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だいたい事情はわかりましたわ

「お嬢、つきとめたぜ」

「あら、早かったわね」

 

 急いで戻ってきたのか、テオの額には汗が浮かんでいる。

 別にそんなに急がなくてもよかったのに、変なところ真面目なのよね。

 メイドに目で合図をして、飲み物を運ばせる。

 

「マリアンヌ・ダルモン男爵令嬢」

「あ、そんな名前だったような気がするわ。夜会で見たことがあるもの。確か去年のデビュタントだったかしら?」

「正解。16歳だ」

 

 16歳ねえ……

 まあ、この世界では16歳で婚約とか結婚するのは、別にめずらしいことじゃないんだけど。

 25歳のハロルド様のお相手としては、ちょっと幼いんじゃないの?

 ていうか、どこで知り合った? その年の差で。

 

「ハロルドが昔、家庭教師をしていたらしい。マリアンヌが子どもの頃の話だが」

「ふーん……子どもの頃ねえ。ま、相思相愛ならいいけどね。男爵令嬢って、跡継ぎだっけ?」

「いや、兄がいるな」

「ってことは、ハロルド様は婿入りできない、と。まずいわねえ」

「だな。ローエン伯爵がなんのメリットもない婚姻を許すはずないだろう」

 

 ハロルド様、いったいどういうつもりなのかしら。

 私と結婚して伯爵家を継いでから、愛人を囲うつもり?

 まさかね。

 だって、一応男爵令嬢だって貴族の娘だもの。

 そんな不名誉なこと、親が許すはずないわ。

 

「駆け落ちでもするつもりかしら?」

「笑いごとじゃないぜ、お嬢。その可能性もゼロじゃない。ずいぶん盛り上がってるみたいだしな」

「まさか……それは困るわ。きちんと婚約解消してから、駆け落ちしてくれないかしら」

 

 突然失踪されると、婚約解消の手続きが面倒なことになる。

 両家が一年間は失踪者を捜さないといけなくなってしまう。

 

「わかったわ。そうとわかったら、もうこっちから動くしかないわね」

 

 できれば穏便に婚約解消したかったけど。

 そもそもハロルド様との婚約だって、私が望んだわけじゃない。父が勝手に決めた政略結婚だ。

 伯爵家の跡継ぎ問題に巻き込まれたようなもので、正直私はこの結婚を内心では迷惑だと思っている。


 とはいえ、婚約者に浮気されたことを公にして、傷物令嬢みたいな噂になるのも困るのよねえ……

 

「だいたい、この世界って、婚約者の浮気でなぜこっちが傷物と呼ばれるのか意味がわからないわ!そう思わない?」

「……お嬢、やっぱりちょっとは浮気されて傷ついてるんじゃ?」

「違うわ! 傷ついてると思われるのが……癪なのよ!!」

「はいはい。でも、ちゃんとわかってますよ。お嬢だって、そういう時もあるって」

「わかってるなら、いつものお店の新作スイーツぐらい買ってきなさいよ!」

 

 別に傷ついてなんかいないけど……私だって、一応好きな人と結婚する夢ぐらいは人並みに持ってる。

 これは、うまくやれば好きでもなんでもない婚約者と、円満に婚約解消するチャンスなの!

 

「テオ、もっと情報を集めてきて。特に男爵家の事情が知りたい」

「了解。だけど、もし本当に駆け落ちしそうになってたらどうする?」

 

 テオが面白そうに口元を緩めた。

 

「そうね……まずは、駆け落ちしなければいけない状況をなんとかすればいいのよ。例えば、男爵令嬢の兄が跡継ぎを放棄するとか?」

「なんかまた、悪いことたくらんでそうだな……」

「ふふん、実はね、ちょっと思い出した噂があるのよ。マリアンヌの兄、確か女嫌いで有名だわ。見合いを拒否してるらしいし」

「へえ…そりゃまた、なんか理由でも?」

「それを探ってきて欲しいのよ! あの兄にどうしても結婚したくない理由があるなら……」

「なるほど、跡継ぎには向いてないと」

「探ってきてちょうだい」

 

 ティーカップを持ち上げて、にっこり微笑む。

 なんだか、ふたりの恋路の邪魔をする悪役令嬢になった気分よ。

 前世で好きだったな~悪役令嬢が主人公の小説。

 テオが呆れたような、感心したような表情を浮かべた。

 

「お嬢のそういう腹黒いところ、俺は好きだけどな」

「褒め言葉として受け取っておくわ」

 

 さて、どうなることやら。


 ◇


「……そう。長男のクレメンス・ド・ダルモンは聖職希望だったのね。そりゃあ、女に興味なさそうだわ」

「家の中でも聖典を手放さないぐらいらしいからな。ダルモン家の使用人に聞いたところによると」

「男爵家を継いでも、教会勤務ってできるのかしら?」

「そこだけど、現ダルモン男爵は絶対に息子に家督を継がせたいようだ。だけど、万が一のことを考えて、一応マリアンヌ嬢にも経営の勉強はさせているみたいだな。マリアンヌ嬢は普段、父親の仕事を手伝っているそうだ」

「兄は普段何をしてるのよ」

「さあな。教会で祈ってんじゃねえの?」

 

 ふうん……ほころびが見えてきたわね。

 じゃあ、エサを用意しましょうか。

 とびきりのエサを。

 

「ねえ……もうすぐ教会の職員募集の時期よね? 今年の中央教会は聖騎士何名採用だったかしら?」

「……何をたくらんでる?」

「寄付金でもしようかと思ったのよ。なんせ、我が家には潤沢な資金が余っているでしょう?」

「つまり、兄貴を教会にぶちこんで、妹を跡継ぎにして、ローエン伯爵が納得する形を作る……ってことだな?」

「さすが、理解が早いじゃない」

 

 中央教会のトップは拝金主義だから、そこそこの寄付金をつかませておけば、推薦状のひとつぐらい書いてくれるわ。

 さっそく手紙を書きましょう。

 ぜひ、クレメンス・ド・ダルモンには、『夢の聖騎士』になっていただきたいわ!

 兄が教会に入ってしまえば、マリアンヌが男爵家を継ぐことができる。

 そうすると、次に問題なのはハロルド様の父親、ローエン伯爵ね。

 あの男は欲が深そうだから、男爵家なんて相手にしないはずだもの。

 さて、どうやって落としましょうか。

 

「テオ、悪いけど、ダルモン男爵領の有料道路、通行税がどこへ渡ってるか調べてくれる?」

「そう言い出すと思ってね、あの道路はダダリオ伯爵領とつながってるから、そっちにほとんど流れてる」

「ダダリオ伯爵家……面白いじゃない! ローエン伯爵家の天敵だわ! どうやら運はこっちの味方ね!」

「やれやれ……あんまり自分ひとりでやろうとするなよ? 動く前には相談しろよ!」

 

 もう……心配性ねえ。

 これからが面白いところなのよ!

 


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