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江戸の雪月花 〜さくらの剣 第二部〜  作者: 葉月麗雄
第一章
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花香大夫と桜姫

吉原の江戸町二丁目に見世を構える玉屋。

かつてこの玉屋のお職であった朝霧太夫の新造を務めていた白菊は、今や姐さんであった朝霧と同じ太夫となり花香太夫はなかたゆうの名で見世のお職にまで上り詰めていた。


その美貌ときっぷの良さ、機転の速さは名だたる大名にまで届き、花香は玉屋に多くの売り上げを上げていた。

花香は今や玉屋のお職のみでなく、吉原を代表する大夫であった。


「あんたを十七歳になる前に太夫に上げたのは私の賭けでもあったけどそれだけ期待もあったんだよ。その期待に見事に応えてくれたね。


売り上げも上げてくれて、見世も吉原で事実上一番の位置付けにしてくれた。朝霧や紅玉を超える大夫が出るなんて思いもしなかったよ」


楼主お里の言葉に花香は首を横にふる。


「いいえ。わっちは朝霧姐さんにはまだ及んでござりんせん。あれほどのお方は未だお会いしたことがござりんせんし、紅玉姐さんもよくしてくれんした。わっちはお二人の偉大な先輩に何とか追いつこうと必死にやったに過ぎんせん」


玉屋は霧右衛門の時よりも売り上げも上がり、今や吉原で一番の大見世となっていた。

その立役者である花香は決して奢る事なく謙虚であった。

二人の偉大な先輩の背中を見ていたからであろう。


懐かしい顔が訪ねてきたのは昼見世が始まる前の準備をしていた時であった。


「こんにちは。お里さん、お久しぶりです」


突然の桜の来訪にお里は驚きと喜びの声を上げる。


「桜花、桜花じゃないか。久しぶりだね。元気にしてたかい」


桜に笑顔で話しかけるが、はっと思い出したように慌てて頭を下げる。


「すみません。。公方様のご親族に対して失礼致しました」  


「お里さん、今日はお忍びで来ているので、昔のように気楽にして下さい」


最強と言われた剣客が徳川の姫になるというシンデレラストーリーは江戸の町でも評判となり、お里たちの耳にも入っていた。

娯楽が少ないこの時代、桜のサクセスストーリーは町民の間でも評判となり、歌舞伎の演目候補にまでなるほどであった。

桜が恥ずかしいからやめてくれと懇願して実演はならなかったのだが。


お里が禿かむりに声をかけて二階から花香を呼ぶように伝える。

しばらくすると新造時代よりもさらに綺麗になった花香が姿を現した。


「桜花姐さん、お久しぶりでござりんす」


「白菊ちゃん。いや、今は花香大夫だよね。本当に立派になったね。あやめさんも喜んでくれているよ」


「わっちはまだ朝霧姐さんには及ばないでござりんすよ。わっちより桜花姐さんの方が凄いでありんす。まさか公方様の御息女とは驚きなんした」


「私自身がまだ信じられなくて驚きの毎日を過ごしている感じかな」


花香は話しながら桜の右腕が動かないのに気がついた。


「姐さん、もしかしてその右腕。。」


「うん、戦いの怪我が元で動かなくなってしまったの。でも私は元々左利きだし、城の中では周りの人たちが世話してくれるから不便はないけどね」


「そうでありんしたか。。」


お里も驚きと残念そうな表情を見せた。


「あんたの三味線は素晴らしかったからね。あれがもう聴けないのかと思うと残念だよ」


「お里さんは私を芸者にしようとしてましたからね」


「お姫様じゃなかったら今でも口説いてたよ」


ほどなくおしのとおうめも二階から降りてきた。

おしのは若紫わかむらさきおうめは紅梅こうばいと新たな名前をもらい、新造から格子(ごうし〕に出世し、活躍していた。

格子とは最高峰である太夫の一つ下で、高級遊女に位置するランクの遊女である。



「桜花姐さん!」


「お久しぶりでありんす」


「おしのちゃんにおうめちゃん。二人も随分見違えたわね」


「へへ。わっちらも今や格子でありんすから」


若紫がそう照れ臭そうに言う。

しばらく談笑していたが、桜は頃合いを見てお里に本題を切り出した。


「お里さん、今日ここへお邪魔したのはある芸者を探しているからなんです。紗雪さゆきという芸者なんですけど、ご存知ですか?」


「紗雪!知ってるも何も、この吉原で彼女を知らない人なんて居ないほど有名な芸者だよ。うちの見世でも何度か頼んでいるんだけど、半年先まで予約も出来ないほどの人気芸者でね」


お里がそこまで言うなら余程の芸者なんだろう。


「今どこにいるかわかりますか?」


「何せ紗雪は内芸者じゃなく登録型の深川芸者だからねえ。人気で常に絶え間なくお呼びがかかるから、捕まえるだけでも一苦労だと思うよ。でもあんたが探しているなら、私のつてを使って何とか捕まえてやるさ」


「ありがとう、お里さん」


どうやら何とかなりそうだ。

桜はやっぱりお里を頼って良かったと思うのだった。


「紗雪が押さえられたらあんたにどうやって伝えたらいいんだい?」


「私の後輩で那月という御庭番をここに待機させますので那月に伝えて下さい」


「その子は芸者として働けるのかい」


お里の目がキラリと光って桜は思わずたじろいだ。


「一応は。。お里さん本当に抜け目ないんですね」


お里の商魂に桜は苦笑いするしかなかった。

翌日、何も知らずに玉屋に来た那月が早速芸者として働かされたと聞いて桜は「那月もいい経験になるでしょう」と素知らぬ顔をしたのはここだけの話し。


「みんな、ありがとう。また何かあったら顔を出すから元気で頑張ってね」


桜が別れ際に挨拶すると花香が近付いてきた。


「桜花姉さん。僭越ではござりんすが、わっちはこれでも朝霧姉さんほどではありんせんが、剣も自分の身を守れる程度には習得してるでござりんす。何かお役に立てる事がありんすなら、いつでも声をかけておくんなし」


意外な花香の言葉に桜は驚きと嬉しさで顔がほころんだ。

あの子がこんなにたくましくなるなんて。

私に妹がいたらこんな感じなのかな。

いや、こんな綺麗でたくましい妹なんてそうはいないか。

そんな事を思いながら花香にお礼をいう桜だった。


「花香ちゃん、ありがとう」


花香に見送られて桜は玉屋を後にした。

お里が楼主になってから見世の雰囲気も随分良くなったようだ。

病気になった遊女の介護も他の見世に比べたら遥かに待遇がよく、吉原でも足抜けが一番少ない見世と言われるまでになっていた。


それから数日後、那月から紗雪を押さえる事が出来たと連絡があり、桜は急ぎ玉屋へ向かった。

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