密輸船のようですわ
目を覚ますと、馬車の中で揺られていた。
簡素な馬車の荷台に、私だけが転がされている
手首と足首を縛られているけど……口は塞がれていないわ。
──どうやら、傷つけたり殺したりするのが目的ではないようね。
外は暗い……舞踏会から連れ出されてから、どれぐらい時間がたったのかしら。
甘い香水の匂いがまだ染みついているようで、頭が痛い。
小窓のほうから、かすかに潮の香りがするわ……
もしかして、港へ向かっているのかしら。
この時間で王都から行ける港といえば、グレイマー港ぐらいだと思うけど。
──さて、どうしたらいいかしら?
馬車が止まって、降ろされたときがチャンスだと思うけど……
私ひとりで戦うのは無理だわ。
だとしたら……
私が連れ去られたことで、きっともう捜査が始まってるわ。
テオが通報しているはずだし、伯爵令嬢誘拐となったら、騎士団が動くもの。
だとしたら、私がこの近くにいるという目印になるものを……
でも、身につけていた宝飾品は、全部盗られてしまったようだわ。
縛られた手をなんとかポケットに入れてみる。
指先に、オモチャのペンダントが触れた。
倉庫で見つけて、ポケットに入れっぱなしにしていたんだわ。
いざというときはこれをどこかに……と思案していたら、ガタンと音を立てて馬車が止まった。
「降りろ!」
無理矢理立たされて、馬車の外へ引きずり出された。
三人いるわね……
顔の下半分に覆面のような布を巻いていて、暗がりだから顔はわからないけれど。
二人は馬車から何か荷物を降ろしていて、私のロープをつかんでいるのはひとり。
どこか目印になりそうな場所はないかしら……
こっそりとあたりを見回すと、古びた港のロープ杭が目に入る。
船をつなぐための、錆びかけた鉄製の輪が、地面から突き出していた。
──あそこなら。
今は暗がりだけど、昼間なら目に付くんじゃないかしら。
私はペンダントのチェーンを指先に巻き、そしらぬ顔で歩いていく。
そしてタイミングを見計らい、杭の金属輪に向かってペンダントを落とした。
うまくいったわ。
カラン、と小さな音を立てて、チェーンがロープ杭に絡みついた。
ひまわりのペンダントが、ほんの少し揺れている。
──お願い。気づいて。テオ。
きっと見つけてくれるわよね。
◇
無理やり腕を引かれ、足元の不安定な板を渡って船に乗せられた。
薄暗い港に停泊している船──それ自体には特に目立った特徴はない。
でも……
──積荷に、ラベルがないわ。
これだけたくさんの木箱を積んでいるというのに。
普通、貨物用の木箱には、品名や数量、商会の印なんかのラベルがベタベタ貼られているはず。
この積荷はどっかヘンよ。
第一、こんなに暗くなってから荷物の積み込みをするのも、普通じゃないわ。
税関はすでに閉まっているもの。
……だとすると、密輸船ね。
スネークが関わっているのだとすると、行き先は隣国かしら。
船の甲板には、忙しそうに働いている乗組員が何人かいる。
でも、誰一人こっちを見ようとしないわ。
ドレスを着た女が、手を縛られたまま引きずられているというのに。
──私が初めてではない、ということだわ。
見慣れているのよ……こういう光景に。
そうとしか思えない。
この沈黙、この無関心、この時間帯。
全てが、ひとつの結論を指している。
それにしても……
まさか誘拐事件の被害者になるだなんて。
経験したくはなかったわね。
おとなしくテオの言うことを聞いていればよかったかしら。
船底へ向かう、狭くて急な階段を下りていく。
何を積んでいるのかわからないけれど、ニオイが酷いわ……
汗臭い男たちが多いからかしら。
「ここだ。入れ」
乱暴に押し出されるようにして放り込まれた部屋。
そこは、倉庫のような殺風景な広間だった。
隅のほうに、かすかに灯るランプがひとつ。
目が慣れてくると、奥に人影が見えた。
──五人。
私と同じく、両手を軽く縛られた女たち。
逃げられないように、足には鉄の輪がはめられて、繋がれている。
ドレスは薄汚れているけれど、仕立てのよいものを身につけているわ。
──貴族。
それも、ある程度の家柄の女性に見える。
この人たちが、噂になっていた失踪したご婦人たちで間違いなさそうね。
皆、うつろな目をしていて、会話はない。
「ここでおとなしくしてろ。逃げ出せるなんて思うんじゃねえぞ?」
「おい……こいつはスネークさんのお気に入りだ。手を出すじゃねえぞ」
目をギラつかせた男たち。
今、何か不穏なこといいませんでした?
誰がスネークさんのお気に入りよ!
まだひとことしか会話したことないわ!
「ちっ、足かせが足りねえな?」
「……どうせ扉に鍵かかってんだから、船底から逃げ出せるわけないだろうが」
「ま、それもそうだな」
ガチャリ、と鍵をかけて、男たちは出て行ってしまった。
震えながら女性たちが、私を見ている。
濁ったオーラ……生気がないわ。
話せるなら情報収集したいのだけど。
あら……?
一番若そうな女性……見覚えがあるわ。
モルセ男爵の後妻の──リュシエンヌ婦人だわ!
間違いない。
あの時、過去視で見た人だわ。




