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まず手がかりを唯一知っている可能性のある人の元へ向かった。
そう、栗だ。
「女の子の部屋なんて初めて入ったから緊張するよ」
僕は栗のベッドにふてぶてしく腰を下ろし、足まで組んでみせた。
主導権は自分にあるとできる限り表現したのだ。
「ほんと最悪。いきなり人の家に押しかけてきて、ほんと何なんですか?」
栗は椅子の背に逆向きにもたれかかっている。
僕が来るなりずっとこの姿勢で椅子の脚をゴンゴンと蹴り続けていた。
「お母さんもお父さんも本当にいい人で良かったよ。いきなり来たのに歓迎してくれるなんてね」
二人とも初対面だったが、気さくな雰囲気だった。
友だちが遊びに来たのは久しぶりだと喜んでいた。
「両親がいると栗が何も出来ないと踏んできたんですね」
「振り回されてばっかりだったからそろそろ先手を取ろうと思って」
「とりあえずベッドから降りてください。不快です。許可も出してないのに陣取りやがって」
僕はやれやれといった素振りで床に移動した。
精神的優位を見せるためにベッドを占領したが、本当はドキドキしっぱなしだった。
部屋に入るなり何だかいい香りがするし、ベッドは妙に生暖かくて、僕のよりもフカフカだった。
インテリアは女の子らしいピンクを中心の色にまとめられており、可愛らしい小物やぬいぐるみがやけに目についた。
普段と違い、栗も女の子なんだと嫌でも意識させられる。
「付きまとうなって言ったはずですよね」
栗も椅子から降りて、僕の正面で足を崩して座る。
だぼっとした部屋着は胸元や太ももが角度によっては見えそうで、動く度に視線を惹きつけられていた。
何のために来たのか思い出せ。ドキドキなんてしてる場合なんかじゃない。
自分を律すると、本題を切り出した。
「花芽がピンチなんだ。助けてほしい」
栗は僕をきっ、と睨んだ。
「先輩、バカなんですか?栗は敵ですよ」
「僕は何を恐れてたんだろうね。よく見れば、君の威嚇なんて子リス程度で対して怖くない」
栗は僕の足を踏みつけた。けっこう痛かったが、気にせず話を進める。
「僕が言いたいのは、栗は栗だってこと。敵なんかじゃない。だから話を聞いてくれ」
「先輩は何か勘違いをしているらしいですね」
次の瞬間、僕は床に叩きつけられていた。
反応できる頃には、栗は僕に馬乗りになり、両手で僕の首を締め付けている。
「その気になれば、先輩なんていつでも消せるんです」
親指で気道の位置を押し込まれる。息ができない。
「今まで手を出さなかったのは先輩が何もしなかったから。花芽ちゃんが誘拐されたのは知っています。だからといって栗は何もしませんし、先輩にも何もさせません。死にたくなければこれまで通り大人しくしていてください」
声を振り絞る。ここで諦めるわけにはいかない。
「君はっ……ここじゃ……ぐっ……殺せない……」
僕の言葉で、栗は喉を解放した。
「そうですね。でも、先輩にエッチを強要されたって叫ぶことならできますよ」
たしかに今は男女で部屋に二人きり。僕は弁明のしようがないだろう。
「この状況だと君が襲ってるようにしか見えない」
「じゃあ―――」
視界がぐるっと回る。気づけば、僕が栗に覆いかぶさる体勢になっていた。
「この状況は言い逃れできませんね」
「すいませんでした!!」
僕は両手を上げて、痴漢してませんポーズを取る。
「わかりましたか?酷い目に会いたくなければ、帰って大人しくしていてください」
「僕が君に敵わないのは十分わかった。でも……お願いします!話を聞いてください!!」
栗が無慈悲な暗殺者だったら、僕にはどうしようもなかっただろう。
だけどもうわかっているのだ。
この栗は僕の知ってる栗の延長線上にあるって。きっと僕を殺そうとしたのだって、やむにやまれぬ事情があったからだ。
栗に話を聞いてもらうために色々考えたが、最後は素直に頼むしかないと考えていた。
まあ想定よりも情けないお願いになってしまったけれど。
栗は僕をじっと見つめた。
その間、僕も目を離さなかった。君が思ってるより僕は諦めが悪いってことを伝えるために。
何秒間か睨めっこをしていると、栗が先に折れた。
「………はあ、仕方ないです。栗の見ていない間に余計なことをされても困りますからね。言っておきますが、話を聞くだけですからね。あと、この姿勢のまま話してください」
「別に良いけど………」
激しく暴れたからか、栗の部屋着はほとんど胸元が見えそうなくらいにはだけていた。
「これは予防措置です。何かあったときでも栗が優位に立てるように―――」
栗の顔がぼっと赤くなる。
「変なとこ見るなです!!」