桜vs赤薔薇 後編
今度は泉凪が茉衣と対峙する。
「赤薔薇、三日月党六人衆の敵討ちと言うなら私は飛燕、時雨、夢幻の三人を倒している。私もお前の敵討ちの対象になるだろう」
泉凪の言葉に茉衣はギリっと歯軋りをする。
「ならば二人まとめて討ち取る」
茉衣は泉凪に猛然と向かう。
「鬼頭流五乃型鶺鴒改」
「七乃型月虹」
泉凪の鶺鴒の改良型六連撃と茉衣の六連撃が激しくぶつかり合う。
桜の銀龍牙を受けた事のある泉凪は鶺鴒をさらに強化して両手での六連撃を可能にしていた。
二人の連撃はほぼ互角であったが、連撃の直後に左足の蹴りが泉凪の腹部を捕らえて泉凪は後ろに飛ばされながらも辛うじて受け身を取った。
「剣術に加えて拳法か。。」
「気をつけて。彼女は琉球古武術も使える」
桜が死闘を演じた姉の吹雪は琉球古武術の使い手であった。
茉衣もヌンチャクやトンファーを使えると見て間違いない。
「強敵だな」
「ええ。今まで出会った誰よりも」
桜と泉凪は共に三日月党の頭領養源斎に六人衆の長、夢幻と戦っている。
だが今の茉衣はその二人よりも手強いと桜たちは感じていた。
「こいつが大奥での戦いにいたら敗れていたのは私たちだったかもな」
「私は家のために戦いに連れて行ってもらえなかった。それがこんな事になるとわかっていたら、たとえ姉さんに止められても行くべきだった」
茉衣の鋭い剣が一閃する。
桜の桜流抜刀術も紗希から伝授された暗殺剣だが、茉衣の剣もまた暗殺剣であった。
「二乃型飛龍」
「四乃型紫苑」
茉衣の逆袈裟斬りを泉凪は真っ向斬りで返す。
その剣の間から飛んでくる足技も厄介であった。
「泉凪!」
後ろからの桜の声に泉凪が反応して横っ飛びする。
泉凪の影から突然飛び出した形になった桜の左手から最速の居合い抜きが放たれる。
「刹那夢」
「速い!」
桜の刹那夢を茉衣はさっき桜がやったとの同じように後方へ飛んで避けた。
養源斎の時は刹那夢が相手よりも速く決まって勝負がついたが、年齢の若い茉衣の動体視力は養源斎よりも数段上回り、間一髪で必殺の居合い抜きをかわした。
そして先ほどの桜と同じように背中で受け身を取って両脚を開脚して身体を回転させ、その反動で素早く立ち上がった。
「危ねえ。左手の居合い抜きとはやってくれるな」
「刹那夢をかわすなんて。まさしく最強の相手だな」
刹那夢をかわされた桜はすぐさま次の攻撃に移る。
「真空斬」
「しゃらくせえ!」
桜の真っ向斬りを茉衣は正面で受け止めて両者の剣は激しい金属音を打ち鳴らしてぶつかり合った。
ジリジリと違いに剣を押し込み合う。
茉衣の蹴りを警戒する桜は後ろに飛び、この押し込み合いから引いた。
先ほどのやり合いでも力で押されては不利なのは目に見えていたからである。
「ふん。さすがに離れ際にも隙はないな」
茉衣はまさしく天才剣士であった。
夢幻や不知火たちに加えて姉の吹雪との鍛錬で、今や六人衆や養源斎をも凌ぐ力を身につけている三日月党最強の剣客となっていた。
〔赤薔薇は私が紀州で紗希さんに鍛えられたのと同じかそれ以上の鍛錬を積んできている〕
桜もそう認めるほどの。
「私たちは三日月党と命懸けの戦いをして辛うじて生き延びた。互いに恨みなどなかったし、仮に私たちが破れたとしても悔いはなかった」
「それはお前らの理屈だ。姉さんを殺された私は恨みも憎しみもある」
桜も泉凪も茉衣の怒りはよくわかるが、どうする事も出来ない。
「やはり戦うしかないのか」
戦いながら茉衣もまた桜と泉凪の実力を見直していた。
今まで全ての敵を一太刀で葬り去ってきた茉衣が二人がかりとはいえこれだけ手こずったのは初めてであった。
〔なるほど、こいつらは頭領や六人衆を破っただけの事はある。だが手負二人、私の敵じゃない〕
再び桜と泉凪に斬りかかろうとした茉衣の目の前に姉である吹雪の姿が見えていた。
〔茉衣〕
〔姉さん?そんな馬鹿な。。夢か幻でも見ているのか〕
〔敵討ちなんてやめなさい。桜と私は互いの秘術を尽くして戦った。私は敗れてしまったけど、悔いはないよ。茉衣の元に帰れなかったのは残念だけど、戦いに行くと決めた時からそれは覚悟の上。茉衣だって戦いに臨む時は敗れて散るのも覚悟の上でしょ〕
〔それは、そうだけど。。〕
〔なら、これ以上私の敵を討とうなんて考えなくていいよ。もし、私が六人衆に入る前に桜と知り合っていたならきっといい友人になっていたと思う。茉衣には桜の力になってほしい〕
〔そんな。。姉さんの敵と見ていたやつの力になるなんて出来ない〕
〔私と桜は互いに秘術を尽くして戦った仲。剣のやり取りが言葉よりも深く理解し合える事もあるんだよ。桜は戦う時は鬼神の如く強い心身を持っているけど、根は優しい人間なんだよ。茉衣と同じようにね。桜を狙う敵が近づいてきている。私に代わって桜を守ってほしい〕
そう言うと吹雪は茉衣の前から姿を消した。
「姉さん。。」
茉衣は刀をぐっと握りしめた。
「やめた!」
「えっ?」
茉衣が突然そう叫んで戦いをやめたで桜と泉凪は驚いた。
茉衣は納刀すると桜と泉凪をチラリと見て踵を返した。
「徳川桜、鬼頭泉凪。今日のところは引き上げる。だがお前たちは姉さんと仲間の敵討ちだ。それを忘れるな」
「私はあなたとは戦いたくない」
桜の言葉に茉衣は振り向く事なく立ち去っていく。
桜と泉凪はその後ろ姿を見送るだけであった。
理由はわからないが、急に殺気が消え失せた赤薔薇に二人も戸惑っていたのだ。
「どうしたんだ。もしかしたら赤薔薇の心に迷いが生じたのかな。私たちを討つべきかやめるべきか」
泉凪の言葉に桜もうなずく。
「最初は敵意剥き出しだったのが急に殺気がなくなっていった。私の言葉が通じたとは思わないけど、何か心境に変化があったのかもしれない」
「あの実力だ。敵に回ったら薩摩山くぐりよりも恐ろしい。何とか赤薔薇との戦いは回避したいのが本音だな」
倒せなかった。いや、むしろ赤薔薇が途中で戦いをやめなかったら危ないのはこちらだった。
桜と泉凪の二人ががりでも一歩も引けを取らない恐るべき実力、恐るべき相手。
桜は生涯最強の相手との出会いに初めて感じていた。
自分が戦いに敗れて命を落とす可能性を。
〔赤薔薇は私を敵討ちと狙っているけど、私とて任務での戦い。いくら相手の気持ちがわからなくないと言っても「はい、そうですか」と斬られてやられるわけにはいかない。正々堂々と真っ向から戦ってそれで敗れるのなら仕方ない〕
そんな風に思うのだった。
「桜、怪我の手当てをした方がいい。龍之介も医者に見せないといけないし、いったん引き上げよう」
泉凪の声がけに桜は「そうね」と同意して引き上げる事にした。
「那月、引き上げるよ。龍之介を頼む」
「はい」
那月は龍之介を背負い、桜と泉凪の後を歩くが、その胸中は情けない気持ちでいっぱいであった。
〔いくら桜さんの片腕が動かなくて泉凪さんもまだ怪我が完治していないとはいえ、二人がかりでも倒せない剣客が存在するなんて。。龍之介は相手にすらならずに眠らされた。私はただ見ているだけしか出来なかった。。〕
那月は自身の力不足を思い知った苦い夜だった。
第二章はここまでとなります。
次章より第三章に入りますので、引き続きよろしくお願いします。




