104:新たな旅路と失踪のフラグ
王都の石畳を走る魔獣馬車の車輪が、乾いた音を響かせて止まった。
見慣れた尖塔と白壁の街並みが視界に広がり、一行の胸にようやく安堵が訪れる。
「……帰ってきたな」
ソーマが馬車から降り、冷たい冬の空気を胸いっぱいに吸い込む。
遠征の疲れはまだ体に残っていたが、王都に戻れたことで心の芯に火が灯るようだった。
「でも、まだ休めないわね」
エルーナが肩を竦め、風で乱れた髪を指先で整える。
「ギルドへの報告が残ってるわ。ギルマスが待っているでしょうし、すぐに向かった方がいい」
「だな。腹は減ってるが、まずは仕事だ」
ジョッシュが苦笑し、腰のバットを軽く叩いた。
「では、行きましょう」
クリスが穏やかに微笑む。
四人は街の人々の往来に混じりながら、冒険者ギルドへと足を運んだ。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
ギルドの重い扉を押し開けると、館内は以前と変わらず閑散としていた。
依頼掲示板には『依頼受付停止中』の札が張られたまま。
冒険者の姿はほとんどなく、帳簿を整理する音と靴音だけが広い空間に響いていた。
「……まだ、停止が続いてるのか」
ソーマが思わず呟く。
その声に反応するように、カウンターの奥からメルマが顔を上げた。
「ソーマさん……! 無事に戻ってきてくれて、本当にありがとうございます」
彼女の表情には、疲れと同時に心からの安堵が滲んでいた。
「俺たちは、できることをやっただけです」
ソーマは淡々と答えたが、心の内では緊張が解けていくのを感じていた。
その横には、ギルドマスターのカルヴィラが立っていた。
腕を組み、鋭い視線をこちらに注いでいる。
「……礼だけで済ませるつもりはない」
カルヴィラが低い声を発した。
「君たちに、新たな依頼を任せたい」
一行に緊張が走る。
「依頼……ですか?」
ソーマが問い返すと、メルマが小さく頷いた。
「これは国からの正式な依頼です。以前、アスガンドから持ち帰ってもらった魔石――覚えていますか?」
「ええ……あの、膨大な魔力を帯びた石のことですね」
クリスが記憶をたどりながら答える。
「そう。その魔石を、聖大陸アストレアに納品して欲しい」
カルヴィラは言葉を区切り、重みを込めて続けた。
「新年に聖女会議が開かれるのは知っているな? その会議に間に合うよう、年内には出発してもらう必要がある」
「……聖女会議、か」
ソーマは小さく呟き、眉を寄せる。
世界中から聖女の卵と呼ばれる聖女候補者たちが集う、一年で最も神聖な集会。
そこへ届ける役目を託されるということは――それだけ国が重要視している証だった。
「でも……なぜ、俺たちに?」
ソーマは一歩踏み出し、疑問をぶつけた。
「こういう大役なら、ユーサー達【栄光の架け橋】に任せるのが普通じゃないですか?」
その瞬間、場の空気が一段と重くなった。
カルヴィラの顔が険しさを増し、メルマも唇を噛んで俯く。
「……彼らには頼めない。理由は――行方不明だからだ」
「……え?」
一行は一斉に息を呑んだ。
「ユーサー達が……行方不明?」
ジョッシュが信じられないという声を上げる。
「最後に受注した依頼は、アスエリスでのものだった。だが、その後の報告が途絶えた」
カルヴィラの声は低く、重い。
「依頼先からの連絡もなく……加えて、同行した担当受付嬢のツィーナからの報告もない」
「ツィーナさんまで……」
ソーマの表情が揺らぐ。
かつて担当してくれていた受付嬢――対応はぶっきらぼうでも、確かにギルドの一員として支えてくれていた存在。
その彼女までが行方をくらませていると知り、心の奥に冷たい影が広がった。
「……」
ソーマは拳を握りしめた。
ギルドを支える柱のような存在が、同時に消えた。
それは偶然にしては出来すぎている。
胸の中に、不安が針のように突き刺さった。
「アスエリスに……捜索に行きます! 今なら、エーメル女王にも協力を……!」
焦燥を抑えきれず、ソーマは思わず口にした。
「ソーマ君」
カルヴィラの声音が鋭く、しかし同時に優しさを帯びていた。
「心配する気持ちは分かる。だが、今君たちに求められているのはアストレアへの納品だ。この魔石は各国も注目している品。失敗すれば、国際問題にすら発展しかねない。【栄光の架け橋】の件は、既にアスエリス側のギルドにも捜索を依頼している」
「……そうですか」
ソーマは目を閉じ、深く息を吐いた。
胸の奥で葛藤が渦巻く。
だが、やるべきことは一つしかなかった。
「……分かりました。俺たちが、アストレアまで魔石を届けます」
カルヴィラは深く頷き、その瞳に確かな信頼を宿した。
「助かる。君たちなら必ずやり遂げると信じている」
「……出発は?」
ソーマが問う。
「早いに越したことはない。準備に残された時間は多くない。だが、君たちにはできるはずだ」
カルヴィラの声音には、力強い信頼と同時に、どこか不吉な響きがあった。
ソーマは仲間たちを見回した。
ジョッシュは口を固く結び、クリスは静かに頷き、エルーナは深く息を吐いて目を伏せた。
(ユーサー達の失踪……ツィーナさんまでいなくなった……)
胸の奥に不安の影は残ったまま。
だがソーマは剣を握る手に力を込めた。
「……行こう。俺たちがやらなきゃならない」
こうしてソーマ達は、国から託された新たな大役を引き受け――聖大陸アストレアへの旅路に挑むこととなった。
まぁ流れで魔石の納品もしますよね。
なんか知らんけどユーサー達いなくなったんだし。
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