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江戸の雪月花 〜さくらの剣 第二部〜  作者: 葉月麗雄
最終章
41/50

品川宿 二

彩雲が江戸へ向かい、再び嵯峨屋の女将おいとに呼ばれて客間に入る桜と泉凪。

おいとから有島の姉についての情報と説明を受けるが、冒頭から予想に反する内容であった。


「早速本題に入りますが、事前にあやめさんにお伺いした話と、私たちが調べた限り聞いている話とは少し違うのです」


「違う?何か事情が違ってきているのですか?」


「ええ。まず、その有島と言う方のお姉様とお伺いしていた女性は名前をお千代といいます。お千代は私たちが話した限りでは無理矢理などではなく自分から飯盛になったと確認しております。


またお千代の働いている武蔵屋さんのご主人も私どもはよく存じてますが、そんな無理矢理に飯盛女を連れて来るような人じゃないですし」


飯盛女は客が取れなかったりすると、雇い主から食事を抜かれたり、暴力を振るわれたりする場合もあった。

そして亡くなると、裏山に捨てられるか、投げ込み寺に捨てられ無縁仏となるのが常であったと言われている。


ちなみに代金は一泊二食に飯盛女とお酒がついて五百文から七百文〔約一万一千円から一万三千円〕ほどだったという。


だが、おいとの話では武蔵屋の主人はそんな人物ではなく、また有島の姉というお千代も奉公として働いている普通の飯盛で夜伽まではやってないという。


「どういう事かしら?」


「詳しくは見世に直接行って話を聞いてみるしかないですね。私たちもそれがあって桜さんたちを待っていたのです」


「そうだったんですか」


桜と泉凪は互いに顔を見合わせるが、おいとさんの言う通り、まずは直接旅籠にいって本人と話すのが一番であろうと旅籠に向かう事にした。


武蔵屋は品川宿では中堅どころの旅籠であった。

すでにおいとと玉屋から話が通っているので、行くとすぐに主人が出迎えてくれた。


「あっしも聞いてびっくりしやしたよ。何でもあっしが無理矢理お千代を飯盛女にしたとか。そんな事しやしません。あの子は自分からなりたいと言ってきたんです。事情は色々ありやしょうが、顔立ちはいいしこちらも文句なしの子でしたからね」


「お千代さんはいらっしゃいますか?」


「へい、今呼んでおりますのでもうしばらくお待ち下さい」


旅籠の主人は見た目悪そうな人物ではなかった。

桜と泉凪は聞いていた話と違うなと思いながらも有島の姉という▽が来るのを待った。


「お待たせ致しました。私が千代です」


桜たちに丁寧にお辞儀をするお千代。

木綿の着物を着た地味な雰囲気の女性だ。

もっとも飯盛女に関しては吉宗の規制があって木綿の着物でなくてはならないため、見た目は地味にしなくてはならないのだが、お千代は夜伽はしないと聞いていたので、いわゆる普通の旅籠の女中である。

確かに顔立ちは可愛いし、店の看板娘としても申し分ない。


「唐突にお邪魔していきなりで申し訳ないのですが、お千代さんに確認したい事があります。大奥で女中をしている有島という女性を知っていますか?有島はあなたの事をお姉さんと呼んでいました。私たちは大奥で有島にあなたを助けて欲しいと言われて来たんです」


「有島ですか。。とんと身に覚えがございやせん。私はご覧の通り貧しい農民の娘でごぜいやす。大奥に妹なんているわけがござりやせん」


やはりという答えが返って来て桜と泉凪は疑惑が確信に変わる。


「じゃあ有島は最初から私たちを罠に嵌めるつもりだったのね」


「彼女はおそらくは薩摩回し者。迂闊だった」


大奥は誰でも入れる訳ではない。

それなりの知識と教養のある女性でなければならないのだが、その一方でコネの効くところでもある。

コネがあれば簡単に入れるというシステムなのだ。

有島はおそらく薩摩が大名、旗本のコネを利用して忍び込ませた者であろう。


「ここは大名屋敷がたくさんござりやすし、見ての通り旅人の往来も激しいです。その中に私の名前を知っている人が居たとしてもおかしくありやせん。桜さんたちをここに誘き出すために私の名前を利用したのかも知れませんよ」


「なるほど。手の込んだ事をして来たわね。そんな事しなくてもこちらからここに乗り込んで来たのに」


ようやく話が見えて来た。

有島は薩摩の回し者で、お千代とは姉妹でも何でもない赤の他人。

有島と薩摩はたまたま顔と名前を知った武蔵屋の飯盛であるお千代を利用したのだ。

そうなると気になるのは桜たちを品川宿まで誘い出した理由になる。


「大奥には紗希さんがいる。万一の事があっても紗希さんが月光院様と万理を守ってくれる。私たちはここで薩摩の動向を探ろう」


桜と泉凪は一度嵯峨屋に戻って対策を考える事にした。


「ご主人、お千代さん。ご面倒おかけしてすみませんでした」


桜たちは一礼して武蔵屋を後にする。



「ほう、徳川桜と鬼頭泉凪が品川宿へ来たか」


松風の報告を聞いて半兵衛が能面の下で薄笑いを浮かべる。


「景光殿、御庭番と別式が来たようだ。手筈はこちらで整える。貴殿は二人を始末してくれれば良い」


「承知した。だが一つ頼みがある」


「頼みとは?」


「まずは徳川桜と戦わせてもらいたい。彼女とは昔の縁があるのでな」


「わかった。ではそのように手筈を整えよう」


「かたじけない」


東郷景光はそれだけ言うと決闘の場所となる品川の湾岸へと向かって行った。


「徳川桜と鬼頭泉凪を始末すれば後は雑魚の集まり。将棋で言えば劣勢から王手飛車取りで形勢逆転というところよ」



嵯峨屋に戻った桜たちにおいとが待っていたかのように話しかけてきた。


「桜さん、あなた宛に手紙が届いております」


「私に?」


「ええ。先ほど桜さんにお渡し下さいと若い女性がいらして。その女性も手紙をここに届けるように頼まれただけで中身はわからないとおっしゃっていました」


桜が封を開くと内容は決闘の申し込み、場所は洲崎弁天。日にちは今日の七つ時〔午後三時〕桜一人で来るように記載されていた。


「今どき決闘状とは風変わりなのか律儀なのか」


「桜、どうするんだ?おそらく罠だろうし、無視していいと思うけどな」


「罠というのなら私たちをこの品川宿まで誘き出した事自体が罠だろうね。たぶんこの決闘状を出した相手と私を戦わせるために」


「でもどうして桜だけを指名してきたんだ?私を知らないはずはないし、それが気になるな」


〔たしかに。何故私だけなんだろう〕


桜もそう思っていた。


「どのみち薩摩とは決着をつけなきゃいけないし、私の予想ではこの剣客を倒さない限り親玉である村田半兵衛は出てこない。この剣客は相手の最後の砦と言ったところでしょう。ならば戦って血路を開くしかない」


そこに先ほど別れたばかりのお千代が旅籠に訪れた。


「桜さん、泉凪さん」


「お千代さん、どうしてここに?」


「一つ気になった事を思い出したのでお伝えに。先日うちの旅籠に宿泊したお客様で剣客らしき人がいたんです。宿帳には東郷景光とお名前を載せていましたが、何か関係あればと思って。。」


「東郷景光。。」


桜はその名前に聞き覚えがあった。


「お千代さん、ありがとう。重要な手掛かりになりましたよ」

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