捜査に協力いたしますわ!
そのまま会場スタッフを押しのけて、チケット販売所の裏手へ回り込んだ。
こうなったら、徹底的に調べるわ!
「そこの方、劇場責任者の方をお呼びなさい」
「は、はあ……? あの、お客様は?」
「わたくしは、ヴィヴィアン・ド・モンテローズ伯爵令嬢。歌姫の捜査に全面的に協力いたしましょう。捜査費用と犯人逮捕の賞金は、我が家が全面的に支援いたしますわ!」
「ええっ!?」
「劇場側にも責任がありますわよね? 国民的な歌姫がさらわれたとあっては、劇場の評判も地に落ちてしまいますわよ?」
「そ、そ、それは……し、少々お待ちください!」
慌てたように走り去ったスタッフが、劇場の責任者らしき人物を連れて戻ってきた。
責任者らしき年配の男性は、額に汗をかいて青ざめている。
「モンテローズ伯爵令嬢……まことに申し訳ございません。ご心配をおかけしておりまして……」
「そのようなことはどうでもいいのですわ。それより、控え室を拝見させていただけます? 何か怪しげな形跡がないか、この目で確かめたいので」
「で、ですが……警備が……」
「あら、我が家が捜査の経費と賞金を出すと申しましたでしょう?」
「……どうぞお通りくださいませ」
──ふふっ。やっぱり、世の中はお金ですわ!
本物の捜査官がやってきたら面倒だから、さっさと調べてしまいましょう。
テオと一緒に、会場内にある歌姫の控え室へと案内された。
入り口には一応見張りらしき人が立っていたけれど、責任者の一声で通してもらえたわ。
「お嬢、本当にやるんですか……?」
「当然ですわ。わたくし、今、使命感に燃えておりますのよ!」
控え室の中は綺麗に片付いていて、これといっておかしな様子はない。
歌姫の衣装と思われるドレスが一着掛けられたままになっていて、鏡台にはブラシと香水。
テーブルの上には、昨晩使われたと思しきティーカップがふたつ放置されている。
──ふたつ……?
ここで誰かとお茶を飲んでいたのかしら?
置きっぱなしになっているということは、昨晩かなり遅い時間に人と会っていたのでは?
ティーカップにそっと触れてみる。
ぐらりと世界が少し揺れて、視界がセピアに変わる。
過去の映像が流れ込んできた。
──歌姫が、鏡の前で帰り支度をしている。
向かい側の椅子には男性がひとり腰掛けていて、ティーカップを置くと立ち上がった。
騎士服……?
でも、顔はよく見えないわ。
フードを目深にかぶっている。
歌姫が立ち上がり、慌てたようにバッグを持った。
そして、ふたりは部屋の入り口付近を見回すように様子をうかがうと、静かに部屋を出ていった。
──誰? この男……
顔を隠していたなんて、いかにも怪しげじゃない。
でも……
歌姫は青ざめた顔をしていたけれど、黙ってついていったわ。
無理矢理連れて行かれたということでもなさそうだけど。
もしかして、脅されているとか……?
「お嬢、なんか見えたんですか?」
「……あ、ええ……見えたわ。歌姫……怪しげな男と一緒に部屋を出ていったわ!」
「どんな男だったんですか?」
「コートの下に騎士服を着ていたけれど、フードを目深にかぶっていたので、顔はよくわからなかったわ」
「さらわれたんですか?」
「うーん……よくわからないけれど、無理矢理という感じでもなかったのよね……」
とにかく、昨夜のうちにふたりでどこかへ行ったのは間違いない。
どうやって行き先を突き止めたらいいのかしら。
劇場スタッフの話では、連絡がとれずに、宿にもいないっていう話だったわよね。
だとしたら、昨晩はどこに泊まったのかしら……?
歌姫がどこに宿泊したのか、どうやって突き止めようかと考えていたそのとき──
廊下の奥から、靴音と怒鳴り声が聞こえてきた。
「……なにかしら?」
「お嬢、隠れましょう!」
控え室の隣には、続き部屋で衣装用の小部屋がある。
テオとふたりでその小さな部屋へ逃げ込み、息を殺す。
誰かが扉を乱暴に開ける音がした。
「ちきしょう……どこへ消えやがった!」
「落ち着いてくださいよ、子爵……!」
……この声、どこかで聞いたことがあるわね。
ドアの隙間からそっとのぞき見てみると──
立派な金の刺繍の上着に、たるみきった腹。
不潔なロングヘアをひとつにまとめている、だらしない貴族。
──ギュスター・ミレアン子爵だわ!
女癖が悪くて有名な貴族。
前にもどこかの女に手を出して、離婚されかかってたって噂があったけど。
まだ懲りてないのね……
怒鳴られてクビをすくめているのは、いかにもガラの悪そうな手下たち。
子爵はイライラした様子で、扇子を机に叩きつけている。
「せっかく莫大な後援金を出して専属契約にこぎつけたというのに……どういうことだ!」
「ですが子爵、まだ契約書に正式なサインは……」
「構わん! この証文さえあれば、奴には借金があるのと同じだ!」
ギュスター子爵は懐から折りたたまれた紙を取り出し、バサッと開いた。
「後援に見合う特別待遇に応じない場合、違約金として全額を返金するという契約だ! この紙を見せて、借金を返さなければ娼館に売ると脅せ! 少々手荒な真似をしても構わん!」
「……本当にいいんですか? 今はまだ──」
「やかましい! ワシの金をなんだと思っている!」
……なんて下衆な話。
あらっ
テオの頭上に赤黒いオーラが見えたわ。
怒っているのね。
当然よ!
私だって腹が立つわ!
ようするにこのエロ子爵、歌姫を囲うために金で後援会と契約を結んだのね。
それを歌姫の借金にすり替えて脅そうとしているなんて……!