかる。最初は正直、怖いくらいだった。でも……そのおかげで守れた人がいる。だから、受け止めることにしたわ」
「なるほどな。いい顔だ」
ゼルガンは満足げに頷き、武骨な表情に優しさをにじませた。
そして、ソーマが一歩前へ。
竜機剣と竜機装に手を添え、深く息を吸い込む。
「……ゼルガンさん。この装備がなかったら、俺は仲間を守れなかった。影の魔族に押し潰されていたかもしれない。本当に、感謝しています」
ゼルガンは一瞬だけ目を伏せ、それから真っ直ぐにソーマを見据えた。
「その言葉を聞けりゃ、ドワーフのみんなで打った甲斐があるってもんだ。だが――本題はそれだけじゃないんだろう?」
「はい」
ソーマは頷き、息を整える。
「俺たち……国の依頼で、聖大陸アストレアにアスガンドでもらった魔石を届けることになりました」
「アストレア、か……」
ゼルガンの表情に、かすかな懐かしさが浮かぶ。
「ご存じなのですか?」
クリスが問いかける。
「もちろんだ。昔、勇者パーティーにいた頃、一度だけ行ったことがある。聖女の加護がもっとも強く及ぶ大陸だ」
ゼルガンの声は、遠い記憶を振り返る響きがあった。
「今の聖女様も同じパーティーにいたんだろ? 聖女ってのは……どんな人なんだ?」
ジョッシュが身を乗り出す。
ゼルガンは少しだけ笑みを浮かべ、首を横に振った。
「優しい方だ。少なくともエーメルみたいに高圧的な態度をとることはない。むしろ、あの人の前に立つと……心が洗われるような気分になる」
「心が……洗われる……」
エルーナが小さく繰り返す。
その声音には、ほんの少し憧れが混じっていた。
「あの大陸はな、魔大陸アスノクスから最も離れている。聖女の結界が大陸全体を包み込んでいて、外敵が侵入することはまずない。治安もよく、人々も穏やかだ。信者でなくとも旅人にとっては過ごしやすい土地だろう」
ソーマたちは少し安堵の息を漏らした。
だが、ゼルガンは鍛冶槌を握り直し、表情を引き締める。
「――だが、安心しすぎるな。魔族の数は確実に増えている。奴らは、いつどこで牙を剥くかわからん。勇者パーティーだった俺が保証する。油断は、命取りだ」
その言葉は、重く、鋭く、胸に突き刺さった。
「……わかっています」
ソーマは剣の柄を握り締め、真剣な眼差しを向ける。
「俺たちは……どこにいても全力で戦う。それが、仲間を守る唯一の方法だから」
「そう言えるなら大丈夫だろう」
ゼルガンは満足げに頷き、鍛冶場の熱気に負けない笑みを浮かべた。
「聖大陸までの旅は長い。だが、お前たちならきっとやり遂げる。……気をつけて行ってこい」
「はい!」
四人は声を揃え、深々と頭を下げた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
鍛冶場を後にし、一行は出発の準備に取り掛かった。
補給品の購入、旅装の整備、地図の確認。
街は年の瀬を迎え、行き交う人々の顔には慌ただしさと、どこか浮き立つような雰囲気が漂っている。
荷物を抱えながら、ジョッシュが呟いた。
「なんかよ……いざ大陸を渡るってなると、腹が鳴るほど緊張するな」
「いつも鳴ってるじゃない」
エルーナが呆れたように返し、少し場が和む。
だが、ソーマの胸の奥には小さな棘が残っていた。
(ユーサー達……ツィーナさん……行方不明のままなのに。俺たちは別の大陸へ……)
不安と使命感の間で揺れる心を、剣の冷たい感触で落ち着ける。
そして――旅立ちの朝が訪れた。
冬の空気は張りつめるように冷たく、白い息が昇る。
街路は薄い雪に覆われ、石畳が白く光っていた。
準備を終えたソーマたちは互いに顔を見合わせる。
「準備はいいか?」
ソーマの問いに、ジョッシュが親指を立てる。
「バッチリだ。聖女様に会えるなんてワクワクするじゃねぇか!」
「私は……少し緊張しています」
クリスは胸に手を当て、祈るように微笑む。
「でも、きっとこの旅には意味があるはずです」
「ふん。どんな土地でもやることは同じよ。敵が現れたら狙い撃つ。ただそれだけ」
エルーナはそう言いながらも、目には決意の光を宿していた。
ソーマは仲間たちの表情を一つ一つ確かめ、剣を握る手に力を込める。
「よし……行こう。俺たちの次の旅路は、聖大陸アストレアだ」
朝日に照らされ、飛竜便乗り場へ一行は向かう。
石畳を叩く馬車の車輪のリズムが、新たな冒険の序章を奏でるように響いた。
新たな大陸、新たな出会い、そして――まだ見ぬ試練が、彼らを待ち受けていた。
この話を書いているあたりで今章のボスを思いつきその方向で進める事に決めました。
思いついてしまいました。
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