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 「名前は唸木(うなき)(ゆう)。血液型はAB型で星座はおひつじ座」


 僕の自己紹介だ。

 担任に連れられ教室へ入ると、ざわついていた教室が静まり返る。黒板にチョークでフルネームを書き、担任に促され自己紹介を始める。

 一限前のホームルーム、漫画でよくある転校生がやってくるテンプレのようだった。


 ただ、唯一テンプレ通りにいかなかったのは―――


 「趣味は、SF小説を読むことと映画の鑑賞、前の学校ではウナキュウってあだ名で呼ばれていたわ。―――こんなところかしら」


 何故か僕の自己紹介を天華院(てんげいん)花芽(はなめ)がしていることだ。

 僕が話しだそうとした矢先「はいは~い、その先はあたしがします!」と出しゃばってきた。


 「あの……天華院さんは、唸木君の知り合い…なのかな?」


 担任の先生は僕以上に困惑しているようだった。


 「もちろん!優はあたしの夫―――じゃなくて…えと……彼氏?ううん……友達?知り合い?…………まあ、なんでもいいじゃない!!」

 「……そ、そう。とにかく……知っている人がいて良かったです」


 担任の様子から彼女を普段から扱いかねているのがわかる。


 「あ、それから一つ忘れてた。一番大事なことだからちゃんと言っておくわ」


 彼女は隣にいる僕の方へ向き直る。

 みんな同じ制服のはずなのに、彼女の制服姿は一段と輝いて見えた。


 「あなたはあたしのことが好き」


 ドキリとした。

 胸に渦巻く曖昧とした感情が、彼女の言葉で一つに収束してしまう。

 僕を見つめる瞳は、何もかも見透かしてしまいそうな澄んだ色をしていた。


 「そうよね?」


 僕は慌てて目を逸らす。

 気まずさを覚えながらもクラスメイトの方にちらりと目をやると、栗が凄まじい形相で僕のことを睨んでいた。

 他のクラスメイトたちは、まるでたまたまテレビで付けたドラマを見るかのようにぼけーっと僕らのやり取りを眺めている。


 「えっと……」


 僕が返答に困りどぎまぎしていると、教室の後ろの方から声が飛んできた。


 「続きはお二人さんだけのときでええんとちゃう?」


 天華院さんは、ようやく僕から目を逸らし、声の主へと向けた。


 「遮って悪いわ~。やけど、そろそろ凛ちゃんが授業始めたそうにしとるから、勘弁してやって。あ、凛ちゃんはうちらの担任な。それと、ついでに転入生君にうちの自己紹介もしとこか。うちは星野(ほしの)明日葉(あすは)、一応このクラスの委員長やっとるからいつでも頼ってな~」


 歯切れ良く心地いい関西弁だ。

 星野明日葉と名乗った彼女は、天華院花芽に負けず劣らず整った顔立ちをしている。だが、天華院さんとは違い、人当たりの良い印象があった。


 「う~ん…そうね。色々話したいことあるんだけど、後にするわ」


 天華院さんは僕にウインクをすると、そそくさと自分の席に戻っていった。

 嫌な気はしないのだが、覚えがないのに好意を向けられるというのはどうにも妙な感覚がする。


 「はいはい、凛ちゃ~ん、授業するんやろ?」

 「えっ?……あっ、そうですね」


 なんとも頼りない担任だ。


 「じゃあ唸木君の席は用意してるからそこに座ってね。あと教科書はまだ持ってないだろうから隣の人に見せてもらってね」


 凛ちゃん先生が指さす席は(りつ)の隣だった。

 僕が席に着くと、栗は無言で机を寄せてくる。


 「ありがとう。教科書を見せてくれるんだね」


 しかし、栗の机の上に載っていたのはノートだった。

 そして、見開きいっぱいにこう書かれている。


 『今のなんですか?ふざけてるんですか?』


 本来栗の字は綺麗なのだが、荒々しく殴り書かれている。


 思わず声をあげそうになったが、授業が始まっていたので口を抑えた。

 ノートの隅に小さく書いて返答する。


 『僕だって何が何だか………』


 栗はぱらりとページをめくる。


 『本当に天華院花芽と何もないんですよね?』

 『そうだけど』


 ぱらり。


 『だったらどうして!デレデレしてたんですか!』


 グサッ。


 「いったぁっ!!」


 栗は書き終わると同時に僕の手の甲をシャーペンで突き刺した。

 唐突に叫び声をあげた僕はクラス中の視線を浴びた。


 「すみません……何でもないです」


 『何すんだよ!また変な目で見られたじゃないか!』

 『ムカついたからです』


 何に怒っているのかはわからないが、理不尽だ。


 『それより、この授業が終わったら今日一日私の傍を離れないでください』

 『どうして?』

 『だって先輩、この後絶対天華院に絡まれますよ』

 『たしかにさっきのはかなり迷惑だった。だけど、僕は話しかけられても上手く躱せる』

 『本当ですかあ?』


 ノートから顔を上げると、ジトーっとした目を栗に向けられていた。


 『信じて』

 『ダメです』

 『ど~~――』


 どうして?、と書こうとした矢先、栗はペンを押しのけて上から書き込む。


 『先輩は籠絡されて、鼻の下を伸ばすからです!』


 いや、そんなことは……、と書きたいが、手でガードされて書き込めない。


 『言い訳はきかないです!』


 そっちがその気なら僕にだって考えがある。


 グサッ。

 栗の手の甲をペンで刺した。


 「いたあっ!何するんですか!?」

 「………椋田さん、どうかしました?」


 担任が授業を止め、栗に声をかける。


 「あっ、ごめんなさい……何でも…ないです」


 声は尻すぼみに小さくなっていき、最後の方は隣にいる僕にも聞こえない程だった。

 栗はこういう空気が苦手だ。

 静かな授業中に注目を浴びること自体誰だって嫌だろうが、栗にはトラウマがあるのだ。

 まあ、僕にも同じことをしたんだから、自業自得だ。

 

 この後、栗は静かになり、僕も集中して授業を受けることができた。

 そして、一限が終わり休み時間になる―――とすぐに天華院花芽が僕の席にやってきた。


 「優~!さっきの続きしよ!」

 「やっぱり来ましたか、この泥棒猫め」


 すぐさま栗が立ち上がって、僕と彼女の間を挟む。


 「りっちゃん、そこ邪魔。あたしは優に用があるの」

 「りっちゃん~?随分と栗に馴れ馴れしいじゃないですか」


 ポケットに手を突っ込み、額に皺を寄せながらガン飛ばす………と栗の脳内ではなっていそうだが、小柄な栗は下から見上げる姿となり威圧感が全くない。


 「ふんっ、あんたはどの時期でもあたしの邪魔するわね」

 「どの時期?よくわかりませんが、優先輩には指一本触れさせませんよ」

 「望むところよ!あたしを止められるもんなら止めてみなさい!」


 天華院さんが栗を押し退けようとするが、栗の方も天華院さんを掴む。

 僕の目の前で取っ組み合いが始まった。


 「そもそも先輩はあなたに迷惑してるんです!先輩からも何か言ってくださいよ!」

 「う~ん、僕としては今この状況に迷惑してるんだけど」


 二人のクラスメイトが転校生を取り合って争う。

 見世物もいいとこだ。


 「はあ?優はあたしのことが好きなのよ!気持ちが通じ合ってるの!そうでしょ、優?」

 「いや、通じ合ってはいないと思うけど」


 通じ合っているのなら、いますぐやめてほしい。


 「くっ、高校デビューお嬢様がっ!全然デビュー出来てないんですよっ!」

 「ふふっ、言ってなさい、あんたこそ万年ちんちくりんの癖にっ!」

 「なっ!万年じゃないですっ!これから成長するんですっ!あなたこそ、先輩にキャラが噓っぽいって言われてましたよっ!」

 「ふぇっ!?そんな…何年もかけて優の好みに合わせたのに……ううん、そんなの出鱈目だわっ!!」

 「ぐぬぬっ!!」

 「ええいっ!!」


 攻防は激化し、あわや周りの机が滅茶苦茶になる事態に発展しかかったが………


 「はーい、もうしまいやで」


 二人の間にそれぞれクラスメイトが立ち塞がった。


 「次、移動教室やろ。そろそろ移動せな間に合わんのちゃう?」


 星野さんが止めるよう指示したようだ。


 「ちっ、仕方ありませんね!」

 「ま、これくらいで勘弁しといてあげるわ!」


 栗も天華院さんも臨戦態勢を解いた。


 「転校生にテンション上がるんはわかるんやけど、あんまはしゃぐと他の子びっくりしてまうから気いつけな」


 星野さんはそう言うと、二人を止めたクラスメイトたちを連れ、教室を去っていった。


 「………納得いきません」


 栗がぼそりと呟いた。


 「かなりうるさかったし、仕方ないんじゃないか」

 「いや……まあいいです」


 栗は天華院さんをびしりと指さし、こう宣言した。


 「とにかく、先輩に近づかせる気はありませんから!」

 「近づくも何も優は私の夫なのだから、いっしょにいるのは当たり前よ」

 「ふんっ、勝手に言ってればいいです。行きますよ、先輩!」


 栗は僕と腕を強引に組む。


 「えっ……あっ―――準備は!?」

 「教科書は栗が見せます!」


 そのまま教室を出ると、次の授業の教室へ引っ張っていかれた。


 それから、授業中も休み時間も天華院さんはしつこくアプローチをかけてきたが、朝の一件よりはどれも大人しいもので栗に全て阻止されていた。


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