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花芽はどうやら誤魔化すとか、嘘をつくっていうことに関して絶望的に向いていないらしい。
まあ、この状況を上手く説明すること自体に無理はあるが。
「へえ……ただの手錠にしか見えへんけどなあ……」
星野さんはまじまじと見つめながら首を傾げる。
そりゃそうでしょう、ただの手錠なんだから。
「こういうシンプルなデザインが巷では密かなブームなのよ」
花芽は苦々しい笑みを浮かべる。僕としてはもう正直に話しても、たいして変わらないと思うんだけどな。
「カップルのラブラブ度合いを示すこの鎖の繋がりがワンポイントね」
どんなメンヘラカップルだよ。
「ふ~ん…そうなんや……」
星野さんの反応が薄い。
どうにかしようと、花芽はさらに悪足掻きをする。
僕と手を繋ぎ指を絡ませようとしてきた。つまり、鎖で繋がれたほうで恋人繋ぎをしようとしているのだ。
漠然と憧れを抱いていた人生初の恋人繋ぎが、こんな意味不明な状況で消費されようとしている。
ただまあ手錠でペットプレイの変態扱いよりはましか、と仕方なく受け入れることにした。
「そうそう、ラブラブなんだよ」
あれ、おかしいな?星野さん、全く動じないしさっきよりも表情薄くなってる。
僕は内心焦りつつも、引くに引けなくなっていたのでとりあえず笑みを浮かべておいた。
状況動かず、もはやどうしようもないと笑みを浮かべ続ける僕ら、とポカンとする星野さん。
そうして何秒間か見つめあい、訳がわからなくなってきたところで、星野さんは急にスマホを取り出した。
パシャリ。
「めっちゃええ写真取れたわ」
さっきまでポカンとしていたのに、またゲラゲラと笑い出す。
「え、何…どういうこと?」
僕同様、花芽も困惑しているようで口を挟まなかった。
「いやっ……自分ら必死で……顔おもろすぎて……ついからかいたく……なってもたんよ」
星野さんは死ぬんじゃないかって程笑いながら喋るので、言葉が途切れ途切れだ。
「後で……写真送ったるわ……ぷふっ…RINE……教えて…」
「もう……明日葉は本当に意地悪ね。あたしはスマホ持ってないから後で優に見せてもらうわ」
花芽の物言いに星野さんは怪訝な顔を浮かべる。
「なんそれ。そんな断り方嫌いな子相手にもせんけど」
「違うわ。ほら、あたし普段はずっと家の人が傍にいるから、連絡手段を持つ必要がなくて………」
「………そういやクラスRINEも入ってないもんな。ごめん!気づかんくて」
「これ、僕のQR」
花芽と星野さんの間に微妙な空気が流れたのを察し、僕はスマホを渡す。
「おう………ほーん……」
登録をするだけのはずなのに、星野さんは僕のスマホを触りだした。
「友だち少なっ!!」
「勝手に触ったうえに感想酷くない!?」
「大丈夫!優にはあたしさえいればいいのよ!」
「あんまり嬉しくないフォローをありがとう」
RINEの登録が少ないのは、前の学校を退学するときに家族以外全て消していたからだ。
「ま、とりあえずこれで友だちが一人増えたわけや。ついでにクラスRINEにも参加させといたで」
「ありがとう―――っ!……ついでにいらない自己紹介もどうも」
明日葉から返されたスマホの画面には、クラスRINEに送られた僕のメッセージが映っていた。
『ども!うなきゅうでーす!!趣味はペットプレイで、特技は近所の奥さんとお散歩中のポルメチアンに、キャンキャン吠えて通報されかけることです!ご主人様募集中だワン!!』
しかもご丁寧に星野さんからのリプライつきだ。
『ちょっと変な子やけど、悪い子やないから受け入れてあげてな』
「ほんとにタチ悪い。もし消したとしても、変にウケを狙った自己紹介に失敗したいたたられない奴になる」
リプライのせいで。
「目立たんよりはええやろ」
「よくない!!」
星野さんは僕の悪態を聞いても、悪びれずにケタケタ笑ったままだ。
「二人のデートこれ以上邪魔すんのもよくないし、うちはそろそろ行くわ」
引き留める間もなく星野さんはすっといなくなってしまう。
「逃げた……」
「優、気に入られたのよ。よかったじゃない」
花芽はなぜか嬉しそうだった。
「あれで?散々な目に合わされたんだけど」
「明日葉は仲良くないとあんなことしないわ。教室だともっと優等生っぽいでしょ?」
僕はここまでで抱いていた疑問を口にした。
「ねえ、どうして星野さんを気に入ってるの?クラスメイトのことはどうでもいいと思ってたけど」
「未来で助けられたのよ………色々とね。明日葉は意外と面倒見いいのよ」
「そうなんだ……」
「あなたも何かあったときは明日葉に頼るといいわ。ま、あたしが傍にいる限りそんなことは起きないけれどね」
思い返せば、他のクラスメイトたちに話しかけられたのは、星野さんと話していたからだ。
それに、さっきのRINEも星野さんなりの歓迎なのかもしれない。
まあ、星野さんのせいでクラスメイトに変態扱いされてる気もするんだけど。
通知音が鳴る。星野さんからさっきの写真とメッセージが送られてきていた。
『言い忘れとったんやけど、学校周り黒い兄ちゃんだらけやったから、ちょっと気いつけとったほうがええかも』
花芽のボディーガードのことだ。花芽はどうにでもなると言っていたが、僕としてはやはり少し気になる。
「あのさ―――」
「さあ、下着を買ったら帰るわよ」
花芽は僕の腕をぐいと引っ張った。
「やっぱり店に入らないって選択肢は?」
「ないわよ」
花芽に一蹴され、僕は渋々店に入った。それから、下着を選ばされそうになったり、店員さんにゴミを見るような目をされたりしたが、無事に買い物は終わり帰路についた。
ボディーガードたちのことは結局タイミングを逃したが、帰る頃には僕の頭からも薄れかかっていた。