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江戸の雪月花 〜さくらの剣 第二部〜  作者: 葉月麗雄
第二章
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悪徳医者を葬れ

「赤薔薇、お願いです。お父さんの仇を討ってください」


小さな少女の祈りを茉衣は遠くから見つめていた。


「あんたのお父さん、どうしたんだい?」


突然の背後からの声に少女は驚き振り返ろうとするが静止させられる。


「振り向いちゃいけないよ。姿を見られたら仇を討てなくなる。それでもいいのかい?」


「わかりました」


「で。お父さんはどうしたんだい」


「はい。私のお父さんは立花左衛門という町医者でした。お金に困っている人たちには無料で診療していたんです。そうしたら同じ町医者の倉橋玄庵という人が患者をお父さんに取られたと嫌がらせをして来ました。


玄庵は高い診療と薬で儲けていた医者でしたので、評判は良くないのは私も知っていました。

それでだんだん患者が減って来たのをお父さんの無料診療のせいだと言いがかりをつけて来たんです。

お父さんは無視していました。


そうしたら玄庵は浪人風のお侍を三人連れて来ていきなりうちの診療所に乗り込んで来たんです。

そして口論の末に浪人の一人がお父さんに斬りかかりました。お父さんはその場に倒れて、玄庵と浪人たちは笑いながら去っていきました。


お父さんはその日の夜に亡くなりました。何にも悪い事していないのに。

悪い奴らが平然としているのはおかしいです。だから赤薔薇にその浪人と倉橋玄庵を討ち取ってほしい」


「なるほど。事情はわかった。だけどあんたお金を持っているの?悪いけど私は無料の仕事は引き受けないよ」


「ここに一文銭で百文あるけど。。これしか無くて。足りない分は一生働いて返します。これでどうかお願いします」


「わかった。百文で手を打とう」


「ありがとうございます」


少女は赤薔薇にお礼を言ってその場を立ち去った。


「倉橋玄庵に浪人三人か。。」


⭐︎⭐︎⭐︎


翌日から茉衣は倉橋玄庵の情報を集めて回った。

少女の言う通り、評判の良くない町医者で叩けばいくらでも埃が出て来そうであった。


「浪人三人組はどこにいるんだ。こりゃ診療所に入るしかなさそうだな」


茉衣は患者を装って玄庵の診療所に入り込んだ。


「先生、すみません。急にお腹に差し込みが来て」


「おお、若いお嬢さん。それはお困りでしょう。さあ、こちらへ」


玄庵はいかにも外面の良さそうな笑顔で茉衣を診療所に招き入れる。


「どこが痛むのですかな」


「この辺りです」


茉衣が適当にお腹を指差すと、その部分を触りまくる。


〔気色悪い。。我慢我慢。。〕


「娘さん、これはいけない。食あたりですな。すぐに薬を処方するんでしばらくお待ち下さい」


玄庵はそう言うと薬を調合し始めた。


〔仮病なのに食あたりのはずがないだろう。ヤブもいいところだな〕


茉衣はそう思いつつ部屋の中を見渡すと不審に思う部分があった。


〔天井が低いな。表からみたら屋根は高かったと思うが〕


三日月党の村の出身である茉衣には天井裏に隠し部屋があるのではとすぐに予想がついた。

外からはわからないが、屋根裏に隠し部屋があって、浪人たち三人はそこに匿われてるという事だろう。


〔なるほど。さすがに人を斬ったとなると奉行所が動くからな。ほとぼり冷めるまで匿っているわけか〕


そうしているうちに玄庵が薬を持って戻ってきた。


「娘さん、これを一日一回夜に飲みなされ。そうすれば差し込みは収まるでしょう」


「ありがとうございます」


「お代は二朱になります」


「に、二朱って高くないですか?」


二朱は五百文で、茉衣の店の団子が四文で買える事を考えると桁違いの値段であった。


「お嬢さん、この薬は長崎から仕入れた南蛮渡来の高価な物でね。それくらい頂かないとこちらも商売をやっていけませんので」


玄庵の目が怪しく光る。

茉衣は考えたが、この薬がどんなものかも確認したかったので仕方なく代金を支払う事にした。


「わかりました。今ここには百文しか持ち合わせがありません。明日残りを持ってくるので今日はこれを手付け金という事でご勘弁頂けますか」


茉衣はこれでダメならこの場で斬り捨てる事も頭にあったが、玄庵は意外にもそれでいいとの返答だった。


「ようござんす。では明日必ずやお待ち下さい」


診療所から出た茉衣は受け取った薬を指先で舐めてみた。


「何だこりゃ。ただの炭じゃん。南蛮渡来とはよく言ったもんだ。こんなんで高額の金をせしめてるとは。。」


茉衣は決行日を今夜と決めていったん玄庵の診療所から引き上げた。


「あの女、もしや公儀隠密ではないだろうな」


玄庵は屋根裏から浪人の一人を呼び出した。


「先生、今の女の後を追ってくんなせい。公儀隠密かも知れません」



茉衣は診療所を出たところから後をつけられているのに気がついていた。


「ほう。私が怪しいと睨んだか。さすがに悪どい事をやっているだけあって用心深いな」


茉衣は町から大通りから少し離れた小さな神社へと向かう。

浪人もその後を追うが、神社まで着いたところで見失ってしまった。


「どこに行きやがった」


浪人が辺りを見回していると、背後に気配を感じた次の瞬間、背中から袈裟斬りで一刀両断された。


「まずは一人。残るは今夜だな」



玄庵は町外れの神社に浪人の遺体が発見されたと聞いてすぐに確認しに行くと、すでに役人と野次馬でごった返していた。

遠目から役人が確認中の遺体を見ると間違いなく自分の雇った浪人の一人であった。

玄庵が驚いていると、役人たちの話し声が耳に入ってくる。


「またも一太刀でやられている。これは赤薔薇の仕業だな」


〔赤薔薇だと!あの女が赤薔薇だったのか〕


玄庵は自分が赤薔薇に狙われた事を知る。


「赤薔薇め。返り討ちにしてくれるわ」



その夜。

ドン!という戸を打ち破る轟音が家に鳴り響き、玄庵は驚いて入り口に向かうと赤い頭巾に黒の着物。

噂に聞く赤薔薇がそこに立っていた。


「倉橋玄庵だな。立花左衛門の仇討ちをさせてもらうよ」


赤薔薇の出現に玄庵は急ぎ部屋の奥に入って浪人たちに助けを求めた。


「先生たち、赤薔薇が現れました」


玄庵の声に浪人たち二人は隠し部屋から階段を使って降りて来た。


「こいつが赤薔薇です。始末して下さいまし」


玄庵に言われるまでもなく浪人たちは刀を抜く。


「赤薔薇、覚悟してもらお。。」


浪人たちがそう言い終わらないうちに赤薔薇は猛然と二人の中に突っ込んでいく。


六乃型玲瓏ろくのがたれいりょう


居合い抜きの一刀で一人の浪人を斬り倒した。


「何だと!」


その速さに驚く間もなく次の一太刀が残るもう一人浪人に襲い掛かる。


五乃型火輪ごのがたかりん


左右の一文字斬りでもう一人の浪人も一撃の元に葬り去り、倉橋玄庵は恐怖で青ざめる。


「お前に殺された立花左衛門も同じように恐怖の中で死んでいったんだ」


赤薔薇は上段の構えから玄庵を一刀両断した。

断末魔の悲鳴と共に玄庵は床に倒れた。


「仕事完了」


血ふりをし刀を納刀する。


「おっと。昼間の百文は返してもらうぞ。炭に百文なんて払いたくないからな」


金庫から百文を取り、玄庵の診療所から出ようとした時、思いがけない事が起こった。


「表に誰かいる!」


茉衣は小さく舌打ちした。

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