【第四話】『隣国からの縁談』王女様、無茶ですわ!
建国記念パーティー当日。
「お嬢、そろそろ時間です」
扉の外からテオの声がして、使用人が扉を開けた。
振り向いた先に立っていたのは、端正に礼服を着こなしたテオ。
不覚にも、一瞬だけ見とれてしまったわ。
普段はモンテローズ家の騎士服を着ているから、つい使用人という目で見てしまうけれど。
「……ちゃんと貴族令息に見えるわよ」
「それ、褒めてます?」
「一応ね」
テオが肩をすくめた。
私も今夜は、かなり気合を入れて着飾っている。
なんといっても、わがラルシア王国の貴族全員が招待されている、大舞踏会だもの。
世界各国の王族や、著名人が集まるらしいわ。
こういうときに、伯爵家は財力を見せつけておくものよ!
「なんだか、テオと舞踏会に出るのも、慣れてきたわね」
「お嬢のお陰で、最近はダンスのレッスンまで仕事内容に含まれてますからね」
「それも護衛の訓練の一環よ」
「……そう言って、俺の靴を三回も踏んだのはどなたでしたっけ」
「うるさいわね」
部屋を出るときに、彼が手を差し出してくれる。
エスコートの動作も、もう板についてきたわね。
と、思ったけれど──
──照れてる……?
何か、言いたそうにこっちを見ているテオ。
「何よ」
「いえ……その、そのドレス、よく似合ってますよ」
「何? 急に……」
「いえ……貴族の礼儀ってやつです」
「ふふん……テオも社交辞令を言うようになったのね」
元婚約者には一度も褒められたことなんかなかったから、ちょっとくすぐったいわね。
でも、テオが正しいわ。
貴族令息が、令嬢の服装を褒めるのは常識よ!
──っと、うっかりセカンド・サイトのスイッチが入ってしまったわ。
テオと一緒にいると、つい緊張が解けるせいか、オーラ視が発動してしまうのよね。
今日も頭上に、ほんのりと淡いピンクの光が滲むのが見える。
オーラの色の見え方は、人によって違うと、師匠から教わったけれど。
薄いピンクってどんな感情なのかしら。
テオの頭上にしか見たことがないのだけれど。
今度、師匠に聞いてみないとね。
でも、テオの感情、少しはわかるつもり。
きっとこれは……誠意……かな?
テオは私の護衛騎士だから、忠誠心かもしれないわね。
そんなことを思いながら、手をとった。
この時はまだ、王宮で起きる騒動なんて想像もしていなかったわ。
◇
派手に飾り付けられた王宮の大広間で、建国記念パーティーが始まる。
まずは、ロデリック・ルネ・ド・ラルシア国王の挨拶。
そしてその後は、各国の王族たちがひとりずつ紹介される。
名を呼ばれた貴族たちが、前へ出て一礼し、舞踏会の場へと加わっていく。
私はモンテローズ伯爵家の令嬢だから、当然一番前でその様子を見ていたわ。
隣には、エスコート役のテオ。
正装の彼は、立派な貴族子息という風情だけれど……まあ、それは私だって同じよ。
ふたりで立っていれば、かなり絵になるカップルに見えていたんじゃないかしら。
「続いてご紹介いたします──ユーレンベルク王国第三王女、シャルロット・アーデン・ユーレンベルク殿下」
……ユーレンベルク?
あの独特の民族衣装には、なんとなく見覚えがあるような。
ああ……先日、王宮の馬術訓練場で見かけた、あの少女ね。
高貴な身分の人だと想像してたけれど、王女様だったなんて。
フリルたっぷりのドレスを纏い、金色のティアラを頭にのせて、得意げに歩くシャルロット王女。
まるで舞台の主役のように、中央でゆっくりと回転までしてみせたわ。
さすが、異国の王女。
なかなか自信家のようね。
と、その時──
「──あっ! 見つけた!」
そう叫んだシャルロット王女が、まっすぐこちらへやってきた。
そして、私たちの前に立ちはだかると──
まっすぐにテオを指さした。
「あなた、気に入ったわ!」
……えっ?
……ええええええええ!?
突然の王女の告白に、あたりの空気が一瞬止まったわ。
貴族たちがヒソヒソとざわめく中、シャルロット王女はうっとりとした表情でテオを見上げた。
「私、こういう顔、大好きなの! とっても好み!」
「ひ、姫様、どうかお控えを……!」
側近らしき騎士があわてて駆け寄ってきた。
しかしシャルロット王女は全然気にしていないようだわ。
「お兄さまに頼んで、私のものにしてもらうわ!」
テオが固まった。
私も固まった。
王族って、そんなフリーダムでいいの……?
建国記念のパーティーはまだ始まったばかりだというのに、波乱の予感しかないわ。
ざわざわとざわめき始める貴族たち。
「ユーレンベルクの王女が……?」
「今の、聞き間違いじゃないわよね?」
「あの男、誰? 見たことない顔だけど……」
扇で口元を隠しながら、ひそひそ話をしている令嬢たちの声が聞こえる。
王女の突然のご指名に、テオは困惑した表情を浮かべながらも、礼儀正しく一礼した。
「光栄に存じます、殿下。ですが……」
「いいの、踊ってちょうだい。今夜は特別な日なんですもの!」
シャルロット王女は嬉しそうにテオの腕を取り、大広間の中心へと引っ張っていく。
テオが少し困ったように振り返った。
……無理もないわね。
テオがダンスの練習を始めたのなんて、本当にここ最近のこと。
私のパートナーとして出席するためだけに、何度かレッスンを受けた程度なんだもの。
ダンスの音楽が始まった。
王女とテオが踊り始めたけど……
王女のダンスは全然優雅じゃなくて、テオの足を何度も踏んでいる。
それでも、テオは笑顔で踊っているけど、あれは結構痛いと思うわ。
まあ、私に踏まれて耐性がついているみたいだけど。
……で、私はというと。
おかげさまで、ひとり壁の花状態よ。
なにせ王宮の舞踏会は、基本的に夫婦か婚約者同士での参加が原則。
独り身で出席している令嬢なんて、そうそういないのよね。
たまに話しかけてくるのは、お年寄りばかり……
テオが王女と踊っているのを見ながら、この先どういう展開になるのか想像してみる。
だって──暇なんですもの!
王女がもし、本気でテオを狙っていたらどうなるのかしら。
ユーレンベルク王国が、王女をこの国に嫁がせるメリットは……ある。
テオは……四男坊で、単なる子爵家の末席だけれど。
王女が嫁いでくるとなれば、テオの実家は最低でも伯爵家に格上げになるわね。
外交上、テオが新たに爵位を与えられる可能性だってあるかもしれない。
王女がテオを離さないから、ふたりもう何曲も踊り続けている。
だけど……テオ、気づいてる?
もう今夜の舞踏会の主役は、あなたたちだってことに。
私のエスコート役でついてきただけなのに、王女への贈答品にされかかってるわよ!
……これって、もしかして、何か別の思惑でもあるのかしら?
今は注意深く観察しておくべきね。




