1:「ここは俺に任せて行け」って誰が言うかによって何フラグになるか変わるよね
「『ここは俺に任せて先に行け!』ってセリフあるじゃん」
ソファでスマホを見ている黒髪の青年旗織 操真の傍でそう言ったのは、テレビで野球中継を見ている高校からの友人、中村勇一だった。
「漫画やアニメでよく見るやつ?」
「そうそう。大抵は死亡フラグだけどさ、脇役が言うからダメなんであって、主人公が言えば生き残るパターンもあるよな」
「……じゃあさ、主人公の恋人とか仲間が言ったら?」
「うーん……それは、死亡フラグ寄りの生存フラグ?」
「なんだよそれ、曖昧すぎだろ」
大学の講義を終え、ルームシェアしている部屋へ戻り、くだらない会話に笑いを零す。
――こういう、何でもない時間が操真は嫌ではなかった。
野球中継は延長十二回表0-0のまま、勇一贔屓の球団が大ピンチに陥っていた。
「ここでエラーかよ……ノーアウト満塁って最悪だな」
勇一は文句を言いながらも画面に釘付けだ。
打球音が響く。
「一人でトリプルプレー!? 神ってる!」
「ピンチの後にチャンスありってやつだ、サヨナラあるよ!」
一瞬盛り上がったが、その裏はあっさり三者凡退し、引き分けに終わった。
「また引き分けか……操真が見てるといつも引き分けだよな」
「だから俺、スポーツ観戦向いてないんだよ」
届きそうで届かない。
決まるかと思えば決まらない。
あと一歩がいつも遠い――それは操真と呼ばれた青年の人生そのものだった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
旗織 操真は取り柄もなければ、特筆すべき過去もない、ごく平凡な大学生だ。
振り返っても、本当に何も起こらなかった。
転校してきた可愛い子と曲がり角でぶつかるというベタな展開も翌日には別の男子と付き合っていた。
誰かを助けても、その相手はすぐに別の誰かの元へ向かった。
何かが起こりそうで、結局何も起きない。
最後まで決まらない人生。
唯一、『何か』が起きかけたことがあるとすれば――高校時代に隣に越してきた中村一家。
勇一の妹の邦子に、一目ぼれした。
もしかしたら……という期待もあった。
だが、学年行事の旅行中、中村一家は事故に遭った。
残されたのは勇一だけ。
出来たばかりの家と保険金を支えに進み続けた。
甲子園ではエースで四番、スポーツ推薦で大学へ――
操真は隣人という縁で家族ぐるみで応援し、気づけば一緒の大学に進学した。
でも――
操真はいつも、ただの傍観者だった。
「なあ、勇一、もし――」
『もし俺が主人公だったら、何か変わってたかな?』
言いかけて、やめた。
聞いてどうなるものでもない問いだ。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
翌日の帰り道。
いつもと違う道を選んだのは、気まぐれだった。
「……なんか変な音、聞こえないか?」
勇一が立ち止まる。
耳を澄ますと、低いうなりが聞こえてきた。
空気が微かに震える。
次の瞬間、轟音が世界を裂いた。
目の前のビルが爆発し、火球と黒煙が空へ踊る。
瓦礫が崩れ、ガラスが砕け、街の空気が悲鳴を上げた。
「爆発……っ!? なんで――!」
「操真、走れッ!!」
勇一の声に操真の体が反応する。
だが爆発は一度では終わらない。
連鎖する破裂、燃え広がる炎。
人々が叫び、子供が泣く。
「こっちだ! 早く!」
操真が手を引こうとした刹那、別方向で破裂音と悲鳴が重なる。
火のついた破片が飛び交い、空気が焼ける。
「ぐッ……!」
破片が操真をかばった勇一に直撃し、肩から血が噴き出した。
勇一はよろめきながらも立ち上がる。
「操真……ここは俺に任せて、先に逃げろ……!」
その言葉で、操真は凍りついた――あの、死亡フラグの定番。
「ふざけんな! 置いていけるかよ!」
「いいから……行けッ! お前は、生きろ……!」
振り払われた手が痛い。
けれどそれよりも、胸の奥が深くえぐられた。
「誰か……中に取り残されてるっぽい……」
勇一は血まみれのまま、燃え盛る建物の中の誰かを助けに行く。
血に染まる彼の背中。
まっすぐで、迷いがなかった。
――操真は、逃げなかった。
ヒーローめいたことがしたかったわけじゃない。
使命感でもない。
ただ――勇一の背が遠くなるのが、怖かっただけだ。
勇一を追いかけて入った建物は既に壁が崩れ始めていた。
中で聞こえた声は、勇一のものか、誰かの叫びか、もう判別もつかなかった。
熱い、息ができない、目が痛い。
進む先に何があるかなんてわからなかった。
けれど、それでも足を止めたくなかった。
だが崩れた天井が、操真を覆った。
閃光と熱、そして――意識を奪う重さ。
また何も成し遂げられず終わるのかと思ったその瞬間、耳元で優しい声がした。
『……間に合わなかったか。すまない、人の子よ……』
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
気づくと、燃えさかる火も、崩れ落ちた天井も、焼けただれた肌の痛みすらも、すべてが霧のように消え去ったその空間で、操真はひとり、ただ立ち尽くしていた。
いや、一人ではなかった。
目の前にいたのは、男とも女ともつかない存在。
透き通るような白い肌、深淵のような瞳。
その存在は静かに操真を見つめていた。
「……誰、だ……?」
「私はアストリア。君たちの言葉で言うと、創造神だ。旗織 操真、君に話すことがある」
その言葉が、鼓動のように、世界に響いた。
「君には――フラグを壊す力がある」
「……は?」
耳に入った言葉の意味は理解できた。
だが心はそれを認めたがらなかった。
「生まれながらにして、君の力は人の思惑や運命の分岐――つまり物語の起点となる『フラグ』を、無意識に破壊する。恋の芽生え、奇跡の出会い――それらが成立する前に、力が作動して消えてしまうのだ」
頭の中に昔の断片が蘇る。
放課後の図書室で邦子と目が合い、手が触れそうになったあの瞬間。
操真は怖気づいて離れた。
数日後、彼女は事故で死んだ。
(あれも、俺が壊したのか……)
アストリアが手を翳すと、薄い光と共に幻影が浮かぶ。
フードを被る者、煌びやかな衣装の者、小さい子供が映り、それぞれが楽しげに何かを覗き込んでいる。
『もしこの少年が死にかけたら?』
『恋が生まれそうになったら?』
彼らは操真のフラグの行方を観察していたのだ。
「君に何かが起こるたび、彼らは期待した。しかしフラグは次々へし折られ、何も起こらなかったかのように幕が下りる。それを観て愉しんでいた」
胸の中が焼けるように痛んだ。
「……ふざけるな」
拳を握る。
自分の人生が、誰かの娯楽だったという怒り。
邦子の死も――
「今回の爆発は、彼らの一人が試した実験の結果だ。君の力が友に及ぶかを確かめるために」
アストリアの声が僅かに低くなる。
「私はすべての世界を管理するのが役目だが……彼らのイレギュラーな干渉が、君の力と複雑に絡み合い、看過してしまった。関与した者たちには罰を与えた。しかし、君も君の友――勇一も、もう戻らない」
勇一の名を聞いただけで、友の命が、興味本位で奪われたのかと思うと、胸が裂けるようだった。
「だから提案がある。君の魂を別の世界に転生させよう。そこでは君の力は抑えられ、本来歩むべき物語を生きられるかもしれない。記憶は封じられるが、魂の本質は残る」
「……転生……」
言葉が胸に響いた。
やり直せる。
今度こそ、フラグを壊すことなく、大切な人を失うこともなく――やり直せる。
「……その世界は、どんな場所なんだ?」
問いかけると、アストリアは少し微笑んで言った。
「不思議な能力はあるが地球によく似ている。文化や環境、言語、単位すらも。私が設計、管理している世界だから、君も適応しやすいだろう」
「……やけに親切だな、神様のくせに」
「……神だからこそ、贖罪の意志を示したいのだよ」
操真は目を閉じる。
「……行きます。もう二度と、運命に振り回されない。俺の物語は、俺が紡ぐ」
拳を強く握った。
アストリアは静かに頷き、手をかざす。
光が差し込み、白く包まれていく。
「願わくば、今度の人生が君自身の物語になりますように――」
光の中で、意識は深い海へと沈んだ。
そして――新たな物語が始まった。
はじめまして。
読む専でしたがこの度初投稿してみました。
読んで頂けたら嬉しいです。
それではよろしくお願い致します。
*9/18追記 こちらもともと投稿していた序盤を大幅に改変しております。
元々読んでいた方には流れは変えていないので影響はないと思いますがよろしくお願いします。
※作者からのお願い
投稿のモチベーションとなりますので、この小説を読んで「続きが気になる」「面白い」と少しでも感じましたら、↓の☆☆☆☆☆から評価頂き作品への応援をよろしくお願い致します!
お手数だと思いますが、ブックマークや感想もいただけると本当に嬉しいです。
ご協力頂けたら本当にありがたい限りです。




