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江戸の雪月花 〜さくらの剣 第二部〜  作者: 葉月麗雄
第二章
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美村紗希見参!

江戸城内では到着したばかりの美村紗希が吉宗と謁見していた。


「紗希、よく来てくれた。お前が来てくれたなら桜も他の連中も心強いであろう」


「上様のお呼びとあれば断れないからな」


「外の戦いは桜と泉凪に任せてお前は大奥で月光院と万理を守ってくれ。万一にも桜たちに危機があった時にはお前に出向いてもらう」


「桜がそう簡単に危機に陥るとは思えないけどな。わかったぜ」


吉宗は紗希にここまでの経緯をなるべく簡潔に説明した。


「すでに二人人倒しているのはかなりいい流れじゃないのか。残るは四人か。まあ何人でも相手してやるさ、任せてくれ」


「さすが頼もしいな。着いた早々で悪いが敵は待ってはくれぬのでな。久通、紗希を大奥に案内してくれ」


吉宗の命で加納久通が紗希を大奥まで案内するが、その間にも大奥内ではすでに次の敵が迫っていた。




泉凪のいなくなった大奥では泉凪配下の大奥別式たちが警戒にあたっていた。


「泉凪がいないと随分と雰囲気が違うものじゃな」


月光院の言葉に万理もうなずく。


「いつも当たり前のようにいてくれましたからね。私たちはそれを普通に思っていましたが、やっぱり泉凪の力は大きいのですね。いなくなって改めて彼女の力がわかりました」


泉凪は三日月党との戦いの前に泉凪の父と顔見知りの大名の紹介で月光院がものは試しに雇い入れた別式であった。

始めはあてにも信用もしていなかったが、その実力と月光院に対する忠誠は次第に認められて、今となっては月光院になくてはならない懐刀として大奥の別式を束ねる筆頭となっていた。


夕餉も終わり月光院も万理がそんな談笑をしているとカタンという音が聞こえ、月光院と万理がほぼ同時に気がつく。

普段なら特に気にもとめなかったであろうほど僅かな物音であったが、神経を張り巡らせていた二人にはそれだけでも警戒するに十分な物音であった。


「万理、気をつけて」


「はい」


「みなの者、出あえい」


月光院の声に別式たちが一斉に集まる。


「侵入者がおるやも知れぬ。油断するな」


この江戸城、それも大奥にこうも簡単に侵入して来るとは。

この城は外敵からの攻撃や侵入に対してかなり堅固に作られているはずなのに。

よもや、内通している者がいるのでは。


月光院はそう思いながらも、現実に侵入者が入り込んでいるという事に目を向けた。

月光院の命に別式たちが辺りを警戒している時、一人の別式が月光院たちの前に立っていた。


「月光院様、怪しい奴はまだ見つかりませんか?」


「どういう意味じゃ?お前はそこで何をしている。警戒にあたっていたのではないのか」


別式に月光院が問いかけると、突然笑い出した。


「ふふふ。忍び込んだ人間一人も見つけられないとは江戸城の防備も大した事はない」


「なんじゃと?」


別式はかつらと服を脱ぎ捨てると正体を現した。


「薩摩の忍び。。」


「我が名は幽玄。この大奥にはこれだけの女中がいる。そのうちの一人に変装して潜入すればほぼ見つかる事はない。とんだ盲点よのう」


「むむ。女中の一人に変装しておったとは。。これでは誰にも気づかれずに大奥に潜入されてしまうわけじゃ」


薩摩に限らず忍びは変装を得意とする。

幽玄は色白で顔立ちも女性に見ようと思えば見えるような美形であったので、少し化粧をして変装すれば女中として大奥に入り込む事は容易であったのだ。


「万理、覚悟するがいい」


「曲者じゃ、万理逃げるのじゃ」


月光院の声に別式が来るのと万理が逃げるのがほぼ同時であった。


幽玄は集まった別式は一切相手にせず、万理を追う。


「万理を助けよ。紗希が来るまで何とか時間を稼ぐのじゃ」


別式たちは幽玄の後を追うが、それに容易く追いつかれるほど甘い相手ではなかった。

 

幽玄は万理に狙いを定めていた。

月光院や別式、他の大奥女中たちには目もくれない。

目標を定めたらその一点に集中して目的から外れた行動はしない。

よく訓練されている証拠である。


「いかん。相手は万理だけに狙いを定めている」


月光院は泉凪不在で紗希が来るまでの僅かな隙を狙って来られたタイミングの悪さを悔やんだ。

追い詰められた万理は覚悟を決めて懐に忍ばせていた短刀を取り出し、鞘から抜く。


「私とて滝川ゆきの子。黙ってみすみすとやられはしない」


逆手で刀を持ち、幽玄に斬りかかるが、軽くいなされてしまう。


「無駄だ。お前の母親ならともかく、その程度では我に触れる事すら出来ぬ」


幽玄は万理を追い詰める。

それは獲物をとらえた獰猛な肉食獣のようである。


「万理、覚悟!」


幽玄が蜻蛉の構えから刀を振り下ろす。

万理はもうダメだと目をつぶった。

が、その刀は万理に振り下ろされる事はなかった。

直前で止められたからである。


「これが示現流蜻蛉か」


幽玄は渾身の力を込めて刀を振り下ろすが、びくともしない。


「ばかな。。まるで岩のようだ」


「てめえの剣は岩すら切れねえのか」


幽玄の剣は相手の剣客が軽く腕をひねっただけで弾かれてしまった。


「何者だ?」


「それはこちらが問うことだろう。お前こそ何者だ」


幽玄の蜻蛉は弾き返された。


「泉凪ですら苦戦したあの豪剣を軽々と弾き返すとは。何者なのじゃ」


月光院もその力に驚く。


「月光院様とお見受けします。私は美村紗希と申します」


「美村紗希!ではそなたが桜の」


「不肖な弟子の師匠です」


「おお、よくぞ来てくれた。礼を申すぞ」


「お礼は大奥に潜入したこの不貞な輩を退治させてからに受ける事にしましょう」


紗希が剣を下段に構える。


〔何だ?上がガラ空きではないか。まるで蜻蛉を打ってこいと誘っているような。。〕


幽玄は蜻蛉の構えをするが、いかにも誘い込むような紗希の考えが読めずにいた。


「ええい。ならば一撃でその頭を打ち砕くまでよ」


幽玄の蜻蛉が紗希の頭上に振り下ろされるが、紗希はその斬撃を下段から受け止め弾き返す。

一度ならず二度までも蜻蛉を弾き返された幽玄は弾かれた腕が上がってしまいそこに隙が出来た。

だが、紗希は何かを感じたのかその場で構えをしたまま止まった。


「疾風手裏剣」


幽玄は紗希に手裏剣の乱れ投げをする。

いくつもの手裏剣を次から次へと何連投も連続して行い相手を攻撃する技であった。


「ふん。何か企んでると思ったがこの程度か」


至近距離からの連続手裏剣を紗希は剣を鋭く回転させて払い落とす。

幽玄はこの敵が並々ならぬ相手である事を悟った。


「何者か知らぬが、稀に見る強敵」


すでに蜻蛉を二度破られている。

幽玄は示現流の理念でもある一度刀を抜いたら相手を倒すまで納刀しない鉄則を打ち破って納刀した。

この強敵を倒すのに居合い抜きの一撃に賭けたのである。


「懸命な選択だな。褒めてやるぜ」


紗希もそれに応じるように納刀する。

両者は互いの間合いギリギリの位置で向き合い構える。

一瞬の静寂がその場を支配する。

その静寂を破ったのは幽玄であった。


瞬殺烈風しゅんさつれっぷう


幽玄の居合い抜きが放たれ、凄まじい速度の剣は紗希の首筋目掛けて向かっていく。


「勝った」


幽玄がそう思った瞬間、紗希の居合い抜きが発動する。


美村流抜刀術神威みむらりゅうばっとうじゅつかむい


先に放った幽玄の居合い抜きを遥かに凌駕する超神速の居合いは光が一閃されたかのごとく一瞬のうちに幽玄の身体を袈裟斬りで斬り裂いた。

断末魔の悲鳴と血飛沫が舞い散り、幽玄は斬り倒された。


「雑魚・即・斬。ってところか」


「おお。。」


あまりの見事さに月光院も感嘆の声を上げる。


「桜と泉凪が苦戦している薩摩山くぐり衆をこうも簡単に打ち倒すとは。まさしく鬼神の如き強さじゃ」


「紗希様、危ないところをお助け頂き、ありがとうございます」


「間に合って良かった。怪我はないか?」


「はい。おかげさまで」


万理の無事を確認すると紗希は月光院に平伏する。


「月光院様、到着が遅れました事をお詫び申し上げます。上様の命により紀州より馳せ参じました美村紗希と申します。どうぞお見知りおきを」


「桜から話は聞いておる。頼もしい味方が来てくれて心強いく思う」


「桜は私をどのように紹介してくれたのですか?」


「男だか女だかわからない奇人じゃと」


月光院の言葉に紗希の眉がヒクヒク動く。


〔あの野郎、今度会ったらぶっ飛ばす〕


こうして薩摩山くくり衆の四人目も紗希によって倒された。

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