これがお仕事ですのね?
オスカー師匠の頭の上に、ふんわりと広がるオレンジ色の光。
さっきの自分のものより、少し明るく、赤みが強い気がする。
人によって、オーラの色は微妙に違うのね。
「……師匠も、今はずっとオレンジですのね」
「ふぉっふぉ、そりゃあ君に興味津々ですからな。あと、君がワシをちょっと気に入ってくれたようで、うれしくてのう」
「……へんな意味にとらないでくださいよ?」
「むむ……心のオーラが黒ずんできたぞ? これは軽く怒ってるな?」
「怒ってませんわ! ……と嘘をついてもバレるんでしたわね。少しだけ怒ってますわ!」
でも、すごい。ほんとうに視えるようになった。
ただの勘や想像じゃなくて、ちゃんと色がそこに存在している感覚。
セカンドサイト……もう一つの視点。
わたしには、確かにそれがあるんだ。
「よし、初歩は合格じゃな。君のセンスは上々だ。これなら、応用もすぐできるようになる」
オスカー師匠の言葉を聞いて、心の中に希望の光が灯ったような気がした。
「では、今日の訓練はここまでにしよう」
オスカー師匠は伸びをしながら、一冊のノートを用意した。
「次に来るまでの宿題じゃ。視えた色とそのときの状況、そして相手との関係をこのノートに記録しておくこと」
「わかりました。オーラと感情の因果を、自分で分析するんですのね?」
「そう。それが君専用のセカンドサイトの色辞典じゃよ」
──色辞典、か。
なんだか、面白そうじゃない!
「では、また来るようにな。できれば毎日でもいい」
「そんなに暇じゃありませんわ!」
「ふぉっふぉ。そう言うと思った。……じゃあ、行きますかの」
「でも、なるべく近いうちに参りますわね」
ふたりで観測所を出て、通路へ出る。
さっきとはまるで違う景色を見ているような、不思議な感覚。
そのときだった。
向こうから、メイド姿の若い使用人が一人、軽く会釈して通り過ぎていった。
その瞬間──その人の頭上に、ほの暗く青い光が浮かんだ。
青に、黒がにじんだような……不安、そして敵意のような色。
──えっ?
思わず振り返ったけど、すでに角を曲がって見えなくなっていた。
「……視えたか?」
オスカー師匠が、ぽつりと聞いてくる。
まるで、視えるのが当然のように。
「はい……今通ったメイドの方。青に黒が混ざったような、濁ったオーラが……」
「ふむ……わしも、あれは少し気になっておった」
「まさか、あの人も特殊能力者……?」
「いや、違う。だが、ああいう濁ったオーラを纏う者は、何かを隠している場合が多い……どこかの貴族のスパイかもしれんのう。王宮には、そういう者も紛れとる」
──スパイですって?
ぞくりと、背中に冷たいものが走る。
「これが、わしらの仕事なんじゃよ」
オスカー師匠は、穏やかな笑みを浮かべていたけれど、どこか厳しさのようなものを感じた。
──視るということは、知るということ。
知るということは、ときに、背負うということなのね。
◇
自宅に帰ったのは、昼過ぎで。
お腹がすいてしまったわ!
能力を使うと、いつもより余計にお腹が減るような気がする。
使用人に昼食の用意を頼んで、自室に戻ると、テオが待ち構えていた。
両腕を組んで、ソファーにどっしりと座っている。
──何かしら?
今日はまだ私、怒られるようなことはしてませんわよ?
「……お帰りなさい、お嬢」
「ただいま、テオ。どうしたの? 何かあった……?」
「急に王宮に呼び出されたって聞いたんでね。何があったのかと心配しましたよ」
「別にたいしたことじゃなかったわ……ちゃんと帰ってきたでしょう?」
「……何やら、やらかしてきたのでは?」
──失礼ね。
やらかしてないわよ? まだ何も。
そうだわ。
こういうときに、テオの感情を視てみたらいいのね。
今のわたしには、セカンドサイトがあるもの。
さっそくこめかみに指を添え、テオのオーラに焦点を合わせてみた。
──グリーンだわ。
澄んだ、落ち着いた緑色。
テオったら心がキレイなのね!
「……そう。怒ってるわけじゃないのね。心配してくれてるだけだわ!」
「……は? 何を勝手に納得してるんですか」
「あなたのオーラを視てみたのよ。すっごくきれいな緑だったから!」
「いや、オーラって……ちゃんと説明してくれます?」
腕を組んだまま、顔をしかめるテオ。
「あ、今ちょっとイラッとしたでしょう? オーラに赤が混ざった!」
「だから勝手に何か視るのは、やめてくださいってば!」
「ふふっ、今は少し黄色が混ざってる。これは呆れ……かしら?」
「お嬢! 人のオーラを実況中継するの、ものすごく嫌がられるって分かってます!?」
「だって楽しいんですもの」
「俺はともかく、それ、王宮でやったらトラブルの元ですからね!?」
「……やらないわよ」
「信用できませんから!」
──ああもう、テオったら心配性ね。
怒ってる顔をしていても、その色でバレバレよ?
そうだわ。
ノートに記入しておかなくちゃ。
宿題ですものね。
「で? 王宮ではそれ以外にどんなことを?」
「今日はオーラの見方を習っただけよ? 身近な人のオーラがどうだったか、ノートに書いていく宿題なの!」
「ちょっ……お嬢! 俺を宿題のネタにしないでくださいって!」
「ねえテオ、さっきより緑が濃くなった気がしますわ。ねえ、それって安心したのかしら?」
「──オーラ視、封印してください! 頼むから!!」
テオのオーラの色がくるくると変わって、すごくキレイね。
わたくし、しばらくこの遊びにハマりそうですわ!