協力して差し上げますわ
翌日の午後。
テオが疲れ切った様子で、やってきた。
「……あら、今日は遅かったのね。まあ、昨日の様子だと、親戚にでもつかまっていたのでしょうけれど」
頭上にはくすんだ灰色のオーラ。
まったく生気がないわね。
「死にそうな顔してるわね。まさか、王女様と朝まで──」
「やめてください……その冗談、笑えないです……」
テオは深々とソファーに腰を下ろし、頭を抱えた。
「で? 何があったの?」
「……王命で、王女殿下の滞在中のお世話係に任命されました……」
「は? お世話係?」
ちょっと待ってよ。
テオは我がモンテローズ家の騎士なんですけど?
そんな話は聞いていないわ!
いくら王命でも、横暴じゃないかしら。
「王女が滞在中、不自由がないよう適切に補佐せよという名目ですが……実質エサですよ、こんなの」
「つまり、王女が気に入った相手に、接近しやすい状況を用意したってわけね」
うーん、あの国王、何考えてるのかしら。
あの王女を取り込むことで、何かメリットでもあるとか?
……まあ、単純に隣国との関係強化が目的かもしれないけれど。
「しかも……実家が、マジで俺を差し出そうとしていて……王女が本気なら、すぐにでも高位貴族の家へ養子に入るべきだと……」
「親戚の高位貴族ってことね?」
「はい。で、父が……王女の本気度を確かめてこいと」
「……それは、どうやって?」
「まあ……まさか、直接訊けってことじゃないですよね? 本気ですか?なんて聞いたら、『もちろん♡』とか言われるに決まってるじゃないですか……」
……確かにねえ。
あの王女は、好きになったら一直線、というか。
悪気はないんだろうけど、王女サマだからね……
望んだものは何でも手に入ると思ってるんだわ、きっと。
「……で、テオはどうしたいの? まあ、うちの仕事は別に休んでくれてもいいけど?」
「いや、無理です。なんとかして逃げ切りたいです」
即答したテオのオーラは、ほんのり青黒くなっていた。
うん。やっぱり本気で困ってるわね、これ。
テオの愚痴がひととおり終わったところで、私はふと、あることを思い出した。
──そういえば。
オスカー師匠が言っていたわね。
スコープは今回の建国記念祭期間中、国外からの不審者が入り込んでいないか、監視任務を受けているって。
だったら、あの王女の周囲を少し観察するのは、『立派な調査』になるんじゃないかしら?
少なくとも、我が家の護衛を奪おうとするような危険人物がいたら、放ってはおけないわよね。
……ええ、これはあくまで、任務の一環だわ!
別に王女が気に入らないとか、そういう私情じゃなくてよ?
「テオ……王女殿下に、献上品を届けたいの。お世話係なんでしょう? 仲介してくれるわよね?」
「え、お嬢……またなんか思いついたんですか?」
「なにか気の利いた贈り物を用意して、『伯爵令嬢としてご挨拶する』だけよ?」
「……それ、絶対それだけじゃないですよね?」
「うるさいわね」
私は扇をパタンと閉じた。
敵を知るところから始めるのは、基本中の基本。
というわけで──まずは、本人に接近よ。
ただ……私ひとりだと、王女が警戒するわよね。
テオを奪い合う女ふたり、みたいな図になるのは嫌だわ。
公的な場で、しかも王族相手に堂々と話せる相手といえば──
「オスカー師匠に同行してもらうわ」
「……ああ、なるほど。確かに侯爵様ですもんね。立場的にも文句なしです」
よし、決まり。
「じゃあ、今日中に献上品の手配をするわ。テオ、王女殿下への取り次ぎは頼んだわよ?」
「……なんか俺、仕事が増えてるんですが」
「だってお世話係でしょう? しっかり働きなさいよ?」
「チッ……言っときますけど、俺はお嬢の騎士ですからね? そこをお忘れなく!」
テオはぶつぶつ言いながら部屋を出ていった。
さあて──王女殿下。
どんなおつもりなのか、しっかり確かめさせていただきますわ!
◇
さっそく先触れを出して打診したところ、オスカー師匠はすぐに返信をくれた。
『ヒマだから遊びに来てくれていい』というのんきな手紙だったけれど、これも敵を欺く手段のひとつかしら?
テオがいないので、ひとりでカステリオン邸を訪ねることにしたわ。
まあ、侯爵家だからひとりでも大丈夫よね。
「おお、ヴィヴィアン嬢。よく来たのう。まさか贈り物の相談とは」
「お忙しいところ、申し訳ありませんわ。ですが、今回はちょっと特殊な事情で」
「よいよい。先日の夜会での様子はワシも見ておった。困った王女殿下じゃのう」
「そうなんです。いったい国王様は我が家の侍従をなんだと思ってるのかしら……」
「まあまあ、話を聞くから座りなさい」
私は王女殿下との一件について、かいつまんで説明した。
オスカーは静かに聞いていたが、途中でくくっと喉を鳴らした。
「ふぉっふぉ。つまり、王女の本気度を見極めるための献上品、というわけですな?」
「まあ……表向きはそうなんですけど……王女の周囲を観察したいという目的もありますのよ?」
「うむ、任務のこともふまえて、ということですな……よろしい」
オスカーは立ち上がると、書類棚から細長い筒を持ってきた。
中から出てきたのは、緑と金の優雅な縁取りがされた布製の絵巻。
「これは『聖獣のいる庭』という絵だ。これを王女の部屋に飾ってもらう。見た目はただの風景画だが、これは視術補助効果のある特殊なものじゃ」
「視術……補助?」
「ふむ。普通の者は、壁があればその先を見ようとすらしない。だが透視能力のある者は、壁の向こう側に焦点を合わせることができるんじゃよ……ただ、脳の負荷が大きいのでな」
「……つまり?」
「この道具は、視点を届ける中継地点になるんじゃ。簡単に言うと、この絵のある場所から向こう側を視ている視点になる、ということじゃな。……こちら側の空間と、向こう側の空間を無理矢理つなげるようなものじゃ」
オスカーは満足げに笑い、絵を広げて私に示した。
私が見ても、どこにそんな効力があるのか、全然わからないわ。
「すごいですね……これが、透視に使えるんですね」
「うむ。クレアビジョンのスキルがあれば、壁の裏にいる者の動きや形が、ぼんやりと見えるじゃろう」
──クレアビジョン。
透視……壁の向こうを見るスキル。
私も、そんなことができるようになれるかしら。
「師匠、私もそれ、習得できますか?」
「……まだ早いじゃろうな」
うーん、ダメか。
がっかり。
「クレアビジョンはな……心の焦点を完全に現状からずらして、別の次元を視る能力じゃ。そうじゃのう……まずは遠くを視る遠視スキルから訓練してみるといいじゃろう」
「遠視?」
「うむ。スコープの基礎じゃ。物理的な距離を超えて視る練習──そこの窓から、城門前の衛兵の動きを視る程度のことはできないとな」
師匠が指さした衛兵なんて、はるか遠いところに、立ってることがようやくわかるぐらいだわ。
侯爵家のお庭って、なんて広いのでしょう。
「……なるほど、近道はないってわけね」
「ふぉっふぉ、だが努力する価値はあるぞ? 透視を持つ者は、スコープの中でも選ばれた者だけじゃ。ヴィヴィアン嬢がその一人になる日が来るなら、わしとしても誇らしいことじゃのう」
──透視力。
私にとってはまだ手が届かないスキルかもしれないけれど。
でも、きっといつか視えるようになってみせるわ!




