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江戸の雪月花 〜さくらの剣 第二部〜  作者: 葉月麗雄
第二章
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抜・即・斬

長屋の屋根から忍びらしき人物が現れた。

全身黒装束の男は江戸城に向かおうとしていたが、玄庵の診療所の近くに差し掛かったところで、殺気に気がついて様子を見るために一度屋根から降りた。


「この長屋から殺気と血の匂いがする」


忍びは耳と鼻が効く。

血の匂い、足音、気配には特に敏感であった。

それが敵を倒して自分の身を守る武器になるからだ。


「戸が開いている」


忍びは慎重に中に入ると目の前には自分の同じような赤い布で顔を隠した人物が立っていた。


「何者だ?」


「赤薔薇。そういうお前も何者だ?」


「赤薔薇だと?我は薩摩山くぐり衆。涼風。面白い、ここで噂の赤薔薇に出会えるとは思うてなかったぞ」


「こっちは面白くもなんともない。無駄な時間を使わせやがって。山くぐり衆とか言ったな。今日、私の前に現れた事を呪うがいい」


「ちょうど良い、御庭番の前に腕試しでお前から始末してやる」


居合い抜きの構えを見せる涼風に茉衣は下段の構えを見せる。

強力な足音と脚力で一気に茉衣との間合いを詰めると膝が地面に着くほどの地を這うような低い体制から剣を抜き逆袈裟斬りを撃ち放つ。


秘剣水面鳥ひけんみなもちょう


示現流の居合い抜きはばつそくざん

抜いたら一撃で相手を仕留めると言われている。


「おっと」


低い姿勢から放つ居合い抜きからの攻撃は茉衣も得意としている。

茉衣の剣が涼風の居合い抜きを受けると同時に手首を捻り、相手の刀を弾き返して手首を斬り込む。 

涼風もその攻撃をすぐさま察知して腕を引いてよける。

涼風の剣を弾き返した茉衣は次の攻撃が上段からの蜻蛉である事は予想がついていた。


「一撃は確かに鋭く重いが、その程度の斬撃を撃てる者なら三日月党にもいる」


「三日月党?お前は三日月党の人間か。道理でこのような暗殺をおこなっているわけだ。小田原の暗殺集団と呼ばれた実力のほど、見せてもらおう」


涼風は蜻蛉の構えを見せる。

蜻蛉は独特の構えから真っ向斬りを振り下ろす示現流必殺の剣である。

一撃で相手の刀もろとも頭を撃ち抜くような斬撃が特徴である。

涼風が渾身の力を込めて剣を振り下ろす。


二乃型飛龍にのがたひりゅう


茉衣は上からの斬撃に下段からの逆袈裟斬りで対応した。

並の剣客から刀ごと吹き飛ばされて身体を真っ二つに斬られていたであろう蜻蛉の斬撃を茉衣は受け止めた。

刀と刀がぶつかり金属音が鳴り響かせる。


「受け止めただと」


蜻蛉が受け止められて信じられない表情の涼風に茉衣はしてやったりの顔をする。

二人はいったん距離を置いて互いに睨み合う。


「小田原で不知火の馬鹿力を受け続けていた甲斐があったな」


茉衣は怪力自慢の不知火と何度も手合わせをしていたので、蜻蛉の威力に打ち負ける事なく受け止められた。


八乃型螺旋はちのがたらせん


今度は茉衣が突き技を繰り出す。


「ただの突きだと?ならば弾く」


涼風は茉衣と同じように受けたと同時に手首を返して剣を回転させ弾こうとした。

だが、弾いたと思った剣は再び涼風に向かって斬りつけて来る。


「うお!」


茉衣は相手が剣を回転させて弾く事を予測して自分も剣を回転させた。

これにより本来なら刃と刃がぶつかるところを茉衣の剣は峰が涼風の刃とぶつかり、弾かれずにそのまま向かっていく。


これは刀が反っているため互いの刃がぶつかれば、反りの曲線で弾く事が出来るが、峰は逆反りになるため弾かれずにそのまま相手を突く事が可能になるからだ。

涼風は後ろにのけ反り茉衣の一撃を辛うじてかわした。

茉衣は三日月党の使う剣技以外に自身の編み出した技をいくつも会得している。


「小手先の技は避けられるんだな。だが次の一撃で勝負を決めてやる」


茉衣はそう言うと刀を納刀して居合い抜きの構えをとった。

示現流は一度剣を抜いたら相手を仕留めるまで剣を納めない。

涼風も一度抜いたからには居合い抜きのために納刀する考えはなかった。


「そんな形式にこだわってるカチカチ頭が。その時の状況次第だろう」


両者の間合いはおよそ十メートル。

どちらもひとっ飛びで相手の懐に入れる脚力を持つ。

蜻蛉の構えと居合いの構えでしばらく睨み合う茉衣と涼風。


今度は茉衣が強力な足音と共に地面を叩き蹴るように一気に前に出て居合い抜きから剣を抜き放つ。


六乃型玲瓏ろくのがたれいりょう


「もらった!」


涼風か渾身の力を込めて放った蜻蛉は確実に茉衣の頭上を捕らえた。はずであった。

だが、茉衣はそこからさらに動きが伸びた。

最初の一歩も強力な脚力であったが、二歩目がさらに強い踏み込みによる二段階の加速であった。


茉衣の利き足は左。一歩目の右足より二歩目の左足の方がより強力な蹴りと推進力を生んだ。

蜻蛉が空を切り茉衣の居合い抜きからの一撃が涼風の身体を斬り裂き、涼風は血飛沫とともに地面にひれ伏すように倒れた。


「お前たちの剣は抜・即・斬〔抜く、即、斬られる〕だったな」


茉衣の皮肉を聞きながら涼風は最後の力を振り絞って持っていた火薬に火をつけた。


「こいつ。。まずい」


茉衣は急いでその場から離れると僅か数秒後、大きな爆音が辺りに鳴り響いた。


「自分の遺体が発見されれば薩摩の忍びという事が露見する。それを嫌って自爆したな。これが忍びの末路とも言うべき死に方なのかも知れないな」


茉衣はふと姉の事を思い出した。


「姉さんもこんな最後を迎えたのだろうか。。」


いや、三日月党は自爆するような爆薬は持たされていないし、大奥での戦いだ。

遺体はそれなりに丁重に葬られているだろうと思い直していた。


「そうだ!こいつの服を借りて少しばかり調べてみるか」


茉衣はとっさにある事を思いついた。

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