仮面舞踏会
舞踏会の前に、スコープの観測所を訪れた。
オスカー師匠から報告があるというので。
王宮に自由に出入りするのも、だいぶ慣れてしまったわ。
「来たか……ちょうど、今新しい情報が入ってきたところじゃ」
「仮面舞踏会の件ですか?」
師匠は机の上に積まれた報告書の中から、一枚の似顔絵を抜き出した。
──黒髪の男。口元に小さいけれど目立つ傷。
「この男、覚えておるな?」
「ええ。シャルロット王女の部屋にいたあの男ね?」
「裏社会では、『スネーク』の通り名で呼ばれておる」
オスカー師匠の声が低くなる。
「ラルシア王国と隣国で指名手配中。人身売買、情報仲介、毒物流通……容疑をあげたらキリがないが、いずれも証拠不十分で逃亡中」
そんな男が王宮に潜入していたなんて。
シャルロット王女も、とんでもないことをしてくれたわね。
国家レベルで追われてる人物じゃない……
「カマルヤ商団と繋がりは?」
「おお、そこまで行きついておったか」
「ええ……テオドールが調べてくれたので」
「繋がりはある。が、あくまで買い手としての接点じゃ。あの男自身は別の組織に属しておるようじゃな……とにかく女を色仕掛けで騙すのが得意な男じゃ」
「色仕掛けで誘拐……とか?」
「退屈している既婚の貴族女性は、標的になりやすい。国外へ連れ出されると、裏ルートで高く取引されているんじゃ。『禁じられた花』などという隠語があるぐらいでの……実に悪趣味な話じゃが」
寒気がするわ。
女を誘惑して、薬で言うことを聞かせて、組織ぐるみで売っている?
そんなことが、この国で起きているなんて!
「これらの調査は、『フォグ』が担当しておる。前に舞踏会で紹介した、ほれ、あの……オーラを消す青年じゃ」
「ああ……あの人」
これだけの情報を集めてきているなら、優秀なメンバーなのね、きっと。
どんな特殊眼を持っているのか、興味があるわ。
いつか会えるのかしら。
「仮面舞踏会に潜入するつもりなら、気をつけるんじゃぞ? スネークは女の扱いに長けておる。うっかり心を開いたりすれば──」
「大丈夫ですわ! 私は得体のしれない殿方に心を開いたりしませんわ!」
「ふぉっふぉっ、それなら良いがのう」
失踪者、香水、仮面舞踏会、スネーク……
女を色仕掛けで騙すやつなんて許せないわ!
絶対尻尾をつかんでやるんだから。
◇
仮面舞踏会の会場に足を踏み入れた瞬間に、後悔した。
思っていたよりもずっと、視えすぎる……
あまりにも、参加者のオーラが強すぎて、吐き気がしそうだわ。
「うっ……」
「お、お嬢、大丈夫か?」
「平気よ……ただ……ちょっと……オーラが、充満してて……」
視界に色とりどりの光が渦巻いている。
赤、ピンク、紫、黒……
恋やら欲望やら、悪意に虚飾がごちゃ混ぜ。
仮面で顔が見えないのが、余計に不気味だわ。
しかも、うっかり他人のドレスに触れようものなら、そのドレスに手をかけた男が視えてしまう。
もう!
ここに集まってる人たちって、みんな変態なの!?
「うわ、あの子、二股よ……! どっちが本命なのよ!」
「……お嬢、声に出てますって!」
「見ちゃダメなやつほど、視えちゃうのよ!」
「ああ、またそんなとこ触ると──」
「ちょっとあの赤と金のオーラ、危険な香りしかしないわ! っていうか、何人恋人いるのよあの人!」
いけない……。
テオが口を押さえてくれなかったら、叫ぶところだったわ。
こんなんじゃ、調査なんてできないじゃないの!
オーラなんて視えなかった頃のほうが、ずっと気楽だったわ……
会場を一周してみたけれど、今のところ、怪しげなオーラの人物はいないわね。
どっちかというと、なんというか……奔放な恋の欲望のたまり場だわ。
『仮面舞踏会に参加するようなやつはロクなやつじゃない』って言っていた、テオが正しいわ。
もう一周して収穫がなければ、もう帰りたい気分。
──と、そのとき。
視界の隅に、妙にひっかかるものを感じた。
赤黒いオーラ。
あの色は見たことがある……
「……!」
私の方をじっと見ている男。
仮面をつけた黒髪の男が、ゆっくりとこちらに歩いてきて──
その男は、すっと私に手を差し出した。
「──踊りませんか?」
飲み物を取りに行ったテオが、私を探しているのが見える。
ダメだわ。
テオのそばを離れないって、約束したもの。
「あの……私はパートナーがあちらに──」
立ち去ろうとした、そのときだった。
──何、この甘い匂い……
──おかしい……身体がいうことをきかない……
黒い仮面の男がぐるりと揺れた。
強引に引き寄せられる感覚。
「──ヴィヴィっ!」
遠くでテオの声が聞こえる。
私の名前を呼んでる……
音楽が鳴り響く中で、意識が遠ざかっていく……
「やっと会えましたね? ヴィヴィアンお嬢さん?」
揶揄うような男の声が、最後の記憶。




