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悪役令嬢になってみせますわ!

 教会の人が寄付金のお礼に来たから、さりげなく聖騎士団の今年の入団者を聞いてみた。

 クレメンスはやっぱり、入団していたわね。

 そりゃあ、あれだけ聖職に憧れていたんだもの。

 こんなチャンスは二度とないと、飛び上がって喜ぶ姿が目に浮かぶようだわ。

 私は、別に何も悪いことはしていないわよね?

 善意の寄付と、本当に向いている人を推薦しただけよ?


 それと、気になるのはハロルド様の恋のゆくえね。

 あの方、ポンコツだからちゃんと告白できたのかしら?

 でも……大丈夫ね。

 マリアンヌ嬢は、本当に優しい子みたいだし。


「お嬢、先触れが来たぜ?」

 

 ひらひらと手紙を振ってみせるテオ。

 受け取ろうとすると、ひらりと避けて手紙を高く持ち上げた。

 

「触れたら何が見えたか教えろよ?」

 

 興味津々ね。

 わかるわ。私だって気になってるわよ。

 手紙を受け取ると、目の前に鮮明に浮かぶセピア色の映像。

 物の記憶は、新しいほど鮮明に見える。


 ハロルド様が手紙を書いている間、後ろからのぞき込んでいる令嬢の姿が見える。

 ハロルド様はときどき書く手をとめて振り返っては、私には見せたことがないような笑顔を向けているわ。

 まあ、思った通りね。

 うまくいったんだわ。

 ということは、この先触れは婚約解消のために、こちらへ向かっているのかしら。


 ◇


「このたびお時間をいただいたのは、ほかでもありません。我が家のハロルドと、モンテローズ令嬢とのご縁について──再考した方が良いのではと判断した次第でして……」


 額に玉のような汗をかいているローゼン伯爵の横で、ハロルド様は青い顔をしてうつむいている。

 まあ、何も言えないでしょうね……本当のことは特に。

 お父様には、今日は私が相手をすると事前に伝えておいたので、隣ですました顔をして座っている。


「お嬢様には何の落ち度もございません。むしろ、あまりにご優秀でいらっしゃるがゆえ……ハロルドのような未熟者では、モンテローズ伯爵家の重責を担うには力不足ではないか、という懸念が生じております。もし将来的にご迷惑をおかけすることになれば──それは我が家にとっても不本意。故に、今のうちにご縁を白紙に戻すのが、双方にとって最も誠実な道であると考えました」

「まあ、今頃お気づきになりましたの? てっきり最初から高望みなのをわかっていらっしゃったとばかり」


 今日は一番派手な色の扇を用意したわ。

 七色のダチョウの羽を使った特大の扇をバサリと広げ、口元を隠す。

 うふふ。悪役令嬢の楽しいお芝居の始まりよ!


「わたくし、つねづね思っておりましたのよ? 観葉植物のように、ただそこに座っていらして……一体どうやって伯爵になるおつもりなのかしら?って」

「……それはっ」

「だって、お茶会でも一言もお話にならなかったでしょう? 婚約者として紹介されてから、何度もお会いしているのに……ええ、本当に不思議でしたわ」

「いやあ、ごもっとも! ヴィヴィアン嬢も、さぞうちのハロルドにご不満を持っていらっしゃるのではと……実は、我々も常々心配しておりましたのです!

それで今回……辞退を申し出るに至ったわけでして!」

「つまり、うちの息子には到底釣り合わない令嬢でしたと、ようやくお気づきになったのね? ご心配なく。お気持ちは、充分伝わっておりますわ」


 これぐらいの皮肉は言ってもいいわよね?

 そっちの浮気をこっちのせいにしようとしてるんだから。

 こっちは、マリアンヌ嬢に免じて、黙ってあげてんのよ!


「本来であれば、こちらから何かしらの償いを、とも考えましたが……先んじて破談をお申し出する形となりましたので、こちらで矛先をお納めいただければ……と」


 ローエン伯爵が差し出した一枚の書類。

 そこには、慰謝料の最低額程度の金額が書き込まれている。


「まあ! なんですの、これ! なにかの間違いですわよね? これは……お小遣いか何かかしら?」

「い、いや……その……」

「まさかわたくしの価値がこんなはした金だと? こんなもの、受け取れませんわ! 我が家の末代までの恥ですわ!」

 

 目の前で、ビリリと書類をまっぷたつに破く。

 ここが一番の見せ所ね!

 

「我がモンテローズ家、こんな恥辱には耐えられませんもの。婚約破棄、いえ、婚約そのものがなかったことにさせていただきますわ!」

 破いた書類をポン、とハロルド様の前に投げると、驚いたように顔をあげた。

「白紙撤回ですわ! 破棄ではなくて、は・く・し!!」

 

 さよなら、ハロルドさま。

 それが最後の、私からのプレゼントですわ……

 

 扇を閉じて立ち上がる。

 そろそろ退場しようかしら。

 お芝居も疲れてきたし。


「……いやはや、やはりモンテローズ嬢は聡明でいらっしゃる! 慰謝料を受け取られぬとは……いや、寛大なお心に感謝いたしますぞ! 破棄ではなく、白紙ということであれば、両者に遺恨なし! 今後ともローエン家を何卒、よろしくお願い申し上げますぞ!」


 ふん。アンタのためじゃないわよ!

 慰謝料払わなくていいとわかったら、急に揉み手になってヘラヘラしているローエン伯爵。

 アンタと縁が切れるのが一番うれしいわ!


「それでは、お忙しいところお時間いただき……我々はこれにて失礼いたしますぞ」


 そそくさと立ち去るローエン伯爵と、無言で追いかけるハロルド様。

 玄関へ続く廊下で、ハロルド様が振り返り、一通の手紙を差し出した。


「……これ。マリアンヌから。君に、どうしても謝りたいって」

「まあ。謝る必要など、どこにございます? わたくしとあなたは、もう赤の他人──婚約は、元々なかったことになりましたもの」

「ヴィヴィアン……君は……」

「これは、お預かりしますけれど──お返事は書きませんわ。そう、マリアンヌ様にお伝えくださいませ」

「……わかった」


 何か言いたげな様子のハロルド様から、仕方なく手紙を受け取る。

 マリアンヌ様の謝罪など、本当は聞きたくないけれど。

 美しい模様で縁取られた封筒をじっと見つめていると、ふと意識が吸い込まれて……

 視界にセピア色の情景が浮かび上がる。


 ──マリアンヌが、静かな部屋で手紙を封じたあと、肩を震わせて

 ──涙がぽろっとこぼれ落ちて

 ──そこへ、そっとハロルドが近づき

 ──指先でマリアンヌの涙をぬぐう

 ──そして、両手で彼女の頬を包み……

 ──ふたりの顔が、ゆっくりと……近づいて……


「──ぎゃああああああああああっ!!!!!??」

 

 あわてて手紙をぶん投げて、映像をかき消すように暴れ回る。

 

「な、なに見せてんのよあのバカぁぁああああああ!!!!!!」

「お、お嬢!? どした!? なんか怖いもんでも見たか?」

「違うのよ! もっとこう……見ちゃいけないやつなのよぉおお!!」

「もしかして……アレ? ハロルドの遅咲きの青春的な?」

「ううう……何が悲しくて元婚約者のいちゃこらを……」

「そ、それは……お気の毒に。俺でも叫ぶわ」

「見てない見てない見てない……私の視界に入ってない……っ!」


 もう! なんで私がこんな目に!

 デレた元婚約者のラブシーンって、想像以上に破壊力あったわ。

 心臓に悪い……


 ◇


 マリアンヌからの手紙は──結局、読まずに暖炉にくべた。

「ありがとう」くらい言いたくなるほど、肩の荷が下りた気分だった。


 ……と、そこへ。


「お嬢、ちょっと変な話があるんだが……」

 

 テオが、困ったような顔でやってきた。

 手には、どこかの令嬢から届いた封筒。

 封に使われた紋章は、見覚えのある貴族家だ。


「相談したいことがあるみたいだぜ? どうやらお嬢の婚約解消を、不審に思ってるらしい」

「ふうん……」

 

 私は封筒を手にして、セピア色の意識の中に引き込まれていく。


 うふふ。

 また面白いことが始まりそうだわ!



 【第一話】『婚約破棄は円満に』 ー完ー



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