26
僕と栗は駅前に来ていた。
栗はジャージ姿で家から出るなり駅前を行先に示したのだ。
「こんなところに花芽がいるのか?」
夜も更けて来たので人は減ってはいたが、駅前だけあって人の目は多い。
「いいえ、ここには花芽ちゃんはいません」
「じゃあ、何でここに来たんだよ?」
栗はここまで脇目も振らず真っすぐ僕を連れてきた。
何の考えもないとは思えない。
「移動がしやすいからです」
「やみくもに探したって見つかるわけないだろ」
「助けろって言ったの先輩ですよね?」
「そうだけど、流石に何も考えてないとは思わない」
一日中歩きっぱなしだったのと、色々あったことで僕はかなり疲れていた。
花芽を見つける前に体力切れなんて洒落にならない。
「栗は考える担当じゃないです。それに、ヒントはもう来てますよ」
栗はいきなり振り返ると、来た道を引き返して走り出す。
「少しは説明してくれ!」
僕は追いかけるので精一杯だった。
いくつかの角を曲がると、栗の目の前で黒服の男がのびていた。
「ジャージだとあんまり締まりませんね」
「倒したのか?」
「ええ」
栗はさも当たり前のように答える。
「未来人ってみんな強いんだな」
栗は倒れた男を引きずって運ぶ。
「栗は特別ですよ。なぜなら栗は優先輩専属のボディーガードでしたから」
「僕の?」
僕にボディーガードが必要だったのも驚きだし、栗が戦うことを生業にしていたのも意外だった。
「はい、先輩には何かと敵が多かったですから」
栗は僕と喋りながら自然な流れで男を壁に押し付ける。
あまりに自然な動きだったので、僕からすれば異様な行動だという認識が遅れた。
「……おい、何しようとしてるんだ?」
「何……って尋問ですけど」
当たり前のように男を叩き起こそうと、頬っぺたを何度か叩く。
「いやいや、ダメだって!!」
僕は栗と男の間に割って入る。
「この男はゲーセンで栗と会ったときからずっと先輩のこと付けてたんですよ。何をされても文句は言えませんよ」
「僕を付けてた?」
花芽の父親が僕を監視していたということだ。
「とにかく、尋問は禁止。未来だと普通かもしれないけど、今はダメだ」
栗はそのまま難しい顔を数秒間していたが、渋々黒服の男を離した。
「仕方ないです……これでヒントはゼロになりましたけどね」
「そうでもないよ。僕なんかを見張ってたってことは、まだ花芽の父親は居場所を掴んでいないってことだ」
花芽の父親が接触してから、一日が経った。
血眼になって探しているはずなのに見つかっていないということは、常識的に考えて見つかりそうな場所はあらかたハズレだということだ。
「犯人について何か知らないのか?」
「花芽ちゃんの誘拐犯は元々天華院家のボディーガードに紛れ込んでいたんです。本来であれば、先輩と出会った日に誘拐に失敗し、捕まるはずでした」
「それが分岐が変わった証拠か」
「はい。一度変わった分岐はもうどうしようもないのかもしれません」
「僕と花芽を引き離して試したからだろ」
「気づいてたんですか!?」
食堂で栗は僕に花芽に不信感を抱くような情報を与えた。
僕が花芽を拒絶することで分岐に影響を及ぼすかどうか試したのだ。
「多分栗が何をしたところで無駄なんですよ。花芽ちゃんは攫われてしまいましたから」
花芽が過去を変えたことで、誘拐されないはずが誘拐されてしまった。
「それだけで諦めるのは早いよ。とにかく、今はその犯人についての情報が知りたい。動機とか目的とか素性とか」
「後で聞いた話ですから、詳しくは知りません。ですが、目的だけは大体わかります。天華院家に恨みを持つとしたら……世界の歪み関連のことだと思います。隠蔽に関わっていましたからね」
「うーん、未来の情報があれば何かわかるかもと思ったけど、どうにもならないか」
僕は伸びている男に視線を向けた。
情報になりそうになのは、やはり花芽の父親だろう。
「やっぱり尋問しますか?」
栗が再び男を掴むので、僕は慌てて遮る。
「いや、絶対なし!」
軽くもみ合った揺れで、男のポケットから何かが落ちた。栗はすかさず拾い上げる。
「……スマホですね。しかも、個人用ではなく、天華院家から支給されたもののようです」
黒い服に合わせてか、ケースも真っ黒だった。
「花芽の父親からの連絡に何か情報が入ってるかも」
「じゃあ、どうにかしてパスワードを打ち込まないとですね」
栗はスマホをポチポチと押し始めた。
「何かわかりやすい番号になってる可能性はあるけど、当てずっぽうで開けるとは思わないけど―――」
「開きました」
「ほんとに?」
開いた画面を僕に見せつけてきた。
「何の番号を入れたんだ?」
「花芽ちゃんの誕生日です」
「そんなにベタだとは思わなかった」
栗はスマホをしばらくいじりまわすと、二人で見えるように僕の元に持ってきた。
「天華院啓曹との連絡に動画がありました」
再生する。それは、犯人から脅迫だった。どこかに捕えられた花芽の映像と、脅迫の音声が入っていた。
「くっ……」
痛ましい映像に目を背けたくなる。
「この程度でたじろいでたら、助けられませんよ。むしろあと数日花芽ちゃんが殺されないことに喜ぶべきです」
「そうだね……」
栗の言う通りだ。この動画から少しでも手がかりを見つけないと。
「……どこかのビルみたい―――」
どこかじゃない!この場所を僕は知っている。
「廃ビルだ!世界の歪みの跡地の廃ビル!!」
栗ははっと顔を上げた。
「ありえます。あそこなら人が寄り付くことがありませんから、絶好の隠れ家でしょう」
「急ごう!」
僕は目的地へ向けて走り出そうとした。しかし、栗に腕に掴まれてしまう。
「何するんだ!場所はわかったんだから、一刻も早く行かないと」
「落ち着いてください。栗たち二人で行って何になります?あとは警察なり天華院家なりに任せましょうよ」
僕は振り払おうと腕を振る。
「最後はまかせっきりだなんて嫌だ」
「先輩、それはわがままなんじゃないですか。何かを犠牲にしたくないという先輩の考えはわかりました。ですが、今は違いますよね。栗たちが助けに行くより、任せたほうが確実です。それをわざわざ無駄にするつもりですか?」
栗の言うことはもっともだ。僕がわがままを言ってることもわかってる。
だけど………
「花芽は今すぐにでも消えるかもしれないんだろ。仮に誰かの手で助けられたとしても、花芽に会えるのはかなり先になる。そのときにはもう消えてるかもしれない。このまま会えないのだけは嫌なんだ。もう一度会って、ちゃんと話したい」
時間が惜しい。消えてしまえば全て手遅れになってしまう。
「だから、わがままでも会いに行くよ」
栗は掴む力を緩めた。
「まったく、仕方ありませんね……その代わりに、着いたら栗の指示に従ってください。相手はおそらく複数人います。動画に影がいくつか映りこんでいましたから」
「わかった。じゃあ、行こう」
僕が走り出すと、栗のため息が後ろで聞こえた。
「……そういうそそっかしいところが、心配なんです」