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江戸の雪月花 〜さくらの剣 第二部〜  作者: 葉月麗雄
第二章
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運命の出会い

「さあ、大変だ、大変だ!また赤薔薇が現れたよ。今度の相手は悪徳商人三河屋だ」


かわら版屋の威勢のいい声が聞こえる。

その声に見物人たちが群がり、一斉にかわらばんに手を伸ばし買い始める。

その見物人の中に手習い所帰りのおかよの姿もあった。


一枚刷りで四文のかわらばんを手にしたおかよは赤薔薇の事を知る。

かわらばんに書いてある事は読み書きの習い事をしているおかげでおおよそは読めたし理解出来た。


「赤薔薇。。」


長屋に戻ったおかよは茉衣にかわらばんを見せて赤薔薇について訊ねてみた。


「お姉ちゃん、赤薔薇ってどんな人だと思う?」


突然の問いに茉衣は何食わぬ顔顔をして答える。


「そうだな。案外悪い人じゃないと思うよ。悪い奴だけを斬って普通の街の人たちには手を出さないっていうからね」


「でも人斬り自体は悪い事じゃないの?殺されたのが悪い人ってのはわかるんだけど、だからといってそれを殺すのがいい事とは思えないな」


おかよの言葉は茉衣にとっては胸に突き刺さるひと言であった。


「おかよちゃんは赤薔薇は悪い奴と思う?」


「私も悪い人には思えない。確かに世の中には殺したいほど憎い人がいるって事もあるとは思う。私だってお父さんを殺した奴らが憎い。赤薔薇が斬ってくれたけど、やっぱり奉行所で裁きを受けた上できちんと罪に服するべきだと思うんだ。お父さんはそれで気が済むかわからないけど、私はそう思う」


「。。そうか。おかよちゃんは立派だよ。その歳でそんな風に考えられるんだから」


「そうかな?私はまだ子供だからそう思うだけで、もう少し大人だったら赤薔薇に感謝しているかも知れない。何も知らないからそう言えるだけなのかなと思う」


茉衣はおかよのためにも赤薔薇はそろそろ潮時かと考えた。

茉衣が江戸で赤薔薇という敵討ち業を始めたのはそもそも三日月党が暗殺を主とする集団であった事。

もう一つはこうして暗殺業をやっていけば御庭番、すなわち桜が出てくる可能性があるからであった。


無論、お金を貯める目的もあった。

姉の三津の墓石を作りたかったからである。

幸い、上野に墓石を作れる目処がたったので、そろそろこの仕事から足を洗ってもいいと考えていた時でもあった。


〔だが、その前に徳川桜だけはこの手で葬る。それが済んだら赤薔薇をやめておかよちゃんと一緒に小田原に帰るかな〕


⭐︎⭐︎⭐︎


それから数日後の事。

赤薔薇はこの夜、材木問屋の伊豆屋を狙っていた。

依頼者は伊豆屋から多額の借金をしていたが、そのほとんどが父親が賭場で借りた金であった。

伊豆屋は娘のおりんを吉原で遊女にしたいために賭け事好きの父親に声をかけて賭場に連れ込み、借金負わせた。


その額は十両を超えていた。

手に職もなく、返済能力のない父親にその金額を返済するのは無理であった。

その上、利息が日々加算されている。

このままでは自分は吉原に売られてしまうと悩み抜いての赤薔薇への依頼であった。


「赤薔薇、お願いします。伊豆屋を成敗して下さい」


「あんたいくら払えるんだい?父親がそれだけ借金してたなら家にお金なんてないだろう」


「それは。。」


「申し訳ないけど、私はお金を払えない人間からの依頼は受けない事にしているんだ。こちらも命がけの仕事だからそれなりの報酬は頂かないと仕事は出来ない。どうする?」


赤薔薇の言葉におりんは意を決したように顔を上げる。


「吉原に行って遊女になります。そこで稼いだお金からお支払いします」


茉衣はため息をついた。

そんなの無理に決まっている。

吉原に行けば見世の借金を返済するだけで十年はかかる。

とても仕事料を支払う余裕などないだろう。

かと言って無料ただで引き受けるのはこちらも命がけな以上ごめんこうむりたい。


「わかった。こうしよう。私が伊豆屋を成敗すれば父親の借金は帳消しになって今まで返済に利子で払わされた過払い分が戻ってくる。お金はそこからもらう事にするよ」


この妥協案におりんは喜んだ。


「ありがとうございます」


実際には戻ってくるはずがないが、そこは茉衣が店から頂いてしまえば良いだけのこと。

悪事で稼いた金を返してもらうのに何の罪悪感もない。




その夜、赤薔薇の姿で伊豆屋の玄関の戸を打ち破ると浪人風の男が一人待っていた。


「待っていたぞ赤薔薇。お前が来るのをな」


「それはご苦労な事だけど、お前は伊豆屋の何なんだ?」


「そんな事は知らなくていいだろう。これから死ぬ人間はな」


浪人はそう言うと刀を抜いていきなり斬りかかって来た。


「太刀筋はまあまあってところだな。だが、速さに比べたら威力がない。まあ、こんなところだろう」


赤薔薇はそう言い終えると一気に前に出る。


四乃型時雨よんのがたしぐれ


そのままの勢いで二段突きを放つと相手はその入 威力をまもとに受けてそのまま倒れた。


「先生!」


店内から悲鳴が飛ぶ。


「やっぱり用心棒か。伊豆屋の旦那はあんたかい?」


赤薔薇の問いかけに主人と思われる男は舌打ちする。


「野郎ども。構わねえ、やっちまえ」


その掛け声に十人の手下たちが集まった。


「この程度で私を倒せると思っているんだ。お気楽な事だ」


一流の剣客や辻斬りですら赤薔薇の前には歯が立たないのである。

商人の雇うやくざもどきの手下たちなど止まっているハエを叩き落とすようなものであった。

一人、また一人と赤薔薇の剣の前に倒れていく。


「ひいい」


伊豆屋の店主はその光景を見て悲鳴をあげる。

赤薔薇に狙われたら最後、命がないという噂通りの凄さを目の当たりにして店主は生きた心地がしなかった。

赤薔薇の剣が一閃する事に血飛沫が舞い上がり悲鳴が飛ぶ。


これはもう争いにも戦いにもならない一方的な殺戮劇であった。

手下の最後の一人を斬り倒すと赤薔薇はゆっくりと店主に近づいていく。


「た、助けてくれ!金ならいくらでも払う」


「今までそう言って命乞いした奴をあんたは助けたのかい?」


赤薔薇は剣を振りかぶり、振り下ろそうとしたその時であった。


「待って!」


突然横から小さな女の子が店主と赤薔薇の間に滑り込むように入って来た。

その声に赤薔薇は振り下ろしかけていた刀をすんでのところで止めた。

見た目はまだ四つか五つほどの子供である。


「お父ちゃんを殺さないで」


「これは。。」


こんな小さな女の子が必死で泣きながら父親の命乞いをしている。


「お父ちゃんが悪い事をしているのは知ってます。。でも私にはお父ちゃんしかいないんです。もしお父ちゃんが死んだら私は一人になっちゃう。。」


伊豆屋は妻に先立たれてこの娘と二人で暮らしていた。

その言葉を聞いて赤薔薇はおかよちゃんを思い出した。


〔いくら悪党とはいえ、子供に罪はないか。。〕


赤薔薇はその姿を見て急速に心が冷めていった。


「お前の娘か?」


「は、はい。。どうか命だけは。。」


赤薔薇は店主に刀を突きつける。


「その娘に免じて命だけは助けてやる。その代わりに十両よこしな。お前がおりんさんの父親から賭場で巻き上げた金だ」


店主は言われた通り、金庫から十両を取り出して赤薔薇に手渡す。


「いいか、二度とおりんさん親子に近づくな。今度近づいたら次は娘がどれだけ命乞いしようとも確実にお前を討ち取る」


赤薔薇はそう言い終えると踵を返して店から出ていく。

赤薔薇の姿が見えなくなると伊豆屋の店主はへなへなと腰砕けとなり、娘と抱き合って助かった喜びと安心で涙を流すのだった。



「まったく子供には弱いな。。とりあえず十両は回収したから良しとするか」


おりんの父親の借金は利子を含めて十両であった。


「今回は二両でいいか。残りの八両はおりんさんに返しておく」


赤薔薇はそのうちの二両を仕事料として受け取り、残りはおりんに返す事にしたのだ。

その帰り道、桜と出会う事になろうとは想定外の出来事であった。


そして運命の出会いでもあった。

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