表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

10/38

テオの報告

「グレイ・ティー商会、表向きは薬草茶と香料の専門店です。店はにぎわってるし、評判は悪くない」

「そう。特にあやしい点はなかった?」

「……気になる点がふたつ。まず仕入れ業者がいつも違う顔で、うさんくさい人間が出入りしてる。それと、荷物の搬入は深夜が多い」

「なるほどね……だけどそれだけじゃあ、決定的ではないわね」

「あと、客層。若い貴族の次男三男みたいなのが多い……お茶や香料を買うなら、女性が多いはずだろ?」


 そうね、確かに。

 わざわざ貴族の男性が、お茶や香水を買いに行くというのは、ありえなくはないけれど不自然だわ。

 つまり、エルマーもその中のひとりだったということだけれど。

 

「わかったわ……それで、例の宿屋のほうは?」

「これから行くつもりです。グレイ・ティー商会の使用人が出入りしていたらしいって情報があって」

「ふーん……じゃ、私も行くわ」

 そういうことなら、グレイ・ティーとエルマーの接点になってる証拠が見つかるかもしれないわ。

 私の過去視が役に立つときがきたわね!


「ダメです! 危険だから、ここで大人しく待っていて──」

「リリーのために、浮気の証拠をつかむ必要があるもの。だったら、私の過去視が役に立つはずよ!」

「……それはそうですが……でも、向こうが何か仕掛けてきたら──」

「止めても行くわ! テオが一緒ですもの、守ってくれるでしょう?」

「……わかりましたよ。でも、絶対に無茶はしないでくださいね」


 うふふ。テオってこういう言い方すると、渋々了承してくれるのね、いつも。

 護衛のお仕事ですものね? 守るのが。


 

 宿屋の場所は繁華街のはずれで、裏通りに面した少し古びた建物。

 昼でも薄暗い通路に、酔っ払いが転がっている……

 決して品のいい場所じゃないわね、これは。


「俺が中を探ってきます。お嬢はここで待機。いいですね?」

「はいはい。絶対に動かないわ。テオが戻ってくるまで、大人しく待ってる」

「……とにかく、行ってくる」

「なによ、その疑うような目は! 早く行ってきて!」


 ……さて。

 宿屋の中はテオに任せるとして。

 大人しく待ってるとは言ったけど、触らないとは言ってないわよ!


 扉の取っ手、外壁の装飾、看板──

 どこか、人が触れそうな場所はないかしら?

 扉の取っ手は、あまりにもいろんな人が触るからダメよね。


 あら、このリヤカーみたいな荷車は何かしら。

 裏口から何か荷物を搬入してた……?


「──ん……セピア色、来た!」


 視界がふわっと揺れて、静かな映像が流れ始めた。


 ──女性の手が、小瓶を何本も並べている。

 裏口から宿屋に搬入していたようね。

 もしかしてこの女が、グレイ・ティーの使用人?

 なんだか派手な身なりだけど……


 裏口の扉のノブにうっかり触れると、また次の映像が見えた。


 ──扉を押し開ける若い男の後ろ姿。

 ──扉の奥に待ち構えている女たち。


 どう見ても、あの女性たちは……

 やっぱりここはそういう宿なのかしら?

 リリー様も、そういう噂を聞いたって言っていたものね。


 ──と、そのとき。

 宿屋の扉がきい、と開いた。

 驚いて身を隠すと、中から出てきたのは──若い女性。

 身なりはまあまあだけど、髪が乱れているわね……

 ……って、この人、さっき過去視で見た人じゃない!

 

 どうしよう……

 テオはまだ戻ってこないし……

 勝手に接触したら怒られそうだけど、これを逃す手はないわよね?

 

 彼女は手に革の小さなバッグを持っている。

 あれにちょっとだけ触れてみようかしら。

 すれちがいざまに、つまずいたふりをして──


「あっ、すみませんっ!!」

「ちょっと! 気をつけてよ!」


 そのとき、視界がふっと歪んだ。

 きた……セピア。


 ──暗い宿屋の部屋……

 シーツの乱れたベッドに腰掛けている男。

 あれは……エルマー……?

 ⼥は少し残念そうに、ゆっくりとブラウスのボタンを留めている。


「ねえ、もう帰るの? まだいいじゃない……」

「ん? まだ⾜りねえのか?」


 ⼥を抱き寄せ、にたりと笑いながら、男の指が⼥の⾝体に這っていく。

 女はうれしそうに男の上にまたがり……


 ……って……

 

「ぎゃあああああああああっっっ!!!」


 反射的にバッグをはたいて、突き飛ばしてしまった。

 女性が驚いたように後ずさる。


「え、ちょ、なんですか──?」

「あ、いえっ、何でもっ、虫が……ほら、いたのよ! 蚊よ蚊っ!!」


 自分でもわけのわからない言い訳をしながら、その場をそそくさと離れる。


 ……いやいやいやいや、今の絶対エルマーでしょ!?

 顔見えたし!

 絶対ヤってたし!!


「なに見せてくれてんのよぉおおお……!」

「お嬢!? 何やってんですか!」


 宿の裏口から戻ってきたテオが、私の顔を見るなり駆け寄ってきた。

 女はが慌てたように立ち去っていった……


「顔、真っ赤じゃないですか。何か見たんですね?」


「見たくないのよ! 見たくないのに、見えちゃったのよ!……エルマーの裸……!」

「……っ、やっぱり連れてくるんじゃなかった……今すぐ、馬車呼びますから」

「待って、まだ終わってないのよ! あの男、まだ宿屋の部屋にいるわ!」

「何を見たんですか? 落ち着いて説明してください……」


 テオが声をひそめた。

 いけない……つい大声出しちゃったわ。

 余計なモノ見ちゃったから……

 

「中から出てきた女のバッグに触れたら、エルマーと一緒にいるところが見えたの……どう見ても事後よ……女だけ先に出てきたから、まだあの部屋にいるはず」

「……どうします? ここで待ち伏せを?」

「それが、エルマーはこのあと予定があるって女に言ってたのよ」

「予定?」

「そう。別の誰かと会う予定があるみたい」

「……そうか。じゃあ──」

「あとをつけましょう。浮気だけじゃないわ、何か隠してる……もっとヤバいことを!」


 テオはしばらく考えていたが、首を横に振った。

 どうして?

 チャンスなのに。


「ダメです。俺がひとりで尾行します。お嬢はここで──いえ、もう帰ってください!」

「なんでよ! ここまで来たのに──」

「危なすぎます! あの女──ただの浮気相手じゃない。グレイ・ティー商会の人間だとしたら、裏に何が絡んでるかもわからない」

「でも私の過去視があれば──」

「──ダメです。お嬢を危険な目に合わせるわけにはいきません」


 ……ダメか。

 そうね。

 私がいたら、テオは私を守らないといけない。

 足手まといになるわね。

 仕方ない……

 

「……わかったわ」

 しぶしぶ頷くと、テオは安心したような顔になった。


「ちゃんと馬車まで送ります。……それと、変なとこ触らないでくださいよ?」

「うるさいわね!」


 テオは私を馬車に乗せると、エルマーを待ち伏せすると言って宿のほうへ戻っていった。

 ……大丈夫よね、テオだもの。

 ほんとに大丈夫よね……?


 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ