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江戸の雪月花 〜さくらの剣 第二部〜  作者: 葉月麗雄
第一章
3/50

まさかの。。

数日後、月光院からの話を聞いて吉宗は眉をしかめ険しい表情を隠さなかった。


「桜を再び剣客として戦わせるか。。」


吉宗は腕組みをし、思案しているようでしばらく言葉を発しない。

桜も固唾を飲んで見守るが、沈黙の時間は続いた。

吉宗は腕組みをし、時折り「うーむ」とため息とも唸り声ともわからない声をあげて考え込んでいた。

そして意を決したのか、腕組みを解くと月光院に結論を述べた。


「月光院、大奥での問題とその万理とやらの身を守るのが大事なのもわかる。。だが、桜は見ての通り右腕が効かぬ身。それに二年近く実戦から遠ざかっている。以前のような激しい戦いは出来ぬのだ。


余は出来る事なら桜を二度と剣客として戦わせる事は避けたいというのが本音だ。剣客以外ならば余も桜を送り出すのだが、こればかりは許可する訳にはいかぬ」


吉宗の言葉に桜は愕然とし、月光院は予期していたのか、表情を変える事なく平伏した。


「当然でございます。桜は義理とは言え、上様にとって大事な娘。私の方こそご無理を申し上げて申し訳ございせんでした。この問題はそもそもが私の身内の問題。桜には関係ございません。私たちだけで解決致します。どうか、この一件の事はお忘れ下さい」


月光院はそう言ってお辞儀をすると吉宗の元を立ち去っていった。

桜はどうする事も出来ず、月光院の後ろ姿を見送るだけであった。


「お義父様とうさま。以前、お話ししたように、私は片腕でも必要とあらば戦います。月光院様からご依頼のお役目、どうか仰せつけ下さい」


桜は懇願するが、吉宗は首を縦に振らない。


「お前は片手でどうやって戦うつもりなのだ?いくら左利きと言っても、まずそこから剣客として致命的であるし問題だ。それに納刀だって片腕ではおぼつかないであろう。ただでさえ実戦から離れているのだ。それを解決出来ないのに死地に向かわせる訳にはいかぬ」


吉宗の問いに桜は返事に詰まってしまった。

まさにその指摘通りで、桜は片腕での戦いに不安があった。

第一に桜の得意とする居合い抜き、迅速斬じんそくざんと両手による超神速の銀龍牙しろがねのりょうがが使えない。


右を凌駕する左の居合い抜き、刹那夢せつなのゆめを多用しては残る左腕も使えなくなってしまう恐れがある。

そうなると使える技も限られてしまう。


もう一つは納刀である。

納刀は鞘の鯉口を左手で人差し指一本分余らせる様に握って、その人差し指に刀を滑らせるようにして切先を鯉口へと誘導し、切先が鯉口入ったら、そのまま刀を鞘に入れる(鞘送り)のだが、左手が動かないとそれが出来ないので、納刀が難しくなる。


納刀に手間取ると、万一相手を倒しきれていなかった場合に反撃を喰らう危険があるのだ。


「確かにその不安は有りますが、私は月光院様も万理もこのまま放ってはおけません。泉凪も助けてあげたいのです。無理はしません。自分の出来る範疇で戦います。どうか、私のわがままを聞いて下さい」


「それ自体がすでに無茶な事を申しているのだぞ。前にも申したろう。お前は無理を我慢して言わないのが悪い癖だと。今回も無理を通してさらに身体を悪くしたらどうするのか?」


「もしこれ以上戦えないとなった時には自ら引きますし、お義父様にも必ず申し上げます。片腕での戦いと納刀の問題も対策を考えます。どうか。。お役目を仰せつけください」


「今回ばかりはいくらお前の頼みでも許すわけにはいかぬ。月光院の話しでは相手は薩摩の忍び衆。薩摩には示現流という剣術が存在する。お前の身体が普通の状態であればよいが、片腕の動かない今の状態で一撃必殺と言われる示現流と戦わせる訳にはいかん」


「お義父様。。」


「これ以上は何を言っても聞く耳持たぬぞ。部屋に戻って大人しくしていろ」


吉宗は桜にそれだけ言い終えると部屋から出て行ってしまった。


「。。まさかこれほど反対されるとは。私はそこまで信頼されていないのか」


桜は動かない右腕を恨めそうに見つめた。


「薩摩示現流。いくら強いと言っても紗希さんほどではないはず。仮にお義父様の許可を得ずに月光院様たちの手助けをしようとしても、月光院は許可されないだろう。お義父様の許可を得る事が第一となる」


桜は頭を抱えた。

どうすればお義父様(吉宗)を納得させられるのか。

納刀の問題は鯉口に指一本分ほどの木片を打ち付け、それを使って切っ先を鯉口に誘導すれば大丈夫なはず。

あとは抜刀と片腕での戦い。

実戦から遠ざかってはいるが、泉凪との稽古は日々行っている。


「お義父様を納得させるには一つずつ解決していくしかない」


⭐︎⭐︎⭐︎


「月光院様、申し訳ございませんでした。まさかお義父様があれほど反対なさるとは。今まで私の意見を聞いてくれたので甘く考えていたと反省しています」


桜が月光院に謝罪をするが、月光院は気にしないようにと声を掛けた。


「私はおおよそ想像がついていました。御庭番時代は吉宗殿と桜は上下関係だったから、吉宗殿は多少の無理も聞いてくれたのです。でも今は義理とは言え親子関係。片腕の動かない娘を戦いの場にやる親などいないでしょう。だから私は駄目で元々のつもりでお願いに参ったのです」


「そうだったのですか。親子だから。。」


月光院に言われてみて桜は今更ながら自分と吉宗が親子関係になったんだと実感する。


「ですが、このまま月光院様と泉凪だけを戦わせる訳には参りません。もう一度お義父様にお願いしてみるつもりです」


「桜、その気持ちだけで十分ですよ。私も万理をあなたに会わせない方が良かったのかも知れません。これ以上吉宗殿を怒らせるような事があれば、あなたと吉宗殿の親子関係にも傷が付きます。やはり私たちだけで戦うこととします」


「月光院様。。」


「あなたは自分の幸せを考えなさい。せっかく徳川の姫になったのです。今のあなたならこの国の至るところに婿の貰い手がありましょう。私たちは私たちで戦います。あなたはこの戦いに来てはなりません。いいですね」


月光院にまで反対されて桜は虚脱感に襲われた。


「幸せ?私の幸せって何?」


桜は普通の女子のように結婚して子供を産んで家庭を持ってなどという幸せなど考えた事がなった。


「私の幸せは上様のお役に立てる事。誰かの役に立つ仕事をする事」

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