調査へ向かいますわ
スコープの任務で、オスカー師匠と一緒に、モルセ男爵邸を訪れることになった。
失踪した男爵の後妻、リュシエンヌ夫人の件で。
浮気をしていたという噂が広がっていたから、あまり気が進まないんだけど。
こういう調査には過去視が役立つだろうから、仕方ないわね。
「勝手にどこかへ消えおって……女は信用ならん!」
応接間で、モルセ男爵は顔を真っ赤にして叫んでいる。
昼間っからお酒を飲んでいるようで、あまり品の良い方ではないわね……
赤黒いオーラが頭上で揺らめいているわ。
「最近、香水を変えていたんだ。色っぽい匂いでな……年寄りを馬鹿にしてると思わんかね?」
「香水の銘柄、わかりますか?」
「知らん……何か外国語のような名前じゃったな……貿易商から買ったと言っておった。あと……仮面舞踏会だ」
「仮面舞踏会?」
「そうだ。こっそり出かけていたらしい。女中が言っていた。ワシの目を盗んでな!」
オスカー師匠と目を合わせる。
やっぱり……少し繋がってきた。
「お部屋を拝見してもよろしいですか?」
リュシエンヌ夫人の部屋は、失踪後そのままにしてあるとのこと。
すでに騎士団の捜査が何度も入っているとは思うけど。
何か手がかりはないかと、あたりを見回す。
ドレッサーには、香水の瓶やヘアブラシなどが散らかっている。
ヘアブラシを手に取ると、ぐらりと視界が揺れた。
セピア色の映像が流れ始める。
ダッシュリュシエンヌ夫人が鏡の前で髪を整えている。
ドレスは夜会用の黒いベルベット。
婦人の後ろに、誰かがいる。
仮面をつけていて、顔は見えないけれど……
長身、黒髪……口元に小さな傷痕。
──あれは……!
シャルロット王女の恋人で、使節団リストに載っていなかったあの黒髪の男。
似てるわ……確信は持てないけれど。
背格好もあんな感じだったわ。
「……何か視えたか?」
オスカー師匠の声で、現実に引き戻された。
「師匠。あの男です……シャルロット王女が連れ込んだ黒髪の……」
「となると、まだ王都に潜んでおるのか……」
いくつかの品物を過去視してみたけれど、出てくるのはあの男の映像ばかり。
決定的なシーンではなかったけれど、男爵が留守の間に男に連れ込んでいただけで、浮気は間違いないわ。
◇
男爵邸から戻って、ソファーにぐったりと腰を下ろした。
気疲れする調査だったわ。
正直、他人が不倫してようがしてまいが、私にとってはどうでもいいことなんだけど。
浮気する方も、される方も、どっちもどっちという気がしたわね。
「お嬢。帰ってましたか」
テオがドアを軽くノックして、入ってきた。
何か情報が得られたのかしら。
「……で? 進展は?」
「ありますよ。グレイ・ティー商会が使ってた仕入れルート、隣国の裏組織と関係があった可能性が高いです。名前はカマルヤ商団。正式な商会じゃないようで、あまり情報はありませんが……グレイ・ティー以外にもブローカーが出入りしてた記録がありました」
「つまり、まだあの香水は手に入る?」
「裏ルートで流通してるようです。『女を誘惑する香り』っていう宣伝文句で、買うのは男ですね。下級貴族の男がターゲット」
「仮面舞踏会で渡されたって話もあったわ……潜入してみようかしら」
私がつぶやくと、テオの目が鋭くなった。
「……お嬢、それ以上深入りするのは危険です。裏組織に目をつけられでもしたら──」
「だからよ」
私は立ち上がり、ドレッサーの上にあるリュシエンヌ夫人の香水瓶を手に取った。
手がかりはこれしかないんだもの。
まずは出どころを探さないと。
「仮面舞踏会に行けば、その仕掛け人に会えるわ。そうでしょう?」
「……だからって、お嬢が囮になるなんて……反対だ!」
「仮面舞踏会なんて参加できるのは、貴族のお金持ちだけよ? 私にぴったりの役どころじゃない?」
テオが眉を寄せて黙り込む。
心配するのはわかるけど……
「……条件があります」
「なに?」
「俺が一緒に行く。絶対に俺から離れないと約束できますか?」
「もちろんよ。テオが一緒に行ってくれるなら心強いわ」
私は頷いた。
最初からそのつもりよ?
ひとりでなんか行かないわよ……そのぐらいわかってるわ。
「舞踏会の開催情報は?」
「スコープの方で調べてくれたわ。招待状の複製はこれよ」
「……バレませんかね?」
「大丈夫だと思うわ。リュシエンヌ婦人が持っていた招待状も無記名だったもの。おそらく手渡しで貴族女性にばらまいているのよ」
次の舞踏会は今週末、場所は旧歌劇場跡地。
旧歌劇場──今は使われていない、古い建物。
人目を避けるにはうってつけの場所よね。
「仮面舞踏会って……行ったことがないけれど、楽しいものなのかしら?」
ぽつりとつぶやくと、テオが一瞬だけ目を丸くした。
「お嬢、興味あるんですか?」
「だって、ドレスに仮面よ? お芝居の登場人物になったみたいで面白そうじゃない?」
「まあ……いろいろ視えるかもしれませんね」
テオがニヤリと口の端で笑う。
嫌なことを言うわね。
確かに、仮面舞踏会に参加する人は、さまざまな目的があるとは思うけど。




