スネークの手口
「……あの、少しお話、しても?」
声をかけると、女性たちが一瞬ピクリと動いた。
みんな怯えた様子だったけれど、一人だけ──リュシエンヌ婦人が、小さく頷いた。
「あなた、もしかして……モンテローズ伯爵家のヴィヴィアン様?」
「ええ、ヴィヴィアン・ド・モンテローズですわ。あなたは、リュシエンヌ・ド・モルセ夫人ね?」
「やっぱりそうだったのね……夜会でお見かけしたことがあって。王女の秘密を暴いたすごい方だって、噂になってましたわ」
「今はその話は置いておくとして……ここに連れてこられた経緯を、教えてもらえる?」
リュシエンヌはぽわんとした目で天井を見上げた。
「マローネ様が……仮面舞踏会で私を見つけてくださったの。本当の貴女を解き放ちたいって……ささやいてくださって……」
いやいや、ちょっと待って。
何その口説き文句……恥ずかしすぎる。
そんなのにだまされるなんて!
「……えっと、マローネ様というのは?」
「マローネ・グレイヴス様ですわ。貴族のご子息ですの。今は秘密のお仕事をしていて、私を安全な場所へ連れていくって……」
「黒髪で口元に傷のある男では……?」
「そうですわ! あの傷がまた、魅力的で……」
あー、だめだこの人。
完全に目がハートになっているわ。
まだ香水の効き目が残っているのかしら。
「……リュシエンヌさん、その人は誘拐犯なのよ?」
「違いますわ! マローネ様は、助けに来てくださるの。絶対に!」
ほかの四人が一斉にため息をついた。
「まだ言ってるわよ、この人……」
「ずっとこの調子で、信じてるの一点張りなのよ」
「私なんか、ノアール・クラウンって名乗られたわよ?」
「私のときは、ロラン・ベルモンドだったわ」
「セシル・カダルって名乗ってたわよ?」
「私にはレオニス・シュヴァルツって……」
いや、ちょっと待って、それ、本当に同一人物?
そんなにたくさんの偽名……よく自分で間違えないわね。
「どんな容姿だったか覚えています?」
「黒髪で、左の口元に小さな傷があったわ。やたらロマンチックなセリフばっかり言うのよ」
「私のことを、運命を変える一輪の花とか言ってたわね……」
「本当のあなたに出会いたいとか、ね」
「囚われた鳥を、自由にしたいって言われた……」
全員、うっすら頬をそめている。
もう!
どうしてみんな、そんな男に引っかかるのよ!
……と思ったけど、王女様でもだますような男だものねえ。
退屈している貴族の女性をだますのなんて、さぞ簡単だったでしょうね。
「スネークって呼ばれている男よ? その名前、聞いたことない?」
四人が顔を見合わせ、そろって首を振った。
「知らないわ……」
「私も聞いたことないわ」
「ちがうわ! マローネ様は、そんな悪い人じゃないもの……!」
……うん、リュシエンヌ嬢の意見は、聞かないことにしよう。
頭が痛くなりそうだわ。
「それと……香水をもらったり買ったりしなかった?」
私の問いかけに、年上の婦人がはっと顔をあげた。
他の女性たちも、思い当たることがある様子ね。
「仮面舞踏会の前に、私、マローネ様に、香水をもらったわ」
「私も」
「わたくしもですわ」
「これをつけると、あなたがより美しく見えるとか言って……」
手口は予想通りだったわね。
ということは、その香水に、媚薬のような成分が入っていたのかしら。
私が嗅がされた甘い匂いは……気を失ってしまう成分だったけど、別物?
「……それって、どんな香りだったの?」
「花のような……でもちょっと、濃くて甘ったるい香り」
「つけてしばらくすると気持ちが浮つくというか、高揚するのよね……」
「今なら思うんだけど……あれって、何かおかしな薬が入ってたんじゃないかって……」
──香水。
グレイ・ティー商会が扱っていた、あの怪しい品よね。
隣国の裏組織・カマルヤ商団が流していたんだっけ。
女を誘導する香りだなんて、とんでもないわ。
──さて。
スネークの手口もだいたい見えてきたけれど。
あとは、ここからどうやって抜け出すか……よね。
……と思ったそのとき。
──ガチャリ。
鍵が開けられる音がして、誰かが入ってきた。
女性たちが反射的に後ずさる。
入ってきたのは、さっき出ていったふたりの内のひとり。
な、なによ……
私に何か用なの?
ちょっと、こっちに来ないでよ!
……と身構えた瞬間、男はなぜか小さくため息をついた。
「何つかまってるんですか──モンテローズ嬢」
「……は?」
男は首元に手をやり、顔半分を覆っていた布を少しずらす。
見たことあるわ……
この仏頂面の美形は──
「あなた……フォグね? スコープの! オーラ消せる人!」
「ええ。あまり大声で暴露しないでほしいのですが」
あ、いけない。
コードネームと組織名をバラしてしまったわ。
……といっても、彼女たちは何もわかってなさそうだけど。
「で? 自分から囮になったものの、あっさりさらわれて船底ですか……まったく」
「……うるさいわね。知ってたなら、さっさと助けてよ」
「その前にやることがあるんですよ。こうなったからには、あなたにも協力してもらいます」
「……協力?」
「過去視ができる、と聞いてますよ? モンテローズ嬢は」
ふうん。
任務に私の力を貸せ、ということね。
素直に頼めばいいのに。




