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江戸の雪月花 〜さくらの剣 第二部〜  作者: 葉月麗雄
第二章
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大きな援軍

「お久しゅうござりんす。朝霧姉さん。紅玉姉さん」


花香が頭を下げた先にはかつて玉屋のお職であった二人の姉がいた。


「白菊。いや、今や吉原一の花香太夫はなかたゆうだったね。うちらはあやめとあかねで呼んでくれていいよ」


元吉原太夫の朝霧ことあやめと紅玉ことあかねの二人は身請けで晴れて吉原の大門を潜り抜けて以来、久しぶりに玉屋に来店していた。


「花香、話というのは他でもない。桜さんたちを狙う薩摩山くぐり衆の頭領らしき人物がわたしらの網に掛かった」


あやめの後にあかねが続けて話す。


「私たちは桜さんに大恩のある身。いつか恩返しが出来たらと吉原にいた時からの交友関係を辿って薩摩の動向を探っていたところに今回掛かったというわけさ」


「わっちとて桜姉さんの力になりんすなら協力は惜しみんせん。姉さんたちが手助けしてくれなんしたら千人力でありんすよ」


「お里さんもよろしゅうござりんすな」

二年ぶりに廓語〔ありんす言葉〕で話しかけたあやめにお里はにこりと笑って答える。


「あやめにあかね。二人とも久しぶりだけどまだ太夫だった時の威厳は衰えてないようだね。この玉屋は先代霧右衛門の犯した罪のせいで本来ならお取り潰しになるところを桜姫に救ってもらったんだ。


今こそ見世をあげてその恩を返す時。見世の連中で使える者はみんな使っていいよ。金が必要ならいるだけ言いな。二、三千両〔およそ二億〜三億円以上〕じゃこの見世はびくともしないから」


お里の言葉に四人は手を合わせる。


「まずは情報共有しようか。それから集めた情報の整理。桜さんにどれだけ多くの情報を伝えられるか。私たちの腕と吉原の情報網の見せ所だよ」


あやめが主となりあかね、花香と共に顧客から集めた情報の整理を行った。

元太夫の二人と現役最高の太夫による強力な情報網が桜たちの大きな援軍となった。


⭐︎⭐︎⭐︎


見回りのために江戸市中を警戒する桜とお庭番であったが、薩摩の忍びにも警戒の目を光らさなくてはならない。


源心と左近は見回りは龍之介と那月に任せて情報収集に奔放していた。

江戸に潜入しているで薩摩の忍びを見つけ出すのは至難の業ではある。

しかし、忍びには独特の歩き方や薩摩の人間が話す薩摩言葉なども探し出すのに有効な決め手となるため、源心と左近は街を歩く人たちにも目を光らせた。


無論、忍びである以上、江戸に入れば薩摩言葉を封印して江戸言葉(下町弁)を使うが、ちょっとしたアクセントの違いは出てくる。

こういった役目はまだ経験値の浅い龍之介と那月よりも源心、左近の方が適任であった。


しかし、桜の監視も吉宗から厳命されている二人は交代で桜にも付いた。

特に赤薔薇に出くわした際には必ず止めなければ、どちらかが倒れる事になる。

むしろ片腕の桜の方が危ういという事が二人にはよくわかっていた。


そんな桜たちの前に珍しい人物が二人現れたのだ。


「あやめさん。紅玉さんは今はあかねさんでしたね。二人でどうしたの?」


「久しぶりですね、その節はお世話になりました」


あかねがお辞儀をしながら桜に挨拶をする。


「何だかあかねさんにそんな丁寧に挨拶されると変な感じ」


「私、そんなに態度悪かったかな?桜さんから見たらそうだったんでしょうね」


あかねは思わず苦笑いする。


「いえ、そんな。あれは色々あったから仕方ないんですよ」


「昔話しに花を咲かせたいたころではありますが、今夜桜さんに会いに来たのは私たち遊女の情報網を駆使して桜さんに協力する事とその情報網からわかった事をお伝えするためです」


「あやめさん。。みんなどうしたんですか?」


突然の事に桜はそれ以上言葉が出てこなかった。


「私たちはあなたに救われた。その恩返しを少しでもしたくてね」


「そんな。。恩なんて言われるほどの事、私はやってないしみんなの努力の賜物だと思っているのに」


桜は気がついていなかった。

自分の行った事がこうして身を結んでそれが今度は自分を助けてくれるという事を。

逆に己の行為が人を傷つけたり周囲に迷惑をかける様な事であれば、その報いはどこかで恨みとなって返ってくるだろう。

自分の蒔いた種は自分で刈り取る事になる。


「桜さん、ここでは何ですから玉屋に移動しましょう。話はそれからです」


⭐︎⭐︎⭐︎


玉屋にはあやめとあかねに加えて現役太夫の花香もいて新旧太夫が勢揃いした。


「玉屋の太夫勢揃いでありんすよ」


あやめがそう言って微笑む。

吉原を知る人が見たらそれは豪勢な顔ぶれであったに違いない。

千両箱をいくつ積んだとしても揃う事のないであろう玉屋の誇る三人の元太夫と現役の太夫がいるのだから。


桜は源心と左近の二人とお里が用意してくれた裏茶屋の一室に集まっていた。

あやめが早速本題を切り出す。


「私たちの人脈を通じて入ってきた情報によれば、江戸に潜入したと思われる薩摩山くぐりは六人です。山伏の姿で江戸に入った者だけなら二十人を超えていました。この中から無関係と思われる人物を消去法で消していって残ったのが六人でした。無論、私たちの見落としもある可能性もありますので、最低でも六人と思って頂ければいいかと思います」


「六人。意外に少ないんですね。もっと大人数を率いてくると思ってました」


「まずは手探りのつもりかも知れませんね。これで幕府の御庭番を倒せるようならこれ以上は増やさないでしょうし。手強いとわかれば増援が来る可能性があります」


「随分と見くびられているのかな」


「いえ、本気で徳川に刃向かうつもりではないのでしょう。あくまでも自分たちの力試しが目的のようですね」


「こっちにしてみたら迷惑な話だわ」


「今のところという事です。薩摩はいずれ徳川に反旗をひるがえす時期を狙っていると思いますが、少なくとも今ではないでしょう。吉宗公によって再建された今の徳川幕府はかつての威光を取り戻しています。今、戦いを挑むのは得策でない事くらい一般庶民の私たちですらわかりますよ」


あやめの言葉に桜はふっと笑いが込み上げてきていた。


「桜さん、どうしました?私、何かおかしな事いいましたかしら?」


「いえ、そう言うわけじゃないんです。ごめんなさい。私は貧しい農民の出身で御庭番になっても自分は庶民のつもりでいたのに、この二年ほどのお姫様暮らしで江戸の人たちがそんな風に幕府を見ているんだと知って、私はもう庶民じゃないのかな、庶民の感覚がなくなってしまったのかなって思ったらなんだか可笑しくなってきちゃって」


可笑しいって言い方も変だと桜は言った後で思ったが、農民の子供だった自分が吉宗と出会った事により徳川の姫となっている信じられないような人生を思いおこすと他に言葉も見つからなかった。


桜は自身が徳川の姫となった事もあって外から徳川幕府を見るという視点がぼやけていた。

確かにあやめの言う通り、吉宗が将軍になって傾いていた財政は再建しつつあり、徳川家も天英院と月光院が張り合っていた時期が嘘のように安泰になっている。


「あやめさんの言う通り、上様の政策によって徳川は再び威光を取り戻してきている。今の幕府を相手にまともに戦うとは思えないわね。それで少数精鋭を引き連れて腕試しか。。見くびっている訳でも侮られている訳でもない。純粋にこっちの力を見定めようとしているんだとしたら徹底的に叩いておかないとダメね」


薩摩はいつか徳川に反旗をひるがえす機会を虎視眈々と狙っている。

そのための力試しというのなら、そんな気が起きなくなるほど徹底的に叩く。

桜たちはそう考えていた。


「あやめさんに玉屋のみんな。私たちに力を貸してくれてありがとう。万人の援軍を得た様な心強さだよ」


かつて桜が潜入調査をしていた玉屋が桜と徳川幕府に協力を申し出てくれたのだ。

吉原遊郭の遊女たちの人脈がもたらす情報網は御庭番を凌ぐだけあって、それは万の援軍を得たようなものであった。

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