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江戸の雪月花 〜さくらの剣 第二部〜  作者: 葉月麗雄
第二章
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山くぐり衆の頭領

「半兵衛様、誠に言いづらい事でございますが、睦月が鬼頭泉凪に敗れました」


「睦月が敗れただと」


半兵衛の語気が荒くなり、場の空気が凍りつく。


「我らが要注意人物と見ていた大奥別式の鬼頭泉凪に不覚を取ったようでございます」


如月がそう報告をあげても頭領はしばらく腕組みをしたまま何も発しない。

部下たちの前では常に能面を付けて素顔を晒した事のない人物の表情をうかがい知る事が出来ずに、如月たちは平伏して次の言葉を待つ。


「それは油断からか。それとも相手の力が我らの予想を上回っていたからか」


ようやく発した言葉は敗因の分析であった。

この一味の長である如月が答える。


「鬼頭泉凪の実力を我らが侮っていたと言わざるを得ません。一度戦っていたという油断もございました」


「ならば次は油断なく真剣に戦うという事だな」


「はい。必ずや半兵衛様のご期待に応えて鬼頭泉凪と御庭番を葬って見せましょう」


「これ以上の敗北は数的にも厳しくなる。わかっておろうな」


「はっ!」


如月にそれだけ言うと半兵衛は涼風に言葉をかけた。


「涼風、その顔の布を取ってみよ」


突然の言葉に涼風は動揺する。


「え?何かお気に触る事でも申し上げましたでしょうか?」


「何故取れぬ?言ってやろうか。それはお前が涼風ではないからだ」


半兵衛の投げた匕首が顔を覆っていた布を切り裂くと茉衣の顔があらわになった。


「もうばれてしまったか。さすがは頭領なだけあるな」


「お前は何者だ?よくぞ我らの隠れ家まで乗り込んで来たものよ」


半兵衛は如月たちを睨みつけた。


「お前たち見抜けずにまんまと騙されてここまで案内してきたな。未熟者どもめ」


如月、幽玄、白夜の三人は動揺した。


「ばかな。。」


「この涼風という男の姿を借りていればお仲間が寄ってきてここまで案内してくれるだろうと思っていた。ご苦労さん。あんた半兵衛といったな。お初にお目にかかる。私は三日月党の赤薔薇」


「ほう、小田原の暗殺集団と名は聞くが、わしも初めて対面したのう。その三日月党が何の用だ」


「薩摩山くぐり衆の頭領の実力を知るために来たのよ」


茉衣の言葉に半兵衛は笑い声をあげる。


「わははは。これはこれは。こんなお嬢様にお手合わせを願い出られるとはこの村田半兵衛もまだ捨てたものではないのう。如月、お前たちは別の隠れ家に移動しろ」


「ですが、半兵衛様。。」


「行けと言うのが聞こえなかったのか?」


半兵衛が能面越しに睨みつけると如月たちは恐れ慄き、「は、はい。では先に失礼致します」とその場から立ち去った。


「村田半兵衛、行くぞ」


ダン!という強力な足音と同時に茉衣の剣が鞘から抜かれて半兵衛に斬りかかる。


「わしを涼風と同じに考えてもらっては困るな」


半兵衛はふわりと宙を舞った。

六尺〔百八十センチ〕はあろうという巨体がまるで軽石のように身軽さで飛んだのを見て、茉衣も内心驚いた。


「あの巨体でなんて身軽さだ」


茉衣は素早く反転すると、着地した半兵衛に再度斬りかかる。


二乃型飛龍にのがたひりゅう


茉衣の逆袈裟斬りが決まったかに見えたが、まったく手応えがない。

茉衣はその手応えから逃げられたことを悟った。

茉衣が斬ったのは半兵衛の上着だったからだ。


「。。まんまと一杯食わされた。飛んだと見せかけて石に服を包んで上に投げ、こちらがそれに気を取られた隙にこの場から立ち去る。忍びの者が使う変わり身の術。。こんな古典的な技に引っかかるとは」


茉衣は悔しがったが、敵も見事なものでまったく気配さえ感じなかった。


「仕方がない。とりあえず頭領の名前が村田半兵衛とわかっただけでも収穫としよう」


茉衣はため息をついて山くぐり衆の隠れ家から立ち去った。



「半兵衛様、倒さなくて良かったのですか?半兵衛様のお名前とこの隠れ家が判明してしまいましたが」


如月が危惧するが半兵衛は何食わぬ顔と言った態度であった。


「構わぬ。我らの相手は吉宗の御庭番。三日月党などという亡霊と戦ったところで一文の徳にもならぬわ。そんな事で命を落とした涼風が愚かよ。お前も本来の目的を外れた行動は控えよ。


それに隠れ家など他にいくらでもある。彼奴は徳川桜を敵討ちを狙っているなら、わしの名を御庭番に教える事はないであろう。


仮に教えたとしてもそれならそれで良い。御庭番がのこのこ出向いて来たところを一気に叩き潰せる機会が出来るからな」


如月は確かにそうだと納得した。

我々は御庭番と戦いに来ているのだ。三日月党の残党などと戦って命を落とすような事になれば単なる無駄死にである。


赤薔薇は強敵である事は涼風が葬られたのを見てもわかる。

目的を外れた無用な戦いは避けよという半兵衛の命令は妥当なものであった。


⭐︎⭐︎⭐︎


「薩摩山くぐり衆の一人を倒したか」


泉凪の報告に月光院もまずはほっと胸を撫で下ろしたが、すぐに気を引き締めた。


「まだ一人倒したに過ぎぬ。吉宗殿の話では相手は六人。あと五人残っておる。一人倒された敵は死に物狂いで来るであろう。益々気を引き締めなければならぬぞ」


「はい、承知しております」


一方で大岡越前の元には源心が倉橋玄庵の一件について報告に上がっていた。


「玄庵の診療所に不自然な遺体?」


「はい。倉橋玄庵と玄庵に雇われていたと思われる浪人の遺体以外にもう一人バラバラになった遺体がごさいました。この人物が何者かまだ特定出来ておりません。私の推測ではございますが、これは忍びの者ではないかと」


「忍び?何故そう思ったのだ」


「はい、忍びは任務で誰かと戦い敗れた場合、己の遺体が見つかって正体を見破られないために火薬を使って自爆する者もおります。これはその状況に当てはまりますので」


「もしや薩摩山くぐりではあるまいな」


「その可能性もあります故に慎重に調査しております。もしそうであれば赤薔薇が山くぐり衆を倒した事になります」


「仮にそうだとして、赤薔薇と山くぐり衆が何故戦うのか理由がわからぬな。もしや偶然出くわして戦いになったのかも知れぬ」


「私もそのように考えております」


「源心、引き続きその件を調査してくれ。もし山くぐり衆だったとすればもう一人減った事になり、我らとしては幸運か舞い込んだ形になる」


「はっ!」

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