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 「はあ~、面白かったわね。優的にはどうだった?」

 「映画は僕も概ね満足なんだけど……それよりもそろそろ説明してくれないかな?僕がどうして君にこんなところまで連れて来られたかを」


 ローテンポのジャズが流れ、深い珈琲の匂いが漂う静かなカフェで僕たちは向かいあって座っていた。

 校門から駅前の映画館まで走ると、丁度始まりそうだったので息つく間もなく駆け込んだ。

 それから映画を見終わると、何の説明もなくこのカフェまで連れて来られた。


 「どうしてって、映画の後はいつもここでしょ?」

 「僕が一人のときはね」


 映画が終わった後は毎回このカフェに来て、少し余韻に浸ってから帰るようにしている。

 大通りからは少し逸れた場所にあるこの店は穴場だ。今も客は僕らしかいない。

 栗にすら教えていないというのに天華院花芽は知っていた。

 さらに映画のチョイスだって絶妙だった。原作を読んだことがあるので見に行くかどうか迷っていた映画だったのだ。

 彼女は僕のことに詳しすぎる。


 「もしかして君は―――」

 「ようやく気付いたようね。そうあたしは―――」

 「僕のストーカー!だよね?」


 彼女は目を丸くして、口をあんぐり開けていた。

 思えば、常に余裕そうにしていた彼女が驚く姿を初めて見た。


 「まあストーカーが自分で認めるはずがないか」

 「違うわ!あたしは―――」

 「違わないよ。僕は君のことを知らないのに、君は僕のことを一方的に知っている。ストーカー以外の何だっていうんだ」


 一気に畳みかけた。向こうのペースに巻き込まれる前にさっさと白状させてしまいたかった。


 「それは―――」


 僕だって鬼じゃない。きちんと認めて謝りさえしてくれれば許そうと思っていた。

 せっかくの新しい生活、ギスギスしたままは嫌だ。


 彼女はコーヒーを一口飲むと、深呼吸をし、そして少し緊張した面持ちでこう言った。


 「あたしは、未来から来たのよ」

 「っ!―――……何を言い出すと思えば……わざわざそんな嘘をつかなくても―――」

 「噓じゃないわ!!本当に未来の意識を過去の自分に飛ばして来たの!今までのことだってそれで説明がつくでしょ?」


 彼女の言葉は真摯な訴えに見えた。冗談を言っている雰囲気ではない。


 「確かに辻褄は合うけど……う~ん……」


 仮に彼女が言った話が全て本当だとしたら筋は通っている。

 ただ、熱狂的なストーカーだという方がまだ現実味がある。


 「そうよね………普通なら信じられないわよね。でも、あなたは普通じゃない出来事に遭遇したことがある―――違うかしら?」

 「っ!―――君は何か知っているのか!?」


 そう、僕には心当たりがある。

 丁度一年前のことだ。僕は信じられないような出来事に遭遇した。

 僕自身、夢だったと疑いたいくらいなのだから、信じるような人はいなかった。

 そしてやり直したこの新生活では、誰にも話すまいと決心していた。

 だが、天華院花芽はそのことを知っていた。


 もしかすれば、僕のようにあの人のことを―――


 「知らないわ。何も、ね」

 「だったら君はどうして?!」

 「人づてに聞いたのよ」


 彼女は僕を指さした。


 「未来のあなたが話してくれた」

 「僕が?………でも―――」

 「結局何年経っても、あの人のことはわからなかった」


 口ぶりからして、話を合わせているだけではない。

 彼女が単なるストーカーではないことはわかった。


 だとしても、やはり未来から来たとは考えにくいが………


 「まだ、信じられないのかしら?だったら、あなたしか知らないような秘密を―――そうね………例えば、椋田栗と初めて会ったときパンツを―――」


 彼女はにやにやしながら、僕の反応を伺っている。


 「もういいっ!!わかった!!わかったから!」

 「じゃああたしが未来のお嫁さんだって信じるのね?」

 「………まあ未来からってのは、一応…………でも、君と僕の関係については信じていないよ」


 仮に彼女が何でも知っていたとしても、話すこと全てが真実だとは限らない。


 「何だか君の仕草とか話し方はちょっと噓っぽい」

 「へ?………えと…それは―――」


 彼女が僕のことを何でも知っているのなら、僕のタイプだって知っているはず。

 だとすれば、僕の好みの女の子を装って近づいている可能性だってある。


 「こうした方があなたが喜ぶと思って…頑張ってみたのだけど……」


 彼女の纏う空気が一変する。

 もじもじしながら顔を背ける天華院さんは、清純なお嬢様そのものだった。

 不覚にも、そのギャップにどきりとしてしまった。


 「ふ~ん、こーいうのもありなんだ」

 「ちょっ、近いっ!」


 手首を掴まれ、顔をぐっと寄せられる。やっぱりこっちが素で、お嬢様っぽいのは演技なのだろう。


 「顔が真っ赤になってるわね」

 「誰だってこんなに接近したら照れるだろ」


 僕は彼女から離れようとするが、なかなか離してくれない。


 「あたしとあなたの関係性がなんだとしても一つ言えるのは、あなたがあたしを好きだってこと。それだけは絶対だよね?」

 「いや、僕そんなこと一言も言ってないし……」

 「照れながら言われても説得力がないわ。それに、朝は否定しなかったわよね」

 「それは………」


 もはや否定しても無駄かもしれない。

 そう、僕は彼女にどうしようもなく惹かれてしまっている。


 「なんかズルいよね。天華院さんは僕のことを何でも知っているのに、僕は君のことを何も知らないなんて」

 「あたしのこと知りたいのなら一つ教えてあげる」


 彼女は僕の耳元に口を寄せ、艶っぽい声で囁いた。


 「あたしもあなたのことが好きよ」


 椅子が大きく傾いた。彼女の不意打ちで力が抜けて、バランスを崩したのだ。


 「うわっ!!」


 崩れたバランスは戻ることなく、僕は椅子と共に床に激突しようとしていた。

 咄嗟に手の届くものを掴む―――天華院花芽の腕だ。


 「ちょっとっ!!―――無理よっ!!」


 か細い腕では僕の体重を支えられない。それどころか、彼女も引っ張られ落下していた。

 どしりっ、と彼女が僕にのしかかる体勢で尻餅を着いた。


 「なかなか大胆なことするじゃない」


 全身が密着している。細い体に華奢な手足、肌伝いに彼女が女の子だということを改めて実感する。

 よくもこんな細さでボディーガードたちを制圧できたものだと感心、なんて考えていなければ、理性が吹き飛んでしまいそうだ。


 「この続きも何かする?例えば………キス、とかどうかしら」

 「いやいやっ、ここ店内!!――というか、天華院さんを掴んだのもわざとじゃなくて―――とにかくごめん!!」


 半ば押しのけるように彼女から離れた。

 このまま引っ付いていたら、どうにかなってしまいそうだった。


 「優、あたしのことを花芽って呼びなさい。そのうちあたしの苗字は唸木に変わるのだし、なんだか違和感があって、距離を感じるのよね」

 「僕からすれば知り合って二日目なんだから、君の距離感の方が近すぎて困惑してる」


 倒れた椅子を戻し、再び座りなおした。

 他に客はいないとはいえ迷惑だろうなと店主の方へ目をやると、すぐに目を逸らされる。

 これからここに通いずらくなってしまった。


 「でも、嫌じゃないでしょ」

 「君、」

 「君じゃなくて花芽」


 訂正しないと喋らせてくれないらしい。


 「花芽…は、まるで自分が全て正しいみたいな言い方をするんだね」

 「ええ、あたしはもう何でも知ってるから。それにこういうのも優は嫌じゃないでしょ」

 「……どうだろうね」


 花芽は正解したと言わんばかりにふふんと鼻を鳴らす。僕の濁した返答を肯定と取ったのだ。

 近すぎる距離も上からの態度も僕に好意があると確信しているから。

 彼女の中では結婚していることになっているし当たり前なのだろう。


 「すっかり冷めてしまったわね」


 花芽はカップを手に取り、最後の一口を飲み干す。


 「そろそろ出ようかしら。日が暮れそうだけれど、この後優はどうしたい?」


 全てを見透かす瞳が僕を捉える。


 「降参、もう花芽にはわかってるんだよね。君の行きたいところなら、どこへでも付き合うよ」


 彼女から感じる胡散臭さがなくなった訳ではない。

 しかし、それ以上に彼女をもっと知りたいという感情が膨れ上がっていた。


 せっかくの新生活だ。ワクワクする方に身を委ねてもいいだろう。


 「ええ、じゃあ行くわよ。あたしの一番のお気に入りの場所」

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