どうした 、あの雨の日に君に会った♪
しばらくの沈黙の後、高橋直樹は歯を食いしばり、微笑みながら頷いた。
結局、高橋直樹はよくわかっていた。今の状況では、自分には交渉の余地はない。
「ふん!ついてきなさい。」
西園寺未来は言って、高橋直樹の手を引いて、ステージの中央に向かって歩き出した。
「ちょっと、今からどの曲を一緒に歌うか教えてくれませんか?準備をしたいんですけど。」
「その日、雨の日、君に出会った。」
「え、その歌詞、あまりよく知らないんですが…」
「それ…私のデビューソングなのよ!」
西園寺未来は突然足を止め、後ろを振り返って、少し不思議そうに高橋直樹を見た。
「メロディは覚えているけど、歌詞はやっぱり未来姫と一緒に歌うのは緊張するわ…」
西園寺未来を見ながら、高橋直樹は少し気まずそうに咳払いをして、頭をかいた。
「やっぱり、私のファンだもの、その歌くらい歌えるでしょ?」
道中、西園寺未来は意図的に歩調を遅らせながら、口ずさみ始めた。
その歌の旋律は比較的シンプルで、スローテンポの曲だ。
歌詞というよりは、初々しい少女が書いたラブレターとでも言うべきものだろう。
舞台の中央、ネオンが輝く。
若干の気まずさを感じながら、西園寺未来の横に立つ高橋直樹は、会場の下からの辛辣な視線に謝意を込めて手を振った。
「小さなトラブルはありましたけど、未来は信じています、皆の騎士様は皆、世界でただ一人の存在!」
そう言って、西園寺未来はマイクを前に差し出した。
「皆さん、どう思いますかー?」
すぐに、次々と声援が会場を新たな盛り上げに押し上げた。
「さて、自己紹介のお時間です、悪い騎士様。」
「皆さん、こんにちは、高橋直樹と申します、今日ここに選ばれたことをとても光栄に思います…」
高橋直樹が言葉を終える前に、会場からはブーイングが広がった。
西園寺未来が横にいなかったら、高橋直樹は自分がまた何か奇妙なことに巻き込まれるだろうと思った。
「ふふ、では、今夜のトリとして、私たちは一曲お届けしますー」
西園寺未来は深呼吸し、右耳を手で覆い、もう片方の手でマイクを前に突き出した。
「その日ー!」
「雨の日ー!!」
「君にー!!!」
「未来姫、愛してるー!!!」
「未来!未来!」
熱狂的なファンたちは自分のライトスティックを振り回し、西園寺未来の名前を叫びながら興奮していた。
舞台のスポットライトも、バックグラウンドミュージックとともに二人に集中していった。
軽快なメロディが会場中に響き渡り、西園寺未来は笑顔で高橋直樹の左手を引き、小さな虎歯が見える甘い笑顔を浮かべた。
そして、灯りが彼らに集まった瞬間、西園寺未来は高橋直樹を引き寄せ、その後ろ姿を軽く押して、まるで別人のように振る舞ったのだった。
"あの日、雨粒が、私の手に軽やかに落ちた♪"
"君は夜空に輝く僕の星だった"
"星の光が君の瞳を見つめる"
ピンクのスカートが風に舞い、軽やかなメロディが静かに耳に響く。
高橋直樹は一瞬、自分がもはや自分のものではなく、目の前の少女の天の声に完全に溶けてしまったように感じた。
そして、心の中の悪夢はこの瞬間、完全に払拭されたようだった。
"蛍よ、君と僕を照らしてくれ"
"あなたのそばにいさせてください"
高橋直樹がだんだんとノリノリになり、舞台の怖さをまったく感じさせないのを見て、西園寺未来の目も驚きに満ちていた。
"このままでいてほしい、あなたは私の天国です♪"
高橋直樹はかすかに微笑み、西園寺未来から手渡されたマイクを受け取ると、とても優しく口を開いて歌った。
その瞬間、ステージのため息はすでに歓声に変わっていた。
"夢の向こうは天国の方角♪"
"どこまでも一緒に航海しよう"
この時点で、コンサート全体が自分たちの世界になっていた。
"あなたと"
西園寺未来は、まさか目の前の男がこんなビッグサプライズを自分に仕掛けてくるとは思っていなかった。
"手をつないで♪"
高橋直樹は片膝をつくと、とても紳士的に左手を差し伸べ、西園寺未来の手にマイクを返した。
「大地と空♪」。
高橋直樹の誘いに応えるように、西園寺未来は右手を差し出した。
二人が最後のサビを歌い終えると、伴奏が止み、会場は再び静まり返った。
誰もが息を止めた。
誰もこの静寂を破ろうとはしなかった。
"ダン"
"ノック"
"ギクッ..."
"うーん......うーん......"
しばらくの静寂の後、西園寺未来の手にしていたマイクが目尻から2本の涙の跡とともに滑り落ち、重い音を立ててステージに叩きつけられた。
突き刺さるようなざわめきが会場に響き渡った。
西園寺未来は突然、高橋直樹の前に座り込み、両手で口を覆い、困惑した表情で高橋直樹を見つめた。
彼女は何か言いたげだったが、結局、首を分けて、とても不本意そうなうめき声を押し殺した。
高橋直樹は苦笑いを浮かべ、目の前に転がったマイクを拾おうと屈みこもうとした。
しかし、西園寺未来は珍しく手を挙げ、高橋直樹の手を叩いた。
「何をするんだ?
高橋直樹はマイクを拾おうと身を乗り出しながら、眉をわずかにひそめた。
"俺たちは......"
西園寺未来は再び高橋直樹の手を逆手にとって叩き、しばらくして初めて、真っ赤な顔で歯を食いしばりながら、とても不本意そうに二つの言葉を絞り出した。
"デビュー曲で歌ったように"
高橋直樹は軽く微笑むと、マイクを手に取り、電源を切ってから西園寺未来の手にそっと置いた。
"お会いできて光栄です"
幽霊のような高橋直樹はしゃがみ込み、西園寺未来の小さな頭にそっと手を伸ばした。
「まさか!」。
西園寺未来は突然立ち上がり、高橋直樹の手を引っ張った。
"僕、僕たち、どこかで会ってませんか!?"
マイクのスイッチがオフになっていたため、この光景にステージ上のファンは浮かばれず、瞬く間に様々な議論を交わしていた。
"いや、記憶違いだろう"
高橋直樹は突然、首筋に涼しい風が当たるのを感じた。
ポケットナイフで一片をえぐり取られたような、言い知れぬ胸騒ぎさえした。
もしかして、あれは......夢ではなかったのか!
高橋直樹は冷たい空気を吸い込み、頭をすっきりさせようと両手で顔を激しく叩いた。
"でも、あなた、本当に彼に似ている......"
西園寺未来は手を離すと、目を薄暗くし、とても迷ったようなことをつぶやいた。
"私の知っている未来姫は、泣くだけの少女ではありません"
高橋直樹は手を広げ、冗談半分に微笑んだ。
"当たり前ですよ!"
西園寺未来は目尻の涙をこっそり拭いながら、頭を上げ、とても嬉しそうに高橋直樹に笑いかけた。
「君と知り合えてよかったよ」。
「私もです! 楽しかったです!"
簡単なハグの後、西園寺未来は高橋直樹がステージを去るのを見送った。
「また会えるといいね! "
西園寺未来はまだ何かが足りないと感じたのか、さらに数歩前に出て、両手を口の前に置き、高橋直樹に向かって大声で叫んだ。
高橋直樹は後ろを振り向くことなく、一歩を踏み出し、右手の胴を伸ばして後ろから突進してきた。
"プッ、面白いやつだ"
去っていく高橋直樹の背中を見て、西園寺未来は微笑を隠し、その目にはもう少しとらえどころのない意味が込められていた。
......