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江戸の雪月花 〜さくらの剣 第二部〜  作者: 葉月麗雄
第一章
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江島と万理

十六年前。一七一一年


美喜〔後の江島〕に出会った七歳の万理はその人形のような可愛らしさで美喜にかわいがられた。


「美喜さん、いらっしゃい」


「あら、万理。わざわざ出迎えてくれたの?」


万理の母は歩き巫女で、遊郭の芸者。父はオランダ人。

父がオランダに帰国してからは江戸を新たな住処として母は吉原で芸者をやって生計を立てていた。

名は滝川ゆきといい、芸名は紗雪さゆきである。

紗雪は丸山遊郭で芸者をやっていた事もあり、美人で人気も高く、その美貌を引き継いでいる万理も可愛らしい子供であった。


美喜と万理の母、ゆきは家が近所であったため親交があり、万理も美喜を歳の離れたお姉さんのように慕っていた。

ゆきが芸者としての仕事で遅くなるときは美喜が代わりに万理の面倒を見てくれた。


「万理、今日は何して遊ぼうか?」


まりで遊びたい」


「まあ、万理が鞠で?洒落のつもりで言ったの?」


美喜が冷やかすようにいうと万理は口を尖らせてむくれた表情をする。


「違うよ。鞠付きがしたいの」


「わかった。じゃあ一緒にやろうか」



それから三年後、一七一四年。

美喜が大奥に入り江島となってから、万理は大奥で江島付き女中として働く事となった。


これは江島が万理に声をかけたのがきっかけであったが、母であるゆきの賛成が大きかった。

ゆきは江島を信頼していたし、自分は仕事で家を離れる事が多い。

大奥は大変な場所ではあるが、江島の元で働かせてもらえるなら安心であったのが一番の理由であった。



江島の能力は他の女中たちを圧倒していた。

大奥入りしてから僅か三年足らずで最高位である七人しかいない御年寄の末席にまで出世し、そこから上の六人を飛び超えて一気に首席に立ち、大奥千人の女中を総括する立場となったのである。

そのお陰もあり、お喜世〔後の月光院〕の大奥での立場も上がっていった。


万理は三年ぶりに会う江島の凛とした姿に驚きとときめきに近いものを感じていた。


「万理、よく来たわね。背も少し伸びたし前にも増して可愛らしくなった。大奥でもきっと上にいけるわ」


しかし、万理の茶髪で目の彫りも日本人女性より深い特徴的な顔立ちに天英院をはじめとする大奥の女中たちは陰口を叩いた。

それらの連中も江島の睨みによって口籠る。


「万理、覚えておきなさい。人間は陰でどれだけ悪く言おうとも権力と実力のある人物の前では無力なもの」


「はい。旦那様」


大奥では自分の主に対しては「旦那様」と呼ばなくてはならない決まりがある。

万理はそれまで江島を「美喜さん」と呼んでいたが、ここでは主従関係なのでそれに従わなくてはならない。


「だからあなたも強くなりなさい。そして口先だけでなく実力でみんなから認められるようになりなさい。そうなれば容姿の事をいう人間もいなくなる。あなたにはその実力がある。自信を持っていきなさい」


「はい!」


⭐︎⭐︎⭐︎


「はっ!」


万理は夜明け前に夢から目が覚めた。


「旦那様。。お守り出来ず申し訳ございません。私はまだ幼少で力も知恵もございませんでした。今となればもう少し何とか出来なかったのかと後悔しておりますが、あの時の私ではそれ以上は無理でした。申し訳ございません」


あれから十年以上の月日が経ち、その時には十歳だった少女も今は二十三歳。

万理は江島の事を思い出すと当時の自分の力の無さを恥じて涙を流すのだった。


「友里、あなたほどの勇気が私にあったら。。」


友里とは同時の江島付き女中の一人で江島の軽減嘆願の影の功労者の一人であった。

万理と友里は同室の女中で仲良しだったので、何も出来なかった自分と影で動いて江島の軽減に一役も二役も買った友里との差を痛感していた。


事件後、友里は高遠藩に出向いて江島の付き人を申し出て以降、今日に至るまで高遠で江島の世話役として仕えている。

友里は江島が養子として引き受けた義理の娘でもあったので、母娘で暮らしていると思うと少しだけ気の和らぐ万理であった。


⭐︎⭐︎⭐︎


大奥に潜入した薩摩の忍びと思われる人物は頭領と仲間のいるアジトへと戻っていた。


「残念ながら邪魔者が入り少しばかり怪我を負わされてしまい万理の首はとれませんでした」


「ほう、睦月むつきが深手を負わされるとはな。まあ良い。今日のところは様子見だ。大奥の別式の力量は?」


「思ったよりはやりますが、我らの力を持ってすれば十分に打ち取れるでございましょう。徳川桜と互角と言われている人物ですので、その二人の実力がこれなら御庭番とやらもたたが知れておりますな」


「油断は禁物だ。今回は相手も不覚を取ったと考えているだろう。次はこうはいかぬと思っておかねばならぬぞ」


「はっ!」


「さて、もう一人厄介な人物を始末する必要があるな」

頭領らしき人物に目を向けられて紫苑は平伏する。


「如月(きさらぎ〕、お前と滝川ゆきは師弟関係であったな」


「昔の事でございます」


「ならばゆきを葬り去れるのだな」


「ご命令頂ければ必ずや」


如月は腕を前に突き出して決意を示す。


「慌てるな。まずはゆきから情報を聞き出すのだ。あやつは万理の母親。万理から御庭番の事を聞いているやも知れぬからのう。場合によってはゆきを使って御庭番を調べさせてもよい。始末するのはそれからでも遅くはない」


頭領の言葉に如月がうなずく。


「では私は吉原に出向いて滝川ゆきに接触致しましょう」


如月はそう言うとすぐに行動に移った。


「頭領、如月でよろしいのでしょうか?薩摩の師弟関係は鉄の結束でございます。滝川ゆきに接触してあべこべにこちらに牙を向けてくる可能性もございますぞ」


他の者たちからはそんな声が上がったが、頭領は気にする様子はなかった。


「その時は彼奴もまとめて始末するだけよ。それに師弟といっても十八年も昔の事。滝川ゆきも今さら如月を味方にしようなどとは考えておらぬであろう」

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