【第三話】『オーラと恋の勘違い』国王様に呼び出されましたわ
正面玄関に出ると、すでに馬車が待機していた。
けれど、よく見る王宮の馬車とは、どこか雰囲気が違う。
装飾は控えめで、窓には薄布が張られていて、中が見えない。
まるで、極秘ですって言っているようだわ!
──落ち着かなくちゃ。
なぜ、「特別な目をお持ちのあなたに」なんて言われたの?
何かバレてる……?
だとしても、私は何も悪いことなんてしてないわ。
むしろ、悪いやつを捕まえるのに、協力したじゃない。
王宮の大門が見えてきた。
衛兵たちが馬車を見て小さく敬礼をする。
その様子を見る限り、普通に王宮の夜会などに招待されているときと変わらないけれど。
使者の人に案内されて、謁見の間に入る。
高い天井。
磨かれた大理石の床。
赤い絨毯が、玉座の前へとまっすぐ延びている。
ロデリック・ルネ・ド・ラルシア国王──
夜会で何度かお見かけしたことはあるけれど、こうして直接会うのは初めてだわ。
王政は安定していて、賢王だという噂だけれど……なんとなく得体のしれないオジサマ風なのよね。
「来てくれて嬉しいぞ、モンテローズ伯爵令嬢」
「お目にかかれて光栄でございます、陛下」
緊張しながら、最上級の礼をする。
表情と声のトーンからは、歓迎してくれている様子だけれど……?
「うーむ……いやはや、やはりモンテローズ家の血は健在じゃな。前から気になってはいたのだが……ここ最近のきみの立ち回りで確信したよ。君は……視えておるな?」
──しまった。
──特殊眼のことがバレているわ。
でも、なぜ?
グレイ・ティー商会の事件はテオに動いてもらって、私は表には出ていないわ。
それに、モンテローズ家の血筋って……
「陛下。わたくしなど、ただの伯爵令嬢にすぎませんわ」
「まあ、そう警戒しなくとも良い。今日は紹介しておきたい人物がいて、呼んだのじゃ……古くから我が王家に仕え、特殊能力に詳しい者だ。わしの友人でもある」
王は片手を上げて、扉の横に立っている近衛の騎士に合図を出した。
「オスカー・ド・カステリオン侯爵をここへ」
オスカー・ド・カステリオン侯爵と言えば……
酒飲みで有名なボンクラ侯爵じゃない!
その人が、国王の友人……?
そんな話は聞いたことがないわ。
奥の扉が開いて入ってきたのは、灰色のローブを羽織った初老の男性。
頭はぼさぼさで、謁見だというのに寝起きのような風貌だわ。
……なぜこの人を?
「紹介しよう。こちらがオスカー・ド・カステリオン侯爵。わしの古い友人にして、スコープの設立者だ」
「初めまして、モンテローズ嬢。いやあ……ようやく会えましたな」
ひらりと外套を払って軽くお辞儀する。
いけない──侯爵だということを忘れていたわ。
慌てて最敬礼の姿勢をとる。
「……えーと。オスカー・ド・カステリオン侯爵、ですのよね?」
「うむ。そう呼ばれて久しいな」
この人が『スコープ』の設立者ですって?
どんな組織だかわからないけれど、とても責任者には見えないわ。
すでに引退した貧乏貴族みたいな風貌だけど……
「モンテローズ伯爵令嬢、そなたが特別眼の持ち主であると、調査報告が届いておる。そして……力を持つ者にこそ、導く者が必要なのだ」
「導く者……?」
「スコープとは、特殊能力者の集団なのじゃよ。表に名は出ぬが、ワシの直属で密かに動いておる者たちじゃ。そなたのように視える力を持つ者は、国が極秘に保護している」
──保護。
──特殊能力者。
情報量が多すぎて頭がパンクしそうだけれど。
でも、保護してくれるというのなら、悪い話というわけでもないわね。
カステリオン侯爵がにやりと笑う。
「要するに、君は視えているんだろう? そしてね、君がそれを見過ごせない性格だってことも……私たちはよく理解している」
「………………」
何も言い返せない。
ようするに、私が好奇心で事件に首をつっこんだことは、バレているようね。
「しばらくの間、オスカーの指導を受けてもらう。安心せよ。彼は酒と奇行を除けば、有能な男じゃ」
「……最後の部分が気になりすぎて、安心できませんわ」
思わずため息が出てしまった。
でも──ほんの少しだけ、この得体の知れない組織に興味を持ってしまったわ。
「承知いたしました、陛下。ご命令ということでしたら、喜んで」
「いやあ、良かった! 断られたらまずいと思って、今朝は酒を抜いてきたんだ」
オスカーがうれしそうに拍手をした。
──わたくし、今、ちょっぴり後悔しましたわ。
「せっかく酒を抜いてきたのなら、さっそくだが……オスカーから、モンテローズ伯爵令嬢へ詳しい説明をしてやってくれ」
「お任せを。では、モンテローズ嬢、参りましょうか」
「え、今からですか? あの、心の準備が……」
「説明だけなので、心配はご無用。決して怪しい場所に連れ込んだりしませんからな」
ふぉっふぉっと笑っている侯爵、アナタが一番アヤシイんですけど!
……でも、陛下の命令とあっては断れないわね。
カステリオン侯爵の後をついて、謁見の間をあとにした。
王宮の奥……私たち伯爵家の者でも立ち入れない区域へ向かう。
奥へ進むほど、すれ違う人も少なくなってきた。