もう少し優しくしてほしいですわ
「痛っ! 痛いわよっ!」
「うるさい。動くなって言ってんでしょ」
テオが消毒薬のコットンをぐいっと押しつけてくる。
マジで痛いから!
「ちょっ、ちょっと!? わざとやってない!? 絶対わざとでしょ!」
「殴られるってわかってて挑発したんでしょ? 反省してます?」
「ぐっ……っ、言い返せないのが腹立つわ……!」
「ほらっ、泣き言言ってないで腕出して。巻くぞ」
「ちょっとは加減して……あ゛っ!? ま、また絶対わざとでしょ!?」
「バレた?」
にやりと笑って、包帯を巻く手つきはやたら手際がいい。
そういえば子どもの頃、木登りしていて落ちたときもこっそり手当してくれたっけ。
「ねえテオ……わたし、さっき危なかったわよね?」
「うん。下手すりゃ鼻の骨折れてた」
「痛いんだから、ちょっとぐらい優しくしてくれたっていいじゃない……」
「優しくねえ……痛み、止めてやろうか?」
「そんなことができるの?」
テオが荷物の袋から何かを取り出した。
──見覚えのある赤い瓶。
「ちょっとテオ!! なによ、その瓶! まさか……」
「中枢神経が麻痺するらしいからな……試すか?」
「い、いやよ……バカっ!!」
「はははっ、中身入ってねえよ! 空瓶だってば」
む・か・つ・く~!
腕が痛くなかったら、殴るところだわ!
「……やっぱり性格悪いわよね、あんた」
「お嬢、そういうのが好きでしょ?」
「……好きなわけないでしょっ!!」
◇
数日後、リリー様から手紙が届いた。
『ヴィヴィアン様、このたびは私のために尽力してくださり、本当にありがとうございました。
おかげで、ようやく目を覚ますことができました。
これからは、自分の足でまっすぐ歩いていこうと思います』
婚約は無事に破棄。
エルマーは、男爵家から除籍されて、鉱山の労働刑が決まったようだ。
すでに除籍されていたので、平民としての刑だから、恩赦もない。
貴族であるリリー様とは、当然結婚もできない。
これで安心ね。
──すべてが片づいて、ようやく穏やかな朝を迎えるはずだったのに。
突然、先触れもなく王宮からの使者がやって来た。
しかも、見慣れない制服。
王宮付きの文官とも少し違う。
本当に王宮から来たの?と思ったけれど……
「モンテローズ伯爵令嬢、王命により、お迎えに参上いたしました」
開口一番、そう言われて、思わず紅茶を吹きそうになった。
「は? 王命? なんの冗談?」
使者は無言で、懐から一通の封書を取り出した。
……見覚えのある、金の紋章。
「……国王の印璽?」
封の下に刻まれた、まぎれもない王印を見た瞬間、冷や汗が出た。
使者の目がわずかに細まり、低い声で囁く。
「スコープの方がお会いになりたいとのこと。……特別な目をお持ちのあなたに」
──まさか、バレてる……?
──なぜ? 誰にも話していないのに。
「何よ……スコープって……」
「それは、ここでお話することはできません。どうかご同行を」
運悪く、今日はお父様もお母様も出かけていて、屋敷には私ひとり。
仕方ない……
「着替えてきます。少しお待ちいただけますか」
「正面に馬車をまわして、お待ちしております」
逃げられそうにないわね。
というか、なんで逃げないといけないのよっ!
──行ってやるわ!
【第二話】『婚約者の裏の顔』 ー完ー