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江戸の雪月花 〜さくらの剣 第二部〜  作者: 葉月麗雄
第一章
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帰り道

吉原からの帰り道、桜はお団子屋に寄っていた。

お姫様になっても相変わらず甘い物が大好きなのは変わらなかった。


「いらっしゃいませ」


元気な声が店に鳴り響く。


「お団子を五本下さい」


「はい、毎度あり」


「あなた、見かけない顔だけど、ご主人はどうしたの?」


「親父さんは風邪で寝込んじゃってね。私はこの近所に住んでいる茉衣まいっていいます。親父さんには世話になっているから少しでも役に立てたらと思ってね」


「そうだったの。私はと。。松平桜って言います。この店にはいつも来ているからこれからもよろしくね」


桜は徳川と言いそうになって、咄嗟に松平と旧姓に言い換えた。御庭番として活動するには元の名前の方がいいと思ったからた。


その名前を聞いて茉衣の動きが一瞬止まったが桜がそれに気がつく事はなかった。


「あの、失礼ですけどその右腕は?」


「ああ、これは怪我が元で動かなくなってしまったの。不自由はそれほど感じないけど、やっぱり初めて会う人には驚かれちゃうね」


「いえ、余計な事をお聞きしてすみませんでした」


「いいのよ。じゃあ親父さんにお大事にして下さいと伝えておいて」


桜は茉衣にお辞儀をして店から出て行った。


「今のが徳川桜。。松平と旧姓を名乗っていたが、やっと見つけたぞ。おまけに右腕が動かなくなっていたとは好都合だ。姉さん、仇は思っていたより早く討てそうだよ」


桜がお店を出てすぐに団子屋の主人が寝床から起き上がってきた。


「茉衣、店を任しちまって済まないね」


「親父さん、寝てなきゃだめじゃないか」


「いや、そうは言っても心配でな」


「店は私が見てるからさ」


「さっき桜ちゃんの声が聞こえてきたな」


「ああ、桜って人ならお団子を買いに来たよ」


「そうかい。あの子はいい子だ。お得意さんだから失礼のないようにな」


「わかった。ほら、親父さんはまだそんな状態なんだからさ。こっちは私が見てるから休んでな」


「済まないがよろしくな」


店の親父さんが再び床に入ると茉衣の目が光った。


「いい子だって?親父さんは見た目に騙されているんだ。あいつは。。人斬りだぞ」


⭐︎⭐︎⭐︎


茉衣の姉とは三日月党の吹雪であった。

吹雪の本名は赤松三津あかまつみつ

茉衣は小田原で静かに暮らしていた三日月党の残党であった。

幼い頃から剣術の才能があり、物心ついた時にはその実力は姉の三津よりも上と評価されるまでになっていた。


剣術においては六人衆の長、夢幻と互角に戦えるほどであった。

しかし、姉である三津に六人衆には自分が行くから茉衣は戦いの場に身を置かずに小田原に残りここで余生を過ごすようにと諭されて六人衆から外れたのだ。


四年前。一七二三年。


「よお、茉衣。元気してるか」


「なんだ、不知火か。相変わらずでかい図体してるな」


「そう言うお前は相変わらず口が悪いな」


「不知火相手にお上品な口の聞き方しても気色悪いだけだろ」


「お前、女なんだからもう少し女らしい言葉遣いとかあるだろう」


「あら、ごめん遊ばせ不知火さん。その大きなお体で重そうな金砕棒を持って歩くなんて怖いですわ」


「。。気色悪い。やめてくれ」


「だから言っただろう」


茉衣と不知火は不知火が三歳年上であったが、会えばこの調子で、ある意味ウマの会う二人であった。

茉衣と不知火がそんなやり取りをしていると夢幻と吹雪がやってくる。


「茉衣」


「姉さん。また夢幻と一緒にいるの?仲良いんだな」


「そう言う訳じゃ。。」


慌てて否定する吹雪に夢幻は一つ咳払いをして茉衣に話しかける。


「茉衣、いっちょやるか」


「夢幻が相手してくれるなら喜んで」


茉衣と夢幻は道場に行くと互いに竹刀を持って相対した。


一乃型月輪いちのがたげつりん


「おっと!」


茉衣の強力な剣を夢幻が受け流す。


五乃型火輪ごのがたかりん


今度は夢幻の一文字斬りを茉衣が受け止める。

そのまま二人は十合、十五合と打ち合いを続けた。


「今や夢幻と互角にやり合えるまでになったか。茉衣の成長は目を見張るものがあるな」


飛燕の言葉に吹雪も笑みを浮かべる。


「私はもう茉衣には敵わないね」


「吹雪には琉球古武術がある。姉妹で互いに違う特技で戦えるのは大きな武器だと思うぞ」


「そうね。そう思う事にする」


不知火にそう言ったところで茉衣と夢幻の練習試合が終わった。


「お疲れ様」


労いの声をかける吹雪に茉衣が問いかける。


「姉さん、もし私が六人衆に入ったらどんな名前を貰えるかな?」


「茉衣は魑魅すだまか猫柳じゃないか」


「やかましい。不知火には聞いてない。だいたいお前が不知火なんて顔か。どうみても猪とか熊男だろう」


「何だと!」


「二人ともやめなさい」


吹雪のひと声で二人はやめるが互いにぶすっとふてた顔をする。

三日月党には戦いに赴く際に任務上の役名を授けられる。

夢幻や吹雪がそれで、素性や本名を知られないためというのが一番であるが、戦いのための儀式的な意味合いが強かった。


「そうね、翡翠のような宝玉関係が薔薇みたいな花関係がいいかもね」


「宝玉が花かあ」


「でも茉衣はここに残るんだから関係ないけどね」


「それを言わないで。また寂しくなっちゃうよ」



数日前の事であった。

三日月党頭領である養源斎が江戸から小田原に一時帰郷していた。

用件は新たな戦いのために選りすぐりのメンバーを人選して江戸に連れて行くためである。


「先に偵察の源九郎を一人だけ連れて行ったが、やはり源九郎では御庭番を相手にさせるのは無理であった。


ならばわしが戦いに出向こうと考えていたが、お方様から許可が降りず代わりに小田原から新たに六人を連れて行く事となった。

一応わしの方で選任は決めてあるが、行く行かないはお主たちに任せる」


養源斎が三日月党面々の並ぶ中、巻物を広げて見せると、そこには選人者の名前が記載されていた。

夢幻、時雨、飛燕、吹雪、不知火、陽炎。

それを確認して夢幻は平伏して答える。


「頭領、我々に依存はございません。必ずや御庭番とやらを打ち破ってご覧に入れましょう」


夢幻の言葉に他の五人がうなずくと養源斎は吹雪の方をチラリと見る。


「わしはこれに茉衣も加えたいのだが」


養源斎の意外な言葉に吹雪が思わず顔を上げた。


「吹雪。わかっておろうが、実力だけを見ればお前より茉衣の方が優れている。わしは出来るなら茉衣も連れて行きたいと考えておる」


「頭領、私も実力では茉衣に敵わぬのは承知しております。ですが、姉妹二人で戦いに赴いて万一の事あれば私たちの家は途絶えてしまいます。戦いには私が参ります。茉衣は小田原に残して下さい。お願いします」


吹雪の懇願に養源斎も腕組みをしながらしばらく考えていたが、結論は下された。


「そうか。家の問題もあるならやむを得まい。お前がそれで良いのならわしは何も言わぬ。戦いに出向く六人はあくまでも志願者のみ。望まぬ者まで戦いの場に連れて行く事はせぬ。茉衣には小田原で静かに暮らすよう申し伝えるがよい」


「ありがとうございます」



「どうして?私も一緒に連れて行って。お願い」


「私たちが二人で戦いに行って共倒れしたら誰が赤松家を継ぐの?」


「それは。。」


「家の相続を考えたらどちらかが残らなくてはならない。江戸には私が行くから茉衣は小田原で暮らす事。いいわね」


「姉さん。。わかった。その代わり必ず帰って来てよ」


「もちろん、約束する」


⭐︎⭐︎⭐︎


「そして私は姉さんの戦死を知らされた。大奥での戦いで六人衆は頭領も含めて全員御庭番に倒されたと聞いた時には信じられなかった。あの六人がやられるなんて。。


それから私は姉さんの仇を討つために小田原から江戸に来て御庭番の事を調べて来た。将軍家御庭番というのは幕府公認で一般町民たちにも名前が知られているとあって、松平桜の名前が出て来るまでそう時間は掛からなかった。


今は八代将軍徳川吉宗の養女、徳川桜として活動している事も、あいつが幕府最強の剣客という事もね。私が徳川桜を倒して姉さんの仇を討つと心に誓ったんだ」

第一章はここまでです。

次回より第二章となります。


引き続きどうぞよろしくお願い致します。

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