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江戸の雪月花 〜さくらの剣 第二部〜  作者: 葉月麗雄
最終章
45/50

誓いの時 後編

一方で紗希を品川宿へ行かせて虚無僧たちを一手に引き受けた茉衣は最後の一人と対峙していた。


「これだけの人数を持ってしても僅か半刻すら足止め出来ぬとは。。これでは薩摩山くぐりが御庭番に勝てないわけだ」


虚無僧の長は実力差を痛感していた。


「。。様は何故このような無謀な戦いを挑まれたのだ」


最初の方は呟くような小さな声だったため聞こえなかったが、おそらくは村田半兵衛の本名であると思われた。


「村田半兵衛ってのは何者なんだ」


「それを知ったところでどうにもなるまい」


「そんな事は知ってからどうにかするものだ。相手の正体がわかれば手の打ちようも出てくるだろう」


「ならば最後まで知らずに悩むがいい」


「ちっ。口を割るつもりはなさそうだな」


槍の攻撃を左右にかわし、茉衣は一気に前に出る。


五乃型火輪ごのがたかりん


一文字斬りが胴を斬り裂くと、虚無僧たちは全員倒された。


「やっと片付いた」


虚無僧の長は最後にひと言呟いた。


「今回は我らの完敗だ。だが、薩摩はいつか必ず幕府を上回る力を付けて徳川の世を終わらせるであろう」


それだけ言い終えるとこと切れた。


「そんないつかの話よりも今どうするかの方が重要なんだよ」


茉衣はふっとひと息つくと馬に乗り、品川宿に向かった。


⭐︎⭐︎⭐︎


桜流抜刀術真空斬さくらりゅうばっとうじゅつしんくうざん


上から振り下ろす真っ向斬りを景光は正面から受け止める。

並の剣客なら桜の力を持ってすればそのまま力で斬り倒せるが、景光はさすがにぴくりともしない。

桜はいったん後ろに飛んで距離を置き、身体を回転させながらの一文字斬りを繰り出す。


景光はこれも受け止めると逆袈裟斬りから真っ向斬りの連続攻撃に出る。

互いに一歩も譲らない戦いが続くが、消耗は桜の方が大きい。

桜は景光相手に焔乃舞、真空斬の二つでは勝つ事は無理だとわかっていた。


必殺の居合い抜き、刹那夢せつなのゆめを出すには一度納刀しなくてはならないが、そんな隙など到底ない。


「やはり新しい技を出すしかない」


桜は長刀を投げ捨てて小太刀を抜く。


「何の真似だ?」


「私の新しい技を出す準備」


「新しい技だと?」


桜は小太刀を前に構えると一気に前に出る。

景光は見たことのない技に対応するために後の先でその動きを見極めようとする。


桜流抜刀術舞桜花さくらりゅうばっとうじゅつまいおうか


桜の新しい技が発動した。

小太刀による乱れ打ちである。

無数の光が宙にきらめき、風を切るヒュン!という音が複数回にわたって耳をとらえる。


「これは。。」


さすがの景光もこの技には驚きを隠せなかった。

それは鳥海橋とりうみばしの上から見ていた紗希も同様だった。


「何だ?桜は新しい技を作り上げたのか」


「はい。あれは小太刀による乱れ打ちです。銀龍牙しろがねのりょうがが使えない今、それに代わる片手で出来る技を桜はずっと考えていたんです」


「小太刀か、考えたな」


紗希はこの技を桜が使った理由をすぐに見抜いた。


目にとらえる事が出来ないほどの超高速の剣が景光の腕や肩を斬り裂いた。

無論、小太刀であるから威力は落ちる。

斬ったといってもかすり傷を付けた程度である事は百も承知。

だが、景光はさすがに一流の剣客であった。

紗希と同様にこの技の恐ろしさにすぐに気がつく。


「なるほど。厄介だな。。」


目にとらえられない速さで身体の至るところを斬られ続ければ、かすり傷とて出血による体力の消耗がくる。

受け続ければそれだけ体力を削り取られてしまう。

威力を捨てて速さに重点を置いたのはそのためである。


桜からしてみれば、軽量の小太刀を使うので、長刀の時のように腕に負担も掛からず、消耗も少ない。

それでいて相手に消耗を強いる技という利点がある。


桜は連続で舞桜花を繰り出す。

刀のきらめきと風を切る音が発せられるたびに景光の腕や身体が斬られて小さな血飛沫が舞う。

何とか後ろに引いて舞桜花をかわそうとするが、それでも数ヶ所の斬り傷は避けられない。


景光も身体中に受けた数十ヶ所もの切傷により消耗してきていた。


「これは早めに勝負を決めた方がよさそうだな」


景光は刀を納刀して居合い抜きの構えを見せた。

避けられないのなら、多少の傷を負うのを覚悟の上で身を切らせて骨を立つ。


「やはりそう来た」


桜も景光の考えはわかっていた。

威力の弱い舞桜花なら致命傷となる頭部への攻撃さえ受けなければ、多少の傷を受けながら突進してくるであろうと。


桜は地面に置いてあった長刀を足で引っ掛けて空中に放り上げると小太刀を投げ捨てて入れ替えるように長刀を左手で受け止め、納刀した。

桜も必殺の居合い抜き、刹那夢せつなのゆめに全てをかける。

両者は互いに見合った。


「本当に色々と面白いことをしてくれる小娘だな。久しぶりに楽しかったぞ」


「私はあなたが恐ろしくて必死だっただけ」


「だが、それも次の一撃で終わる」


「ええ。終わらせてみせる」


桜と景光はジリジリと互いに前に詰め寄り、居合い抜きの射程距離に足先が入った瞬間にほぼ同時に剣を抜いた。


瞬殺烈風しゅんさつれっぷう


刹那夢せつなのゆめ


「桜の勝ちだ」


両者の技が発動した瞬間に紗希はそう確信した。

桜と景光の居合いの速さ、威力はほぼ互角に見えた。

だが、先に相手に届いたのは桜の剣の方であった。

逆袈裟斬りの一撃が景光の胴から胸にかけてを斬り裂いた。


「ぐ。。」


普通なら血飛沫が舞い散り、景光は胴体を斬られて即死したであろう。

だが、桜は居合いの時に刀をとっさに返して峰打ちに切り替えていた。

景光は鈍痛を身体に感じ、刹那夢の威力で身体が弾き飛ばされてその場に倒れた。


「紗希さん、どういう事ですか?」


泉凪の問いに紗希が答える。


「同じ左手からの居合い抜きでも桜の刹那夢は元からあった右の居合いを凌ぐ技。それに対して景光は左手で居合い抜きをした事がほとんどねえ。その差が出たというわけだ」


桜はゆっくりと景光に近づいていく。


「どうして峰打ちにした?これは勝負ではなかったのか」


「もう勝負はついた。私はあなたを殺める気はない」


「甘いな。俺が反撃したらどうするんだ?」


「その時はその時。でもあなたは反撃しない」


桜はそう断言した。

この後におよんで卑怯な不意打ちをするような人物であったら自ら片手を潰してまで戦わない。


勝負は決した。


茉衣が品川宿に到着したのは桜と景光の戦いが終わった直後であった。


「紗希さん、泉凪」


「茉衣?どうしてここに?」


「どうしてってお前たちと一緒に戦うためさ」


「そうか。茉衣が来てくれたら百人力だよ」


茉衣の姿を見て紗希が礼を言う。


「赤薔薇、お前のおかげで間に合ったよ。あらためて礼を言う」


「いえ、間に合ったのなら何よりです」


「ご覧の通り、ここでの勝負は終わった。残るは村田半兵衛と手下一人。いよいよ最後の戦いだ」


鳥海橋まで上がってきた桜が泉凪たちと合流する。

隣には東郷景光も居る。

峰打ちのお陰で脇腹に打ち身を負ったが、それくらいで済んだ。


「みんな、心配かけてごめん。でも何とか勝つ事が出来たよ。残るは村田半兵衛と山くぐり一人のみ」


桜がそう言うと景光が村田半兵衛の居場所を全員に伝える。


「村田半兵衛は六郷に居る。そこでお前たちと最後の戦いに臨むつもりだ」


「六郷。。」


六郷とは川崎で六郷川〔現在の多摩川〕の渡し船がある場所である。


「万一、俺が破れた場合は六郷でお前たちを待ち伏せして最後の戦いを挑むと言っていた。おそらくこの戦いを監視している薩摩の者がすでに半兵衛に報告しているだろう」


「景光、そんな事を私たちに教えて大丈夫なのか?」


「俺は半兵衛の部下ではなく、客将だからな。そこまで義理だてする必要はない」


「そうか、桜たちに代わって礼を言うぜ。ありがとうよ」


「泉凪、茉衣。六郷に行こう。村田半兵衛を倒してこの戦いを終わらせよう」


桜の言葉に二人はうなづいた。


「紗希さん、ついでと言ってはなんですけど、一つ頼みがあります」


「何だ?」


「もし、私たちの後からゆきさんたちが六郷に向かうような事があったら、手助けしてあげてもらえませんか」


「そんな事ならお安い御用だ。任せときな」


「ありがとう。これで私たちは安心して六郷へ向かえます」


「ああ、行ってこい。そして全員無事に帰って来いよ」


桜たちは咲希に別れを告げて嵯峨屋に向かうと、おいとが馬を用意してくれていたので、三人は馬で六郷へと向かった。



「紗希、いい弟子を育てたな」


「私が育てたんじゃない。桜は自分で成長していったのさ。私はその手助けをしたに過ぎないさ。それより景光、知ってたら教えてくれ。薩摩山くぐりを統率している村田半兵衛とは何者なんだ?」


「。。。」


その名を聞いて紗希も驚きを隠せなかった。


「何だって? それじゃ。。」


「ああ、仮に戦って追い詰めたとしても、正体を知れば討ち取る事は出来ぬだろうな」

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