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江戸の雪月花 〜さくらの剣 第二部〜  作者: 葉月麗雄
第二章
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泉凪vs睦月

吉宗の報告に月光院と泉凪は気を引き締めた。

美村紗希が来てくれる事は大きな救いであるが、この大奥にも造作もなく侵入出来る相手である。

一人だけでなく二人以上で来る事も想定されるたけに決して楽観は出来なかった。


何より二人とも美村紗希の実力を見た事がない。

桜の師匠だから相当な腕であろうと予想はついても己の目で確認せねば安心は出来ないというものである。


「上様のお話では紗希さんは今、六郷の川を渡っている頃で江戸入りするのは明日の夜であろうと。それまでに薩摩の忍びが攻めてこないとも限りません。引き続き警戒にあたります」


「頼んだぞ泉凪」


「月光院様、いざとなれば私も戦います」


「万理。お前は母と違い剣も柔術も身につけておらぬと聞いておるが」


「母には到底及びませんが、自分の身を守るための最低限の護身術は母から教わっております」


「しかしのう。。」


月光院は最低限の護身術と聞いて疑問を感じた。

それは万理が自分たちを不安や心配させないために言っているのではないかと。


「万理、私たちを心配させぬためにそう申しておるのなら余計な事は考えなくてよい。大丈夫。泉凪もいるし何より桜の師匠が来てくれるのじゃ。お前は戦うよりも自分の身の安全を考えるがよい」


「ですか、月光院様。。」


「ならぬ。お前にもしもの事があったら私は母であるゆきにも高遠にいる江島にも、今生はおろか黄泉の国とやらでも合わせる顔がないわ」


月光院に強い口調でそう言われ、万理は拳を握りしめた。

不服はあったが、御台所である月光院の言葉は絶対である。


「結局は私の力不足。守られてばかりでみんなの足を引っ張っているだけ。。」


万理はいっそ自分がいなくなれば薩摩は月光院や泉凪たちを襲う事もなくなるだろうかと考えていたが、それを見透かしたように泉凪が声を掛けてくる。


「万理、お前まさか自分がいなければ薩摩は襲って来ないなんて考えていないだろうな」


「泉凪?」


ズバリ心の中を言い当てられて万理は言葉が出てこなかった。


「薩摩の狙いは万理だけじゃない。御庭番と別式である私もなんだ。お前が一人で抱え込んで自分さえいなくなればなんて考えているんだったら大きな間違えだぞ。たとえお前がいなくとも薩摩は私たちを狙ってくるたろうよ。だから何も心配するな」


「泉凪、ありがとう」


「万理が将来、江島様の代わりに月光院様をお助けする役目を担えるようになる事が恩返しだと思うよ」


「私が、旦那様の代わりに。。」


万理はまさかと思う。

万理にとって江島は雲の上の存在であった。

あれほどのお方に巡り合う事はもうないであろう。そのお方の代わりなど自分に務まるとは思えない。

しかし月光院にはこれまで世話をしてもらった大恩がある。


「私に旦那様の代わりなどとても務まるとは思えないけど、こんな私でも御台様のお役に立てるのいうのであればこれまでお世話になった恩返しを少しでもしたいと思うだけ」


「それでいいと思うよ。私も江島様というお方にお会いした事はないけど、大奥でその名を残すほど凄い人にお互い少しでも近づけたらいいな」


二人がそんな話をしているところに月光院がこちらに向かって歩いて来る。


「月光院様」


「泉凪、お前は桜を助けてやるがよい」


「よろしいのですか?」


「美村紗希が来てくれるならこの大奥は大丈夫じゃ。お前は桜とともに行動し、薩摩忍軍を退けるのだ」


「しかし、紗希さんを桜の元へ行かせた方が師弟同士だし、よろしいのでは?」


「上様曰く、紗希は我々の最終兵器だそうじゃ。「あれにはいざという時に出て行ってもらう」と申されていた。紗希がいるという安心感で不安なく戦えるようにするのが第一だと。まずは私たちの力でという事じゃな」


「そういう事であれば。では私は早速桜の元へと向かいます」


泉凪が早速桜の元へと向かうと月光院は万理に頭を下げた。


「万理、さっきは語気を強めてすまなかったな。私は江島を失って久しい。この上お前まで失いたくはないのじゃ」


「月光院様、頭をお上げ下さい。私こそ月光院のお気持ちも知らずに申し訳ございませんでした。もうあのような事はもう申しません。この身を守る事を第一に考えます」


泉凪と話したように、万理はいつか自分が御年寄筆頭となり江島の代わりに月光院を支えるとこの時心の中に決めたのであった。


⭐︎⭐︎⭐︎


桜は赤薔薇警戒のため他の御庭番たちと江戸の街を見回りしている。

泉凪はとりあえず一度自分の道場に戻ろうと歩いていたが、背後に違和感を感じて立ち止まった。

江戸城を出たところからずっと感じていたが、後をつけられているようだ。


「誰だかわからないが、姿をあらわしたらどうだ?」


泉凪の呼びかけに応じるように相手は姿を現した。


「お前は!」


「山くぐり衆睦月むつき。この前は不覚を取ったが、約束通りその首をもらい受けに来た。ちゃんと首は洗っておろうな」


「その言葉、そのままお返ししよう。今度こそお前を仕留める」


三日月党もそうだったが、薩摩の忍びも自身の名を名乗った以上は確実に相手を仕留めるという事か。

泉凪はそう考えていた。


両者は互いに鯉口を切り、刀を抜く構えを見せる。

すでに一度相対しているだけに互いのやり方は掴めている。


一乃型明鏡いちのがためいきょう


泉凪が先に仕掛けるが、睦月は一度見た明鏡を素早くかわすと刀を抜き、泉凪にお返しとばかり一文字斬りを仕掛ける。

泉凪も示現流の剣は蜻蛉に限らず一撃が強力な事は先刻承知であった。

泉凪は睦月の一文字斬りをかわすと思われたが、受け止めた。


泉凪もまた睦月の剣を一度受けている。

冷静に対応すれば、剣速も剣の威力も三日月党の夢幻ほどではない。


「どうした?まさかまだ小手調べというんじゃないだろうな」


泉凪の挑発に睦月はにやりと笑みをこぼす。

だが、その笑みは僅かに引きつっており、殺してやるという殺気に満ちたものであった。

睦月の鋭く重い攻撃を泉凪は受け流すように捌いていく。


十合、十五合と打ち合うが泉凪には最初の時と違い余裕が見られる。

ここは大奥ではない。月光院や万理を守りながらではなく一対一の戦いなら泉凪が一枚上であった。


「余裕がなくなって来ているようだな」


「それはどうかな」


睦月が泉凪を睨みつけると泉凪は身体が異変を起こした事に気付く。

目の前には蝶が飛んでいるのが見える。

そんなはずはない。何かの幻影か。

泉凪がそう思った瞬間にガクンと身体がいう事をきかなくなる。


「なんだ。。急に身体が重くて動きが。。」


それを見越した睦月が斬りかかってくる。


「くそっ」


動きが鈍くなった身体を無理矢理動かして泉凪は睦月の剣をかわした。


「ほう、鏡花胡蝶きょうかこちょうを受けて動けるとはさすがに大奥を守る別式だけあるな」


「これは催眠術の一種か」


「普通の人間なら術にかかって幻が見えてくる。宙を舞う蝶がな。そして頭の中に自分で自分を突き刺す暗示が流れてくる。あとは我が手を下さずとも勝手に自分で死ぬというわけよ。だがお前はさすがに大奥を守る別式。暗示まではかからなかったようだな」


「小賢しい技を」


泉凪は気合いを入れると身体にかかっていた縛が取れる。

睦月の技は一流の剣客相手にはせいぜい動きを鈍らせる程度の効果しかないようだ。

だが、それだけでも充分であった。


「次の一撃で勝負を決めてやる」


睦月が再び蜻蛉の構えを見せる。

泉凪はそれを見て刀を納刀し、居合い抜きの構えを見せる。


「居合い抜きか。笑止。剣を抜いた時にはお前の頭は真っ二つに斬られておるわ」


睦月はさらに剣を高く上げる。


「鏡花胡蝶」


睦月の催眠術を泉凪は「はっ!」と気合いで弾き飛ばしながら前に出る。


終乃型久遠ついのがたくおん


泉凪は睦月との間合いを一気に詰めて最終奥義である居合い抜き久遠を放った。

睦月も泉凪の居合い抜きのタイミングに合わせて剣を振り下ろした。


剣と剣がぶつかり合う金属音が鳴り響く。

両者の剣は互角であった。

互いに相手の剣の威力を相殺させるために手首を返して刀を反転させ、弾き返す。


「もらった!蜻蛉二連撃」


睦月が再び蜻蛉を振り下ろそうとした時、泉凪の剣が右手から左手に持ち替えられた。

終乃型久遠は二段構えの必殺技。

一撃目の居合い抜きがかわされても刀を左手に持ち替えて瞬時に次の攻撃に移れる。


泉凪は左手で刀を切り替えして左一文字斬りへの連続攻撃に繋げた。

この予想外の攻撃には睦月も対応できず、胴を真一文字に斬られて血飛沫が舞い散り、膝から崩れ落ちるように倒れた。


「お前など夢幻の足元にも及ばない。お前は薩摩藩から外に出た事がない。私は数多くの強敵と戦って来た。その差だ」


泉凪の心の中にあったのはかつての強敵の面影であった。

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