観測所へ案内されましたわ
「ここから先は、スコープの専用区域ですな。鍵も許可も必要ない」
「えっ、でも王宮の中でしょう? 許可が必要ないなんて……」
「王命で我々には、特権が与えられているのです。王国にとって不可欠な組織ですからな」
オスカーの声には、どこか誇りのような響きがあった。
すれ違った使用人たちは、皆壁際へ避けて、深く頭を下げる。
この区域にいる人たちは、事情を知っているようね。
「モンテローズ嬢も今後、王宮への出入りは自由になります。スコープ所属の者は、皆、準王族待遇というわけですな。服装さえ整っていれば、昼でも夜でも出入りは自由」
「準王族ですって……?」
「まあ、名目上だけですがね。あくまで扱いが、という意味です」
……驚いたわ。
まるで保養所のVIPパスでもくれるようなノリなんだけど。
王宮に出入り自由だなんて、本当に準王族ぐらいの待遇よね……
嬉しいような、迷惑なような。
通路の奥に、ほかの部屋とは違う、鉄と木の重厚な扉が現れた。
扉の中央には王家の紋章。
そして、もうひとつ──見慣れない銀色の紋章が刻まれている。
それがスコープの印だと、オスカーが教えてくれた。
「ようこそ、観測所へ」
「……なんですの? 観測所というのは」
「王宮内での隠語ですな。スコープの部屋ということで、そう呼ぶことになっている」
……なるほど。隠語。
秘密組織っぽくて良いわね。
気に入ったわ。
オスカーが扉を押し開けると、広い執務室のような部屋だった。
中は静かで、人はいない。
正面にはさらに奥へ続く扉が見えている。
壁にかけられた大きな地図……初めて見たけれど、世界地図かしら?
机の上には何やら光る石や巻物などが乱雑に置かれていて。
まるで研究所みたいで、ちょっとワクワクするわ。
「さて、そこへ座りなさい、モンテローズ嬢……まずは君が持っている特別眼というものが、どういうものなのか。それを知りたいだろう?」
──そうね、知りたいわ。
長年抱えてきた『なぜ視えるのか』という疑問。
それに答えてくれる人が、今、目の前にいる。
「はい。お願いしますわ、カステリオン侯爵」
「ああ……ワシのことはオスカーで良い。そんな長い呼び名で呼ぶものはおらん」
「でも、侯爵様に向かって、そのような失礼は……」
「スコープに属する限り、我々は対等だ。気にしなくていい」
「……そうですか。では……オスカー師匠と」
「ふぉっふぉっ! 師匠とな? それは光栄ですぞ」
「だって、これから色々と教えていただくのですもの」
カステリオン侯爵……いえ、オスカー師匠は、楽しそうに目を細めて笑った。
あまり良い噂を聞く方ではなかったけれど、案外良い人っぽいわ。
気を遣う相手ではなさそうね。
「では、まず最初に……スコープという組織について、ざっくりと説明しよう」
オスカー師匠は椅子に腰を下ろすと、テーブルの上にあったベルを鳴らす。
メイドのような使用人が現れて、テキパキとお茶の用意をしてくれた。
スコープのメンバー……ではなさそうね。
お茶だけ出すと、すっと頭を下げて引っ込んでしまったわ。
「現在、スコープに名を連ねているのは、君を含めて十人ほどですな」
「……そんなに少ないんですの?」
「実働しているのは、五人か六人。あとの者は……まあ、年齢や体調の問題で引退同然ですな。まことに慎ましやかな組織ですよ、ふぉっふぉっ」
──ふうん。割とこぢんまりしているのね。
でも、まあ……人数は少ないほうが特別感があるわ!
だって、ここへ出入りできるのは、五人か六人っていうことですもの。
「そもそも、能力持ちの人間はごくわずか……その多くは貴族家系です」
「平民には、いないんですの?」
「まあ……ほとんど聞いたことがありませんな。文献をさかのぼれば、いたかもしれないが」
なるほど。
では、ここに出入りしている人たちは、皆貴族ということね。
もしかして、知っている人もいるのかしら……
でも、まだ私は、特別眼持ちの人に出会ったことはないけれど。
というか、出会っていても言わないわよね。
「モンテローズ家のように、『視る者の部族』の血を継いでいる家は、他にもいくつかあるんだよ」
「他にも……?」
「今ここで明かすわけにはいかないが、王家には情報が引き継がれておる。どの家がその血を引いているか……そして、どの家系で目覚めているかもな」
「……つまり、わたくしは……目覚めた側の人間、ということですのね?」
「君は『視えた』のではなく、『見ようとした』──そうだろう? この能力に目覚めるものは皆、好奇心が強いんじゃよ」
好奇心……それはそうね。
いつもテオに怒られるもの。
「さて。そろそろ緊張も解けてきたのではないか? それに、ワシの話にも興味がわいてきただろう?」
オスカー師匠は、ニヤっと笑みを浮かべて、私の頭の上あたりを見ている。
……もしかして、何か視えてる?
「あの、わたくしの頭に何か……?」
「ふぉっふぉ、君の頭の上に、しっかり出ておるよ。──オレンジのオーラが」
オレンジ……? オーラ……?
なんだか、見抜かれているようで、緊張するわね。
「オーラ視は、初級の技術じゃ。特別眼を持つものなら、訓練すれば誰でも視えるようになる。色の変化は、感情の発露に対応するのだよ」
「じゃあ……いまのわたくしが、オレンジというのは?」
「うむ。オレンジは『好奇心』や『好意』を意味する色ですな。今の君は──知りたくてたまらん状態。そして、ワシへの好感もちょっと入っておる。違いますかな?」
「……ええ、まあ……最初の印象よりは」
「そうじゃろう。謁見の間にいたときは、不安と不信……距離をとりたいという色が出ていたからな」
「それはどんな色ですの?」
「青だが……少しくすんだような、黒っぽい青に視えたぞ。ワシにはな」
「そうですか……」
「つまりだ。スコープのメンバー同士は、隠し事はできないと思っておいたほうがいい。皆、視えているからな?」
「わかりました。わたくしも視えるようになるでしょうか?」
「……君のようなタイプは、この訓練、得意なはずだよ。なにしろ、視たい気持ちが強いだろう?」
──ああ。確かに。
ここに来てからずっと、「知りたい」「見たい」と思ってたもの。
その気持ちが、色になって出てるなんて……不思議で、面白いわ!