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王宮の夜会に行きますわ

 王宮の夜会には、たいていの貴族が参加している。

 特に伯爵家以上の上級貴族は、よほどの理由がない限り全員参加。

 ただし、男爵家ぐらいの底辺の貴族になると、当主か嫡男が参加するのが普通。

 つまり、エルマーのように男爵家三男が参加することは少ないのだけれど。

 エルマーの場合は、子爵家の跡継ぎであるリリーのエスコート役だから、参加できるのよね。

 

 今日は私も、それなりにドレスアップしてきたわ。

 最近仕立てたばかりの、お気に入りのドレス。

 前回みたいに勝手に送りつけられた拷問衣装じゃありませんことよ!


 ……で、隣にいるのはテオドール。

 前回までは一応婚約者がいましたけれど、今回は仕方なくテオにお願いすることに。

 そういえば、正装したテオを見るのはめずらしいわね。

 背も高いし、それなりにイケメンだし、女子たちがちらちらこちらを見ているわ。


「お嬢様。今日はなかなか、目立ってますね」

 口元をおさえて笑いをかみ殺しているテオ。

 ……何がおかしいのかしら?

 

 注目されるのは仕方ないでしょう?

 だって、婚約破棄したばかりなのよ!

 誰にエスコートされているか、注目されるのは覚悟の上よ。


「ふふん、目立って当然よ。独身の伯爵令嬢なのよ?」

「……今日は俺がついてますから、目立つ必要なかったのでは?」


 ちょっと! 何よその意味深な言い方!?

 私だって、一応婚約者募集中なんですからね!

 ちらりと横目で睨むと、テオはふいと視線をそらせて、笑いをかみ殺している。

 ……なんだかご機嫌のようね。いつもより。


 さて、ダンスが始まってしまう前に、リリー嬢を探さなくては。

 ……と思っていたら、向こうから私を見つけてくれたようね。

 


「ごきげんよう、ヴィヴィアン様!」

 可憐なドレス姿のリリー嬢。

 少し緊張したような、でもほっとしたような顔ね。


「来てくださってうれしいです……エルマー様も、一緒ですの」

「──これはこれは! なんと光栄な偶然でしょう」


 リリー嬢の後ろから現れたのは、含みのある笑顔を貼りつけた男。

 社交界では立ち振る舞いがスマートで、お洒落だと評判の男、エルマー・ラヴェル。

 だけど、不思議なのよねえ。

 ラヴェル家ってわりと貧乏な男爵家だって噂なんだけど。

 その立派なスーツは、リリー様のプレゼントかしら?


「かの有名なヴィヴィアン・ド・モンテローズ伯爵令嬢とお話できるとは! 噂よりも……ずっとお美しい」


 リリーが言っていたように、目が笑っていないわね……。

 それに、まるで品定めするような視線が不快だわ。

 上から下までなめ回すように見られている。

 まるで金づるを見つけた商人のような目つきね。


「あら……お世辞でもうれしいですわ。あなたもこんなに可憐な婚約者がいてさぞかしご自慢でしょう?」

「いやあ、不出来な婚約者で、モンテローズ伯爵令嬢とは比べものになりませんよ」

 出た! 婚約者を卑下するような発言。

 エルマーはリリー嬢のことを振り返りもせず、ニヤニヤしている。

 入り婿予定の男爵家三男とは、とても思えないような傍若無人ぶりじゃないの。

 リリー嬢を見ると、肩をすくめて「ほらね……こんな感じなんです」というような表情だ。

 確かに、これはかなり変だと思うわ。

 浮気かどうかはまだわからないけれど。


 エルマーは怪しげな笑顔を貼り付けたまま、ぐっと一歩距離を詰めてきた。

 リリー嬢は後ろで取り残されたまま、困ったように笑っている。


「ヴィヴィアン様、実は……お耳に入れたいことがありましてね」

 妙に親しげな声色。

 それに──さっきから、やたら距離が近い。


「ちょっと! あなたにわたくしの名前を呼んでいいとは、許可していませんわ!」

「ヴィヴィ」


 すっと、テオが一歩前に出た。

 私とエルマーの間に割って入ると、自然な動きで私をかばってくれた。

 ヴィヴィだなんて……ずいぶん懐かしい呼び名ね。

 子どもの頃のようだわ。


「おっと、これは失礼しました、モンテローズ伯爵令嬢。リリーがそのように呼んでいたもので、つい……」

「リリー様はお友達ですもの。あなたはその婚約者でしょう? 婚約者以外の女性を名前で呼ぶなんて、マナー違反ですわよ?」

「ヴィヴィ、もういいだろう? あちらにもご挨拶に行ったほうがいい」


 テオが私の手をとってエスコートしようとすると、エルマーが強引に行く手をふさいだ。

 失礼な人ね……


「実は……ある筋から、とっておきのお茶を入手しましてね」


 お茶?

 この場でお茶の宣伝?

 まさか、私にまでダイエットしろと?

 

「ほんの少しで……肌がつややかになり、美しくなれると評判のお茶なのですよ」


 エルマーは低い声で、内緒話のようにささいてくる。

 そして、懐からお茶のサンプルのような包みを取り出した。

 用意のいい男ね……

 いつもこんな営業をやっているのかしら。


「女性にとっては夢のような……ね?」


 そして、さらに一歩。また一歩。

 まるで捕食しようとしている獣のような目つき。

 なんだかぞっとするわ……


「ぜひ、モンテローズ伯爵令嬢にもプレゼントさせていただこうかと。もちろん無料ですよ? お気に召していただければ、ご購入できるように取り計らいましょう……なにせ特別なルートで手に入れた非売品ですので」


 ──ついに本音が出たわね。

 リリーにすすめたのも、それなのね?

 私は近くにいたボーイからシャンパングラスを受け取りながら、視線でテオに合図する。

 そして、お茶を受け取るふりをして、エルマーの衣服に少し触れた。

 袖口のあたりに、指先で。


 ──来た。過去視だわ。


 視界がふわりと揺れて、セピア色に染まる。

 目の前に映し出されたのは、若いメイドが慌ただしく部屋を出ていくところ。

 どうやら、エルマーの袖飾りを、そのメイドが触った直後らしい。


 メイドはすぐに、廊下の先で同僚らしき別のメイドに駆け寄った。


 ──またあの変な小包が届いてたわ……

 ──ご主人様ったら、今度はリリー様用ですって。


 ひそひそと、しかし興奮した様子で内緒話をしている。

 同僚のメイドも、聞きながら顔をしかめた。


 ──あれ、何かの薬じゃない?

 ──お茶って普通、あんな匂いするかしら……

 ──私だったら絶対飲まないけどなぁ。


 ふたりのメイドの背後にある小包がちらりと見えた。

 包みにはたしかに『リリー様用』と書かれている。

 ラベルの細部までははっきりしないけれど……住所が見えたわ!

 ──ヘイグ通り17番。

 

 ゆっくりとセピアの映像が遠ざかり、視界が現実へ戻った。

 目の前には、相変わらず営業スマイルを浮かべたエルマーが立っている。


 「そうね……美しくなれるお茶と聞けば、女性なら誰でも興味を持つわね?」

 

 ニヤリ、とエルマーが浅ましい笑みを浮かべた。

 ここは、ひっかかったフリをしておいてあげましょう。



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