書状が届いたそうですわ
王女の部屋を後にして、『観測所』で一息ついた。
使用人が紅茶を入れてくれて、ホっとしたわ。
気がついたら喉がカラカラになっていて。
オスカー師匠が、スコープの活動報告書を記入している。
「……盗んだのは隣国の騎士、盗まれたのは隣国の王女。そしてこちらの調査は秘匿となると……」
師匠はペンを置いて、天井を仰ぎ見た。
「このままでは証拠も足りぬし、王女殿下が訴えぬ限りは、我らが動く口実も薄い」
「そうですわね。盗んだ人も盗まれた人も、隣国の人間ですもの。私たちには関係ありませんわ」
「ヘタに騒ぐと我々にも疑いがかかる可能性があるしな」
「……だとしたら、あの男は?」
「泳がせるしかないじゃろう。警戒は続けるがな……」
スパイがまだ潜んでいるというのは不気味だけれど。
あの男の目的がわからないものね。
たとえば、隣国の王位継承問題とかなら、首を突っ込むのは得策ではないわ。
こちらに実害が出るまでは、様子見ね……
……と、そうだった。
実害がひとつあるのよねえ……
王女がテオに執着してるのは、困るんだけど。
◇
翌日のこと。
朝っぱらから、王宮の使者がモンテローズ家にやってきた。
「国王陛下より親書でございます」
開封してみると、国王の直筆サインが入っている。
公文書ではなく、私信だわ。
「モンテローズ家所属の騎士、テオドール・ラングレー殿と、シャルロット・アーデン・ユーレンベルク王女殿下との縁談が、正式に隣国より打診された。ついてはモンテローズ家とテオドール・ラングレー殿の契約解除について話し合いたく……」
──はあ。面倒なことになったわね。
まさか、王命でテオと王女を結婚させるつもり?
いくらなんでも、あの王女と結婚だなんて、テオが気の毒だわ。
せめてもう少しまともな女性なら、政略結婚もアリだとは思うけど。
あの王女の思い通りにはさせないわ!
オスカー師匠に知らせを送って、協力を仰がないと。
それから、王宮に向かう支度を……
……と考えていたら、テオが駆け込んできた。
顔面蒼白で。
「……お、お嬢っ!」
「喜んでるみたいね、あなたのご親戚。名家入りですって?」
「冗談はやめてくれ! お嬢まで俺を売るつもりか……!?」
「まあ、落ち着いて」
侍女にお茶の用意を頼むと、テオをソファーに座らせる。
こんなに動揺するなんて、めずらしいわね。
いつも冷静なのに。
「もう少しだけ、時間をちょうだい。あなたを王女になんか渡さないわ」
「……本当ですか? お嬢」
「ええ、大丈夫よ。調査はしっかり進んでいるわ」
「もしかして……また何か視たんじゃ……?」
「ええ、視たわよ……嫌っていうほどね。あ、今回は叫ばなかったわ! 褒めてちょうだい!」
扇を開いて、ぱたぱたとあおぐ。
思い出すだけで顔が熱くなるわ。
「王女が何人もの男と関係を持ってるのは、もう確定。あの取り巻きたちは、全員恋人よ」
「…………まあ、薄々は気付いていたが」
「しかも、中に不審な男がひとりいるわ。その証拠も、オスカー様と確認済みよ」
「で? 俺はどうしたら……」
「国王様には、私とオスカー様から正式に警告を申し入れるわ。外交問題にならないよう、手順は踏むけど」
だんだんとテオの顔色が戻ってきた。
「テオ。あなたは、モンテローズ家の騎士なんだから──」
「──俺は! お嬢の側を離れませんよ。絶対に」
いつになく真剣な様子のテオに、クスッと笑ってしまう。
大丈夫よ。
あの王女は、あなたにふさわしくないわ。
とりあえず、国王様をなんとかしないとね。
「……で、どうやって国王様を説得するつもりなんです?」
「どうって……正攻法よ。オスカー様が調査記録を添えて、『外交上の問題』として進言してくださるわ」
「まさか、お嬢が王女殿下の男遍歴を調査するとは思いませんでしたけど……」
「まあ、そのへんはオスカー様からうまく説明してもらうわ」
私から説明すると、まるでテオを取り合ってる女同士みたいに思われてしまうもの。
まるでヤキモチ焼いてるみたいじゃない?
あくまでも、国交問題として扱ってもらわなければ!
「……で、その怪しげな男って?」
「あの謁見の間で、王女殿下の後ろに立っていた騎士の中に、黒髪の男がいたでしょう?」
「ああ、目つきの悪い感じの」
「そうそう、その男よ! その男が王女殿下の部屋から、何かを盗んでいったみたいね」
「へえ……ずいぶんと大胆な。しかもバレてるじゃないか」
「そうなのよ! オスカー様の透視のスキルはすごいわ。私にはとてもできそうにないわね、あれは」
「お嬢、それ、俺に話していいのか? 国家機密なんじゃ?」
「あっ、そうだったわ! テオ、ナイショにしてちょうだいね!」
「ははっ……了解。俺は誰にも言わねえよ」
テオがようやく笑い声をあげて、いつもの調子が戻ってきた気がする。
今回のことは、テオは何にも悪くないものね。
巻き込まれただけで。
あの王女のおかげで、この穏やかな関係が、失われてしまうところだったわ!




