テオの報告
「グレイ・ティー商会、表向きは薬草茶と香料の専門店です。店はにぎわってるし、評判は悪くない」
「そう。特にあやしい点はなかった?」
「……気になる点がふたつ。まず仕入れ業者がいつも違う顔で、うさんくさい人間が出入りしてる。それと、荷物の搬入は深夜が多い」
「なるほどね……だけどそれだけじゃあ、決定的ではないわね」
「あと、客層。若い貴族の次男三男みたいなのが多い……お茶や香料を買うなら、女性が多いはずだろ?」
そうね、確かに。
わざわざ貴族の男性が、お茶や香水を買いに行くというのは、ありえなくはないけれど不自然だわ。
つまり、エルマーもその中のひとりだったということだけれど。
「わかったわ……それで、例の宿屋のほうは?」
「これから行くつもりです。グレイ・ティー商会の使用人が出入りしていたらしいって情報があって」
「ふーん……じゃ、私も行くわ」
そういうことなら、グレイ・ティーとエルマーの接点になってる証拠が見つかるかもしれないわ。
私の過去視が役に立つときがきたわね!
「ダメです! 危険だから、ここで大人しく待っていて──」
「リリーのために、浮気の証拠をつかむ必要があるもの。だったら、私の過去視が役に立つはずよ!」
「……それはそうですが……でも、向こうが何か仕掛けてきたら──」
「止めても行くわ! テオが一緒ですもの、守ってくれるでしょう?」
「……わかりましたよ。でも、絶対に無茶はしないでくださいね」
うふふ。テオってこういう言い方すると、渋々了承してくれるのね、いつも。
護衛のお仕事ですものね? 守るのが。
◇
宿屋の場所は繁華街のはずれで、裏通りに面した少し古びた建物。
昼でも薄暗い通路に、酔っ払いが転がっている……
決して品のいい場所じゃないわね、これは。
「俺が中を探ってきます。お嬢はここで待機。いいですね?」
「はいはい。絶対に動かないわ。テオが戻ってくるまで、大人しく待ってる」
「……とにかく、行ってくる」
「なによ、その疑うような目は! 早く行ってきて!」
……さて。
宿屋の中はテオに任せるとして。
大人しく待ってるとは言ったけど、触らないとは言ってないわよ!
扉の取っ手、外壁の装飾、看板──
どこか、人が触れそうな場所はないかしら?
扉の取っ手は、あまりにもいろんな人が触るからダメよね。
あら、このリヤカーみたいな荷車は何かしら。
裏口から何か荷物を搬入してた……?
「──ん……セピア色、来た!」
視界がふわっと揺れて、静かな映像が流れ始めた。
──女性の手が、小瓶を何本も並べている。
裏口から宿屋に搬入していたようね。
もしかしてこの女が、グレイ・ティーの使用人?
なんだか派手な身なりだけど……
裏口の扉のノブにうっかり触れると、また次の映像が見えた。
──扉を押し開ける若い男の後ろ姿。
──扉の奥に待ち構えている女たち。
どう見ても、あの女性たちは……
やっぱりここはそういう宿なのかしら?
リリー様も、そういう噂を聞いたって言っていたものね。
──と、そのとき。
宿屋の扉がきい、と開いた。
驚いて身を隠すと、中から出てきたのは──若い女性。
身なりはまあまあだけど、髪が乱れているわね……
……って、この人、さっき過去視で見た人じゃない!
どうしよう……
テオはまだ戻ってこないし……
勝手に接触したら怒られそうだけど、これを逃す手はないわよね?
彼女は手に革の小さなバッグを持っている。
あれにちょっとだけ触れてみようかしら。
すれちがいざまに、つまずいたふりをして──
「あっ、すみませんっ!!」
「ちょっと! 気をつけてよ!」
そのとき、視界がふっと歪んだ。
きた……セピア。
──暗い宿屋の部屋……
シーツの乱れたベッドに腰掛けている男。
あれは……エルマー……?
⼥は少し残念そうに、ゆっくりとブラウスのボタンを留めている。
「ねえ、もう帰るの? まだいいじゃない……」
「ん? まだ⾜りねえのか?」
⼥を抱き寄せ、にたりと笑いながら、男の指が⼥の⾝体に這っていく。
女はうれしそうに男の上にまたがり……
……って……
「ぎゃあああああああああっっっ!!!」
反射的にバッグをはたいて、突き飛ばしてしまった。
女性が驚いたように後ずさる。
「え、ちょ、なんですか──?」
「あ、いえっ、何でもっ、虫が……ほら、いたのよ! 蚊よ蚊っ!!」
自分でもわけのわからない言い訳をしながら、その場をそそくさと離れる。
……いやいやいやいや、今の絶対エルマーでしょ!?
顔見えたし!
絶対ヤってたし!!
「なに見せてくれてんのよぉおおお……!」
「お嬢!? 何やってんですか!」
宿の裏口から戻ってきたテオが、私の顔を見るなり駆け寄ってきた。
女はが慌てたように立ち去っていった……
「顔、真っ赤じゃないですか。何か見たんですね?」
「見たくないのよ! 見たくないのに、見えちゃったのよ!……エルマーの裸……!」
「……っ、やっぱり連れてくるんじゃなかった……今すぐ、馬車呼びますから」
「待って、まだ終わってないのよ! あの男、まだ宿屋の部屋にいるわ!」
「何を見たんですか? 落ち着いて説明してください……」
テオが声をひそめた。
いけない……つい大声出しちゃったわ。
余計なモノ見ちゃったから……
「中から出てきた女のバッグに触れたら、エルマーと一緒にいるところが見えたの……どう見ても事後よ……女だけ先に出てきたから、まだあの部屋にいるはず」
「……どうします? ここで待ち伏せを?」
「それが、エルマーはこのあと予定があるって女に言ってたのよ」
「予定?」
「そう。別の誰かと会う予定があるみたい」
「……そうか。じゃあ──」
「あとをつけましょう。浮気だけじゃないわ、何か隠してる……もっとヤバいことを!」
テオはしばらく考えていたが、首を横に振った。
どうして?
チャンスなのに。
「ダメです。俺がひとりで尾行します。お嬢はここで──いえ、もう帰ってください!」
「なんでよ! ここまで来たのに──」
「危なすぎます! あの女──ただの浮気相手じゃない。グレイ・ティー商会の人間だとしたら、裏に何が絡んでるかもわからない」
「でも私の過去視があれば──」
「──ダメです。お嬢を危険な目に合わせるわけにはいきません」
……ダメか。
そうね。
私がいたら、テオは私を守らないといけない。
足手まといになるわね。
仕方ない……
「……わかったわ」
しぶしぶ頷くと、テオは安心したような顔になった。
「ちゃんと馬車まで送ります。……それと、変なとこ触らないでくださいよ?」
「うるさいわね!」
テオは私を馬車に乗せると、エルマーを待ち伏せすると言って宿のほうへ戻っていった。
……大丈夫よね、テオだもの。
ほんとに大丈夫よね……?