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絶対に許せませんわ!

 翌朝のこと。

 朝食を終えて自室へ戻ると、テオが、私の部屋で何かしている。

 昨日と同じ服装なので、一晩中尾行をしていたのだろうか?

 侍女にお茶を頼んで、向かい側に座る。


「あら……いい香りね? その赤い瓶……あの宿屋で見た瓶かしら」

「あの後、ちょっと拝借してきたんですけどね……」


 テオがちょっと面白そうに、瓶の蓋をあけてニオイを嗅いだりしている。


「なんなの? もったいぶらないで教えてよ」

「……お嬢? 試します?」


 ニヤリと笑いながら瓶を手渡そうとするので、パシンと手を叩いてやったわ。

 テオがこんな顔をするときは、絶対何かあるもの!


「媚薬ですよ。リラクシング・ルージュっていうお茶として販売されているようです」

「媚薬……? リリーに飲ませようとしていたのとは、また別モノかしら?」


 あれはすごく変なニオイだったものね。

 こんなに甘い香りではなかったわ。

 

「リリー嬢のダイエット茶は茶葉だったでしょう? これはこのまま飲むように、液体で売られているようです」

「……で? 昨日はあれからどうなったの? エルマーの後をつけたのでしょう?」

「それがですねえ……」


 テオは何か嫌なことでも思い出したように、顔をしかめた。


「お嬢の言う通り、エルマーは宿屋を出て、別の場所へ向かいました。郊外にある貴族の別宅──古い建物で、使用人などが出入りしてる様子もない。どの窓もカーテンが降りていて、明らかに見せたくないものがある雰囲気でした」

「で? 中に入ったの?」

「……まあ、ああいう古い家は屋根裏が無防備なんでね……」


 そこまで言うと、テオは言葉を濁し、紅茶をひとくち啜った。


「……中にいたのは若い男ばかりでした。十代から二十代前半くらいの貴族っぽい不良ども──それに、女たち。おそらくは娼婦でしょうが……全員が、あの赤い液体を飲まされていた」

「……媚薬のドリンク?」

「ええ。飲んだ女たちは、まるで人が変わったように。自分の意志を持っていない感じでした。男たちの言うままに服を脱ぎ、膝にまたがって……」

「最悪……!」


 思わず叫んでしまった。

 リリーに飲ませようとしていたお茶も、絶対何かおかしな成分が入っているに違いないわ!


「運び込まれた荷物のラベルを見たんですが、間違いなくドリンクの出所はグレイ・ティー商会ですね」

「……じゃあ、あの商会が、媚薬入りの飲料を広めてたってことね」

「はい。昨夜の時点で、あの屋敷にあった瓶を何本か確保して、うちの馬車に積んであります。それと、リリー嬢のダイエット茶も」

「わかったわ。両方、薬物研究所へ出しましょう。分析結果が出たら、すぐに騎士団に提出して」

「了解です。これで動いてくれるはずです」


 ようやく、ここまできたわね。

 物的証拠は揃ったし、背後にグレイ・ティー商会が関与していたことも確認済み。

 あとは──

 リリー嬢にどう説明するか、なんだけど。


 もうエルマーの浮気がどうのっていう話ではないわね。

 このままだと、間違いなくリリー嬢が危ないわ。

 早めに一度会って、話をしなければ。


 テオが研究所に行っている間に、リリー嬢へ手紙を書いて、すぐに届けてもらうように頼んだ。

 できるだけ早く、一度会って話をしたいと書いて。


 ◇


 翌朝、リリー嬢の屋敷を訪ねると、すぐに応接間へ通された。

 すぐにリリー嬢が姿を現したけれど、顔色がすぐれないわね。

 ──まさか、あのお茶を飲んだりしていないでしょうね?

 なんだか少しやつれているようだけど。


「……ヴィヴィアン様。お手紙、拝見しました」

「お忙しいところ、ごめんなさいね。どうしても、早めにお伝えしておきたくて」

「いえ、ヴィヴィアン様こそ……私のことでわざわざすみません」

「お話というのは、グレイ・ティー商会のことなの。あの店……やはり薬物を扱っていたわ」


 リリーは驚いたように目を見開いた。

 紅茶のカップを持つ手が震えている。

 

「……薬物……ですか?」

「あなたにダイエット茶だと言って渡されたもの、あれもそうよ。昨日、薬物研究所に分析に出して検査してもらったの……まさか飲んでいないわよね?」

「はい……もらったときに何度か少し飲んでみたんですけど、どうしてもニオイが耐えられなくて」

「そう……よかったわ。中枢神経を麻痺させるような、危ない成分が入っていたのよ」


 リリーがは信じられないというような顔をして、固まっている。

 そりゃあ、そうよね。

 婚約者が犯罪に手を染めているかも、という話だもの。


「グレイ・ティー商会は、媚薬のようなドリンクを、貴族の男たちに売っていたの。女に飲ませて、従順にさせる目的で。昨日、その現場をテオが見たのよ。そしてその……乱交現場にエルマーもいたそうよ」

「えっ……」

「……ごめんなさいね。辛いと思うけれど、真実を伝えるわ。エルマー……彼は、あなたを裏切っていた。浮気をしているのではないかと感じていた、あなたの直感が正しかったの」

「エルマー様が、そんなことを……っ」


 リリー嬢は、混乱した様子で俯いた。

 ショックよね……想像していたような、単なる浮気ではないものね。

 薬物を使った乱交パーティーだなんて。

 私だって最悪だと思ったわ。


「証拠は揃っているわ。媚薬やダイエット茶の分析が終われば、騎士団が正式に動く。グレイ・ティー商会に調査が入れば、当然薬物を買って使っていた貴族たちも捕まるわ。そうすれば、あなたは婚約破棄できる……だけど、それでよかった?」

「……それは……どういう?」

「このままもうエルマーには会いたくないというなら、私とテオで騎士団の方へ手を回すわ。あいつが捕まったら、二度と会う必要はない……それでいい? それとも、最後に直接さよならを言いたい?」

「最後に……」


 俯いてしばらく考えていたリリー嬢は、何かを決意したように顔をあげた。

 

「……確かめたいわ。彼がどうして、私を裏切ったのか……確かめないと、きっと私は、前に進めない気がする……ヴィヴィアン様、彼に会うことはできるのでしょうか?」

「今朝、エルマーはグレイ・ティーの女と例の宿に泊まっているという情報が入ったの。見張りをつけてあるわ。恐らく昼頃になると、騎士団が動くと思うの。今なら、まだ間に合うわ」

「……ヴィヴィアン様はどう思われますか? 会わないほうがいいのでしょうか……?」

「あくまで私の意見だけれど……自分の目で確かめるのはいいことよ。そうすれば、前へ進めるのではないかしら」


 しばらくの沈黙ののち──リリーは、小さくうなずいた。


「……わかりました。一緒にまいります」

 

 

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