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江戸の雪月花 〜さくらの剣 第二部〜  作者: 葉月麗雄
第二章
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桜vs赤薔薇 前編

桜は龍之介と那月を連れて江戸町内を見回っていた。

赤薔薇が出現するのは夜だという南町奉行所からの情報を得て警戒に当たっていたのだ。


仕事を終えた茉衣は暗闇の中、家路に着こうとしたが見回り中の桜たちと鉢合わせとなったのだ。


「待て。龍之介、那月。前から血の匂いがして来る」


桜に言われて龍之介と那月も血の匂いに気がついた。

前から歩いてくる人の足音が聞こえてくる。

誰かいる。

龍之介と那月は行燈で辺りを照らして確認した。


「見回り役人か?面倒な事になっちまったな」


夜の帳が下りる時間帯。

龍之介と那月が持っている行燈の光が僅かな視界を生むだけであった。

そして、その先に立っている人物の姿が行燈の光に照らされた。


「赤い頭巾。。」


桜も龍之介と那月も見た瞬間にそれが噂の赤薔薇だと直感した。

三人に一気に緊張が走る。


一方の茉衣は見回り役人の二、三人居たところでどうということもない。振り切って逃げるか。

そう考え、一気に突っ切って走り去ろうとしたが、その時である。


「龍之介、那月。油断するな」


桜の声に赤薔薇ははっと気がつく。

団子屋で一度聞いてはっきりと覚えている。

思わず立ち止まった


「その声は徳川桜か?」


「私を知っているの?」


桜の問いに赤薔薇は答えず刀に手をかけて鯉口を切った。

桜と龍之介、那月も刀に手をかけて鯉口を切った。

茉衣は他の二人には目もくれず桜だけに視線を向けている。

今度は桜が赤薔薇に問いかける。


「お前が江戸をにぎわせているという赤薔薇か?」


「私は別に江戸をにぎわせているわけではない」


桜の問いに赤薔薇は表向きは冷静な声で返答するが、心の中は憎き敵討ちに出会った怒りの炎が沸々と煮えたっていた。


「私?。。女か?」


「男だとも言ってはいない」


「質問を変えよう。何が目的だ?」


「お前だよ。徳川桜」 


赤薔薇は被っていた赤頭巾を取り外して桜の前に素顔を見せた。


「あなたは、お団子屋の。。」


「私は赤松茉依あかまつまい。お前に殺された三日月党、吹雪の妹だ」


「吹雪!」


桜の脳裏に吹雪との死闘が蘇る。


「私が赤薔薇となったのは、こうして辻斬り犯を斬っていればいずれ町奉行だけじゃなく御庭番が調査に乗り出して来る。そこにお前が来るだろうと考えたからだ」


「じゃあ、私を誘き出すのが目的で」


「私の狙いは最初からお前だけだ。今こそ姉の無念を晴らす」


「吹雪の妹!」


戦った桜には互いに秘術を尽くして散った吹雪に無念などない事はわかっているが、姉を殺された茉依にそれを理解させるのは難しいであろう。


「あなたの姉さんは強かった。互いに秘術を尽くした上で私が辛うじて生き延びただけ。一歩違えば倒れていたのは私だった」


「今さら何を。わかっていると思うが、顔を晒したのは顔を見られた以上、確実にお前を仕留めるという決意だ」


茉衣は居合い抜きの構えを見せるが、それは通常よりも低い位置での構えであった。

こうなっては何を言ったところで茉衣は聞く耳を持たないであろう。


「やむを得ない」


ダン!

強力な蹴り足の音と同時に茉衣が刀を抜いて突進して来る。

茉衣は居合い抜きと見せかけてギリギリまで剣を抜かず、攻撃の手の内を読ませない。

桜との間合いを一気に詰めると刀を抜いて突きを繰り出してきた。


四乃型時雨よんのがたしぐれ


回旋撃かいせんげき


回旋撃は相手の剣を受けると同時に回すように威力を相殺させて小手を狙う技である。

時雨が二連続の突きである事は桜も周知している。

威力を相殺させて剣を弾く事によって二撃目を打たせない小技を使ったのだ。


「おっと!」


茉衣もそれに素早く反応する。

互いに一流の剣客なだけあって、今の一撃だけで相手が並々ならぬ実力の持ち主だと見抜いていた。


「こいつ」


「速く鋭い」


互いに距離をおき、睨み合う。


「なるほど。一度戦っているから三日月党の剣技は周知しているってわけだな。ならばこれはどうだ」


再び茉依の剣が桜を襲う。


七乃型月虹しちのがたげっこう


茉依が上段の構えから技を撃ち放つ。

それは桜の銀龍牙しろがねのりょうがと同じ高速の六連撃であった。

しかも両刀ではなく一本の剣からである。


「七乃型?初めて見る」


桜は大奥での三日月党との戦いで三日月党六人衆が使った秘剣一乃型から六乃型まで全て体験済みでどの技が来ても瞬時に対応する事が出来る。

だが、七乃型というのは初めてであった。

それも当然で、月虹は茉衣が独自に編み出した技で、三日月党の秘剣には無い技だからだ。

五連撃の鶺鴒せきれいをさらに進化させた一本の剣による超神速の六連撃であった。


桜は己の技とほぼ同じ高速の連撃と見ると瞬時に判断して後方に飛んだ。

それしか避ける手段はないからである。

この高速の連撃は、その速度ゆえに一度技が発動すると途中で止める事が難しいという欠点がある。

後方に飛んだ桜は背中から地面に叩きつけられるところを受け身を取り、脚を開脚して身体を回転させ、その反動で素早く立ち上がった。


「月虹が避けられるとはな。さすがに姉さんを破っただけの事はある」


「両刀じゃなく一本の剣からあの連撃を撃てるのか」


桜と茉衣はスピードも互角、力も互角。

もし桜が万全であったなら勝負は時の運となっていたかも知れない。

だが、実力が伯仲であればあるほど、片手の桜が明らかに劣勢となっていった。


華一閃はないっせん


二乃型飛龍にのがたひりゅう


二人は互いに技の応酬で二十合は打ち合ったであろうか。

桜と茉衣は剣の実力はほぼ互角であったが、二人には明確に違いがあった。

桜は農民の出身で、素人が吉宗に出会い紗希に剣を学んだ事により天性の才能が開花した。

それに対して茉衣は三日月党の出身である。

生まれた時から暗殺集団の忍びとして、さらに剣客として育てられた茉衣は才能に加えて地の力があった。


現代でいう総合格闘技をやらせても一流の実力なのである。

無論、桜も柔術は使えるし剣を持たなくても強いが、元々持っている底力という点で農民で素人だった桜より忍びの村で生まれ「暗殺者」の血統を受け継ぐ茉衣に利があった。

剣と琉球古武術を織り交ぜてくる攻撃に桜は徐々に押されていく。

片腕の不利もかなり厳しいハンデとなってきていた。

こうなると左腕だけで戦っている桜の方が消耗が激しく、息が上がってきた。


「はあ。。はあ。。」


桜が戦いで息を切らすのは初めての事であった。


「息が上がって来たようだな」


〔やはり焔乃舞ほむらのまい華一閃はないっせん真空斬しんくうざんの三種類では並の相手ならともかく、強敵と出会った時には厳しい〕


銀龍牙しろがねのりょうが双刀撃そうとうげき迅速斬じんそくざんが使えないハンデは同じ実力を持つ同士の対決では大きくのしかかった。

桜は吉宗との約束を頭の片隅には入れていたが、この状況である。

退却しようとしてもさせてくれるような相手ではない。


焔乃舞ほむらのまい


五乃型火輪このがたかりん


この一文字斬りのぶつかり合いは体力の落ちた桜が弾き飛ばされてしまった。


「く。。」


かろうじて堪えたが、劣勢に追い込まれていた。


「桜さん!」


危ういと見て助けようと龍之介が前に割って入る。

桜が静止しようとしたが、遅かった。


「龍之介ダメだ。お前の敵う相手じゃない」


桜は叫んだが、龍之介が茉衣に向かい剣を振り下ろそうとした時には強力な左脚からの蹴りを側頭部に食らい、龍之介は鈍い音と共に横に飛ばされて気を失った。


「邪魔するな」


桜は龍之介が斬られると思ったが、刀を使わずに古武術で退けた。

茉衣は桜以外の関係ない人間は斬るつもりはなかった。


「龍之介も経験不足とはいえ御庭番。それを一撃で。。」


那月は龍之介が一撃で眠らされたのを見て、自分が助けに入ったところで役に立たない事を思い知らされる。


龍之介を一撃で眠らせた茉衣は再び桜に襲い掛かる。


三乃型天空さんのがたてんくう


焔乃舞ほむらのまい


茉衣の真っ向斬りを桜は焔乃舞で受け止めたが、そのままたジリジリと力で上から押されていた。

両手なら受けられるであろうこの斬撃からの力技も片腕の桜には重くのしかかる。


「く。。」


「片手でいつまで持ち堪えられるかな」


茉衣はこの優勢にも油断する事なく冷静であった。


その時、一閃の光が茉衣の目に入りすかさず後ろに下がった。


一乃型明鏡いちのがためいきょう


桜の窮地に鬼頭泉凪が駆けつけたのだ。


「ちっ。邪魔が入ってきたのか」


「桜!大丈夫か?」


「泉凪!」


「ここは私が戦う」


「大丈夫なの?まだ怪我が治ったばかりじゃない」


「片腕の桜よりは私の方がまだマシだろう」


「それはそうだけど。それより泉凪まで出てきてしまって月光院様と万理は大丈夫なの?」


「頼もしい助っ人が来てくれたから私は安心してここに出てこられたんだ」


「頼もしい助っ人?」


「桜のよく知っている人だよ」


泉凪の目配せで桜はそれが誰なのかわかると笑みがこぼれた。


「そうか。なら月光院様たちは大丈夫だね。私たちはこの窮地を切り抜ける事に全力を尽くそう」

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