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 家の近くに着く頃には辺りはすっかり暗くなっていた。


 「気のせいかもだけど、いつもより静かな気がする」


 夜風が肌を撫でる感触がやけに生々しい。


 「優、怖いのかしら?」

 「そんな訳―――ひっ!!」


 不意に何かに首筋を触られた。


 「今っ!何か触った!?」


 僕は慌てて振り返る。すると、そこには花芽の手があった。


 「やっぱり怖がってるじゃない」

 「急に触られたら誰だってびっくりする」

 「じゃあ、今日は優の家のテレビでいっしょにホラー映画を見るわよ」

 「はあ………そりゃ知ってるよね。ホラー映画は勘弁してほしい」


 もはや花芽が何でも知っていることにいちいち驚いたりはしない。僕はホラー映画の類が一切駄目で全く見れないのだ。


 「色々あった後なのだし、恐怖心が増すのは当然よね」


 荷物を持つ僕の手の甲に細い指が絡む。


 「家に着くまでこうしておいてあげるわ」


 握られた手の温もりは全身にまで伝わってくるようで、夜の静けさや暗さなんかがどうでもよく感じられてきた。


 「……早く帰ろう」

 「照れてるわね」


 花芽は肩を寄せてきて、触れるか触れないかくらいの距離感で横並びになった。


 「違う。ずっと荷物を持っていてへとへとなんだよ」

 「ま、そういう理由でもいいわ。あたしもかなり疲れたわ。今すぐベッドで横になりたいくらい」

 「それは自分の買い物を一つくらい自分で持ってから言ってほしいな」


 僕は安心しきっていた。今日は穏やかなまま終わり、そして明日からも花芽がいれば何とかなる、と。花芽さえいれば、きっと大丈夫だと。

 それこそ、自宅の近くの人や車の通りが明らかに少ないことに気づかないくらいに。


 「懐かしいわね。優の家にくるのは、何年ぶりかしら」


 僕の住むアパートの前まで来た。花芽は勝手を知ったようにマンションにずんずんと入っていく。


 「この年代だと自分の部屋より優の部屋の方が落ち着くのよね。大体うちの部屋広すぎるのよ」


 エレベーターに入る。花芽は慣れた手つきでボタンを押した。


 「どれくらい?」

 「優の部屋の4倍はあるわよ」


 僕の部屋は5階にある。エレベーターが上昇していく。


 「想像もつかないよ。たしかに落ち着かなさそう」


 エレベーターは途中の階で停まることなく、5階に到着する。

 そうして、扉が開くと―――


 「下がって!!」


 黒服の男たちが待ち構えていた。

 花芽が前に飛び出し、一番手前にいた男にスタンガンを突きだす。


 「お嬢様、お止めください」


 だが、行動は読まれていたようで、先に花芽の手首が捕まれた。

 そして、映画で見るような護身術の動きで花芽の体がぐるりと回され、スタンガンは床に落ち、背後から両腕をがっちりと捕えられていた。

 花芽は自由に動く脚で男の脛を何度も蹴るが、男はびくともしない。

 やっと栗の言っていた虚弱の意味がわかった気がした。

 花芽がどんなに優れていたとしても体は女子高生、普段から鍛えているような大人の男に力比べで勝てるわけがない。


 「優、ボタン!!」


 僕は花芽の言葉で我に返り、慌てて閉じるボタンを押した。


 「花芽はどうするの!?」


 エレベーターの扉が閉まり始める。だが、一向に花芽がボディーガードを倒してエレベーター内に戻る気配はない。

 それどころか、ぐったりとしていた。


 「優は……逃げて」


 その言葉を最後に扉は完全に閉まりきり、エレベーターが動き出した。

 咄嗟に1階を押していたらしく、エレベーターが下降し、扉が開く。


 「唸木、優だな」


 花芽の父親だ。そして、後ろには黒服の男が数人付いていた。


 「マンションごと囲まれてたってことか」


 悟った瞬間、力が抜けてわなわなと膝をついてしまった。


 「お前のことを調べた。一年の休学の後に転校、素行不良の学生。しかし、それだけだ」


 花芽父は鋭い眼光で僕を睨む。大企業の社長だけあって威圧感があった。

 僕らは無力だと思い知らされた。

 今まで花芽が逃げ出せていたのは彼が本気を出していなかったからだ。


 「花芽は素直で大人しい子だった。だが、最近様子がおかしい」


 声色は威圧的だったが、少し困惑も含まれていた。

 未来の人格に乗っ取られたなんて想像もしてないだろうし、親からすれば不気味に感じるのだろう。


 「原因を探していた。最近よくつるんでいるお前を始めは疑っていたが、勘違いだったな」


 花芽父はゴミでも見るように、僕を上から下まで観察する。


 「花芽を置いて逃げ出し、今だってただへたり込んで俺の話を聞いているだけだ。こんな腰抜けに花芽を変える行動力はない」


 まったく言う通りだ。

 僕は花芽に頼りきりだった。

 何が起こっても花芽なら何とかしてくれると盲信し、自分で考えることも、動くこともしなかった。

 ただ花芽との買い物に浮かれていただけだった。


 花芽が荷物を持たなかったのは、ずっと警戒していたからだろう。

 もし、危険な状況になってもすぐに対処できるように。


 「唸木優、お前は花芽の何だ?」

 「……僕は―――」


 答えられなかった。


 「お前はただの虫だ。花芽にまとわりついてるだけの虫だ。コバエなどどうでもいいが、目障りだ。二度と花芽に近づくな」


 花芽父は僕を置いて去っていった。


 一人になった後、僕はしばらく動く気にならなかった。

 花芽は自分の家のことを大した問題じゃないと言っていた。

 だが、こんな強引な手段で娘を連れて帰ろうとするなんてまともじゃない。

 花芽だってずっと複雑な問題を抱えてきたのだ。


 だというのに、僕は守られるだけで、何もできやしない。


 花芽はそんな僕を肯定し、むしろそのままでいるように望んでいた。

 世界のためだとか、極悪人にならないためだとか、壮大な言葉に惑わされていた。

 だけど、結局は理由を付けて、花芽に甘やかされていただけだ。


 目の前で花芽が連れ去られたとき、あの人がいなくなったときの記憶と重なった。

 どちらも僕は動けなかった。


 そして、後になって喪失と後悔だけが残り続ける。

 僕は無力なままで変わることができない。

しばらく投稿時間ずらします

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