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江戸の雪月花 〜さくらの剣 第二部〜  作者: 葉月麗雄
第四章
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和解

それから数日後、桜は一人で日本橋付近を見回りで回っていた。

薩摩の山くぐり衆もそうだが、赤薔薇の警戒も同時におこなっている。

とは言え、桜は茉衣とは戦わずに済むならそうしたいと考えている。


自分を敵討ちとしている相手との話し合いなど出来るとは思えないが、その可能性が少しでも残されているのならばそうしたい。

それがダメならば正々堂々と戦う。

そんな事を考えながら見回りをしているところに赤松茉衣が目の前に姿を現した。


「赤薔薇。。いや茉衣」


桜たち御庭番が自分を警戒している事など承知の上といったところである。

警戒中の桜の前に堂々と現れるのは大胆不敵でもあるし、憎らしいほどに自信に満ち溢れていた。

しかし茉衣の身体からは殺気は感じ取れなかった。

それに茉衣は刀を持っていない。


帯刀している桜はこの場で斬りつける事も出来るが桜にその気はなかった。

少なくともここでの戦いはないと少し気を緩めたが、茉衣から意外な言葉が出て来た。


「徳川桜、少し付き合わないか」


茉衣の突然の誘いに戸惑う桜であったが、断る理由もないので茉衣と一緒についていく事にした。


江戸からどれくらい歩いたであろうか。

道中二人はひと言も会話をせずに、茉衣は黙々と歩き、桜はその後を黙々とついて行った。

そうして着いた先は上野であった。


「これは。。」


「姉さんの墓標だよ。私が江戸に着いてから少しばかり稼いだお金で建てたんだ」


「吹雪の」


「吹雪ってのは役目上の名前。本名は赤松三津って言うんだ」


「三津さん。。」


桜は三津の墓標に手を合わせた。


「どうして私をここに?」


「さあ、どうしてだろうな。自分でもよくわからないんだ。ただお前と姉さんを会わせたかったのは確かだけど」


二人はしばらく黙ったまま三津の墓石の前に立っていた。

桜はふと思い出したように茉衣に話しかける。


「茉衣、あなたに渡したい物があるんだ」


そう言って桜は持っていた包みからヌンチャクとトンファーを取り出した。


「これは三津さんが私との戦いで使った武器。ずっと私が保管していたけど、妹であるあなたが持っていた方がいいと思って」


桜から武器を受け取った茉衣はぐっと握りしめる。


「あなたにとって私は三津さんの敵討ちである事はわかっている。でも私も役目がある以上、黙ってやられるわけにはいかない。戦うなら堂々と戦うよ。それで敗れても悔いはない」


桜は琉球古武術の戦いとなれば勝ち目の無い事はわかっていた。

渡したヌンチャクとトンファーでいきなり殴りかかられたら避けようがない事も。

茉衣からは殺気を感じないが、彼女の実力ならこの状況からでも一瞬で攻撃を仕掛けられる。


無論、いくら敵討ちとは言え黙ってやられるつもりはない。

彼女の気が済むまで正々堂々と戦ってそれで敗れるなら仕方がないと考えていた。


茉衣はしばらく黙っていた。

そして次に出て来た言葉は桜の意表を突くものであった。


「姉さんが私の夢に出て来て桜と戦うなって言ってた。むしろ桜を助けて欲しいってね」


「え?」


「私は姉さんの敵討ちであるお前を助けようなんて始めは思わなかったさ。でもさ、夢の中で何度も言うんだよ。桜を助けて欲しいって。どうしてそこまで言うのか私にはわからなかった」


茉衣は桜を見つめる。


「だけど、この前桜と戦った時に少しだけわかった気がする。互いに秘術を尽くして敗れたなら姉さんも悔いは無かったのかなってね」


「茉衣。。」


「桜と戦おうとすると後ろに姉さんが見えるんだよ。そんなんじゃとても戦う気にはなれない。だから、私はまだ桜を許した訳じゃないけど、敵討ちはやめた」


「それでいいの? 私は茉衣の気が済むまで戦うつもりでいたんだけど」


「いい訳じゃない。だからこうする事にした」


茉衣は桜に近寄ると右頬に平手打ちをした。

パシっという音が鳴り響いて桜は思わずその場に倒れた。


「これで、敵討ちは終わったよ」


茉衣はそう言うと桜に手を差し伸べる。


「痛かったか?」


「うん。。でも茉衣の心の痛みに比べたら私なんていっときの事だから」


「赤薔薇もお終いにする。今後、江戸に赤薔薇が出る事はもうない。元々は桜を誘き出すためと姉さんの墓石を作るための資金集めで始めたんだ。そのどちらも目的は果たせたからこれ以上赤薔薇をやる理由も無くなったよ」


茉衣はそう言って笑う。


「そうか。。赤薔薇は結局正体不明のまま姿を消したという事ね」


「桜、私を奉行所に突き出さないのか」


「あなたは赤松茉衣であって赤薔薇ではないわ。赤薔薇はどこの誰だったのかな。私には知る良しもない」


桜がそう言うと茉衣からくすっと笑みが溢れた。

それにつられて桜も笑いだす。


「桜と薔薇が力を合わせたら千人力だな」


「泉凪もいるから万人力ね」


桜と茉衣は握手をする。


「桜、泉凪も同じ事を言ったかも知れないけど、私はお前の右腕となって動く」


「茉衣?」


「三日月党は暗殺集団と言われているけど、それはあくまでも任務の上だ。普段はみんな気の優しい奴らなんだ。そして主と認めた人間には絶対服従を誓う。養源斎様や六人衆の主が宮守志信なんかじゃなくお前の主のような人だったらまったく違っただろうな」


「仕える主が違ってたら私たちは全く逆の立場になっていたかも知れないなんて考えた事もなかった。でも良かった。私も泉凪も茉衣とは戦いたくなかったんだ」


「薩摩山くぐり衆だったな。私も手助けするよ。同じ忍び衆として三日月党の方が上だとあいつらに思い知らせてやる」


「この場合、ありがとうって言えばいいのかな。それともよろしくね。かな?」


「どっちでもいいさ。いや、ありがとうはないかな。よろしくねがいいな」


「じゃあ、茉衣。あらためてよろしくね」


こうして和解した桜と茉衣が二人揃って江戸に戻って来たのを見て泉凪と左近は目を白黒させていた。


「どうなってるの?」


「私に聞かれても。。」


「茉衣は今日から私たちの味方だよ。そして赤薔薇は姿を消した。もう江戸に赤薔薇が現れる事はないよ」


桜がそう言うと、和解出来たんだなと察して胸を撫で下ろす泉凪と左近だった。

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