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空っぽの町。
ビルが立ち並んでいるというのに、光もなければ音もない。
町が丸ごと封鎖されたので、被害にあっていない地域もそのまま残されているのだ。
「なんか不気味だね」
僕たちは花芽の動画が撮られたビルの傍まで来ていた。
「何度も来てるんじゃないんですか?」
「いつもは周囲を警戒してなかった」
ここに来るまでに誰とも遭遇はしていない。
しかし、僕らは物音を立てないようひそひそ声で話していた。
「いると思うか?」
「周囲を確認しましたが、逃走用の車やバイクはありませんでした。いくつかのビルに分散している
気配もなし。ですが、全員が一つのビルに潜んでいるにしては静かすぎる気がします」
目的のビルは明かり一つついていない。他のビルと違いがあるようには見えなかった。
「ハズレだったとしてもどのみち探すしかないけどね」
頼みの綱はここしかないのだ。
ビルの出入り口は一階に二つ。
僕らは裏口の方へ向かった。
「敵は複数人います。極力声を出さずに、栗から離れないようにしてください」
栗は慎重に侵入する。僕もそれに続いた。
ビルは五階建てだった。
他のビルからは独立しており、二階より上に出入口はない。
そして、花芽の動画が撮影されたのは五階だ。
1フロアごとに隈なく捜索していく。敵に挟まれるのが一番危険だと栗は言っていた。
僕は栗の後ろについて背後に注意する係だ。
事前にしっかり打合せしていた甲斐あって、言葉を一切交わすことなく捜索が進んだ。
一階―――敵なし。続く二、三階も敵の気配はなかった。
四階の捜索を終えた時点でようやく違和感に気づいた。
「敵が五階に固まってるっておかしくないか」
「はい、普通なら逃走経路を確保しやすい下の階に潜伏するはずです」
栗は五階への階段の前で立ち止まった。
「どういう狙いがあるにせよ、もしここに花芽ちゃんがいるなら全員が待ち構えているはずです。覚悟してください」
「覚悟ならとっくに出来てる」
息を整え、前方に集中した。
この先に花芽がいるかもしれない。花芽に、もう一度会いたい。そして、ちゃんと話がしたい。
僕は自分の気持ちを確かめながら、栗と階段を上る。五階は階段と繋がる通路とフロアが一つだけ。通路には敵なし。後は―――
「行きますよ」
栗は小さく囁き、フロアに突入する。僕も続いて突入した。
最初に目に入ったのは、中央にぽつりと置かれた椅子。
背を向けた人が座らされている。
周囲の様子は動画と全く同じだったが、他に誰もいないのだ。
栗は警戒を解かず、低い腰で二、三歩進んで敵を探す。
しかし、人が隠れられるほどの物陰などない。
「どうやら、一人だけのようですね」
栗は警戒を解いたようで姿勢を戻した。
「一人?花芽だろ」
顔はわからないが、動画で花芽が座らされていた椅子と同じだ。それにどう見ても男の背丈ではなかった。
間違いない、花芽だ。
「花芽!今助ける!」
花芽の元へ向かおうとすると、栗に肩を掴まれた。
「怪しすぎます!罠です!!」
「罠?たとえ花芽じゃないとしても、この部屋には一人しかいないし縛られてるんだぞ」
一刻も早く助けたい、その心が頭に浮かぼうとした僅かなリスクを払い去った。
「花芽!!」
僕は栗の手を払い、花芽の元に駆ける。
足に何かが引っかかり―――
「先輩!!」
栗に押し飛ばされる。僕は倒れ、続いて栗の呻き声がした。
「何があった?」
体を起こし、栗の方を振り返る。
栗は左脚を抑えて屈み、傍にはナイフが落ちていた。
「ワイヤートラップです」
栗の手のひらの上には細い線があった。それで僕は全て理解した。
僕がこの線に足を引っかけ、ナイフが飛んできたのだ。
栗は僕を庇い、脚を怪我した。
だとすれば―――
僕は椅子の顔を確認しに行く。もちろん足元には気をつけてだが。
「やっぱり花芽じゃない」
寄せ集めのもので花芽に似せただけの偽物だった。
「ごめん、止めてくれたのに……」
僕は栗の顔を見れなかった。平和な世界に生きているが故の甘さだった。
「先輩はいつも危なっかしいんですよ。つい昔の癖で庇ってしまいました」
栗は再び立ち上がると、左脚を何度か曲げ伸ばしして動くことを確認する。
「かすり傷でよかったです」
「怪我までさせたのに、結局花芽を見つけられなかった」
想定が甘かった。犯人は今頃、僕らをあざ笑っているのだろう。
「何落ち込んでるんですか?諦めるなって言ったのは先輩ですよ。花芽ちゃんはいるはずです」
「どこに?フロアはもう全部探しただろ」
「屋上がまだです」
栗は階段の方へすたすたと歩き出した。
「屋上はありえないって最初言ってただろ?」
普通は逃走経路を確保しやすい下の階を選ぶはずだ。
屋上はもっとも逃走に向いていない。
「トラップはわざわざ脚を狙うような方向でした。おそらくは当てつけなのでしょう。本気で足止めがしたいなら、もっと急所を狙うはずです」
「本当に上にいるのなら、本気で足止めするはずじゃないのか」
「おそらく犯人の狙いは………いえ、対峙すればわかる話です」
話しているうちに屋上への扉の前まで階段を上っていた。
「さっき音をたてすぎました。待ち構えてると思っていきますよ」