歌姫に恋をしていますのね?
昼食をすませたあと、少し休憩して出かけることに。
本当は今日はお買い物に行く予定だったのに、朝から急用が入ったせいで、遅くなってしまった。
「今日は、買い出しに行くわ」
「俺が代わりに行ってきましょうか?」
「いいの、気分転換ですわ」
今日はせっかくだから、外でオーラを視てみたいのよね。
テオには言わないけど、今日は『実地訓練』なの。
できるだけいろんなサンプルを視てみたいわ!
というわけで、街へ。
今日は広場で何かイベントがあるらしく、いつもより人が多いわね。
馬車を降りてから、お店は徒歩で回ることに。
「買い出しって、何を買うんです?」
「文具と香水と……お菓子も!」
「じゃ、いつもの店ですね」
「そうよ。お気に入りの店に行くわ」
広場に差し掛かると、人だかりの向こうに特設ステージが見えた。
楽器の音。人々の歓声。
──美しい、歌声。
ステージに立つのは、薄紅のドレスを纏った一人の女性。
きらめく髪、透き通るような肌。
まるで神々しい光に包まれたような存在感だわ。
周囲にどんどん人が集まってくる。
人気の歌姫なのね……
「……お嬢、迷子にならないでくださいよ」
「えっ、ああ……うん」
人混みにさらわれないように、テオが腕を回してかばってくれた。
迷子だなんて、子どもみたいな扱いね。失礼な。
はぐれないように、手を握られてしまったわ。
本当にテオったら心配症なんだから……
ふと……顔を見上げようとしたら。
テオの頭の上に、ぱっと淡いピンク色の光が見えた。
──あらっ?
テオはそしらぬ顔で、歌姫のほうを見ているけれど……
ピンクのオーラって何かしら。
初めて見る色だわ。
……もしかして、これは……恋愛感情では!
テオったら……
歌姫があまりに美しいから、恋をしてしまったのね!
わかるわ。
周囲の男性もみんなぼーっと頬を染めて、歌姫を見ているもの。
試しにこめかみに指先をあてて、チャンネルを合わせてみると……
周囲にはピンクのオーラがいっぱい!
それも男性ばかりだわ。
ふふっ、分かりやすいったらないですわね。
セカンドサイトって、とっても便利だわ!
それにしても、あの堅物テオが恋をするなんて。
ちょっとびっくりしたけれど……なんだか、ほほえましいじゃない?
今まで私が気付いていなかっただけで、テオだって男性ですものね。
オーラを見てしまったことは、黙っておいてあげましょう。
そうだわ!
いいことを考えた。
日頃テオにはお世話になっているんだし、ここは一肌脱いであげることにしましょう!
「ねえ……テオ?」
「はい?」
「いつもわたくしの護衛をありがとう。お礼に……明日のコンサート一緒に行かない?」
「……えっ?」
テオが硬直した。
さっきまで普通に歩いてたのに、いきなり立ち止まって、驚いている。
「あの歌姫のコンサート、明日みたいよ? チケット売り場があそこにあったわ!」
「……えっ、えっ、一緒に……ですか?」
「あら? 私はお邪魔かしら?」
「いやいやいや……え、でも、その……まあ、いっか……」
テオの頭上にピンクのオーラがぶわっと出たわ。
しかも、濃い!
うふふ。よっぽど嬉しいのね。
そんなに歌姫のこと、気に入ったのね?
「じゃあ、チケット買いに行きましょうよ! 一番前の席をプレゼントするわ!」
「えっ、ちょっ……お嬢!? どこに行くんですか!?」
わたくしはすでにチケット売り場へ向かっていた。
テオは後ろからあたふたとついてくる。
運良く前から二列目の席がとれたわ!
一番前じゃないのが残念だけど、でも十分近くで見られるはずよ。
◇
翌日。
前列チケットをしっかりバッグに忍ばせ、わたくしは朝から張り切っていた。
「テオ、準備はいい?」
「え、ああ……はい。なんか今日のお嬢……すごくお洒落ですね」
「あら、ありがとう。ちょっと気合いを入れてみたわ!」
だって、テオの恋を応援するのですもの。
一緒にいる私が恥をかかせるわけにはいかないわよね。
会場に着くと、あたりが少しおかしな雰囲気だった。
人はまばらで、会場前にある掲示板には人だかりができている。
近づいてみると、そこに貼られていたのは……
──『本日の公演は中止となりました』
「……ええっ?」
掲示板のそばに払い戻し用の受付があって、行列ができている。
近くにいたスタッフの女性が、申し訳なさそうに声をかけてきた。
「申し訳ありません、お客様。チケットをお持ちでしたら、こちらで返金を──」
「どうして、中止になったんですの?」
「あの……歌姫の方が、今朝から連絡が取れないんです」
「………………はい?」
「宿の方にも戻っておられず、荷物も一部残されたままで……心当たりを探しているのですが、行方が……」
──行方不明ですって?
──歌姫が……消えた?
テオも驚いた様子で、黙り込んでいる。
そりゃあショックよね……
このままだともう、会えなくなってしまうかもしれないんですもの。
告白すらしていないのに、気の毒だわ。
──これは事件なのよ!
誘拐されて、どこかに閉じ込められている可能性だってあるわ。
なんとかしなくては!
「テオ……」
「……はい?」
「……わたくしが探し出してみせますわ!」
「えっ!?」
「安心なさい、必ず見つけ出しみせるわ!」
「いやいやいやいや、ちょっと待って! なんでお嬢がそんなことする必要が──」
「これも私が授かった使命なのよ! スコープとやらのお仕事だわ!」
探してみせる。
私にはそれができる能力があるわ!