表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/30

14

 「りっちゃんはまた殺しにくるわ」

 「諦める……ってことはないんだよな」

 「しばらく襲撃を防ぐ対策はあるわ」


 花芽にも根本的な解決はできないのだ。


 「そう……よかったよ…」


 栗が僕を狙う理由はわかったが、どうして他でもない栗が僕を殺さなくちゃいけないのか?未来の栗は現在の栗を返してくれないのか?


 本当は全く納得できていない。だけど、今は一旦飲み込もう。

 そして、目の前のことに集中しよう。


 「聞きなさい優。あたしが完璧な作戦を与えてあげる!」

 「うん、何でもやってやるよ!」


 声を張った花芽に合わせて、僕も勢いよく返事をした。

 やっぱり普段の傲慢で自信たっぷりな花芽の声には底知れぬパワーがある。

 今ならどんなことでも出来るという気になってくる。


 「今、何でもやるって言ったわね?」


 花芽は口角をきゅっと上げて、わざとらしい笑みを浮かべた。


 「う、うん……」


 何でもと言わないほうがよかったかもしれない。無理難題を押し付けられそうな予感がする。


 「じゃあ―――」


 残念ながら、僕の悪い予感は的中した。


 「しばらくあたしといっしょに住みなさい!」

 「住む?いっしょに?誰と誰が?」

 「もちろん、あたしと優がいっしょに住むのよ。何か問題あるかしら?」

 「大アリだよ!!」


 色々あって忘れていたが、そういや花芽も相当常識外れだった。


 「短かったけれど同棲していた時期もあったのよ。お互いの裸くらいは当然見てたわけで、あたしにとっては何の問題もないわ」

 「あっ……そうだよね……」


 つい花芽の裸が頭に浮かんでしまった。


 「今、あたしの裸想像したわよね?」

 「いやいや、いっしょにお風呂に入ったのかなんて想像してないよ!!」

 「あたしはお風呂とまでは言ってないわよ」


 反射的に口を押えたが、もう手遅れだった。言い逃れはできない。


 「ふ~ん……やっぱり気になってるじゃない。優が望むなら、い、いっしょに入ってもいいわよっ」


 花芽は腕で胸を隠した。花芽の胸は細い体躯とは対照に大きく育っており、両腕でやっと隠れるくらいだ。


 「口と行動が一致してないんだけど?」

 「あ、あれ、おかしいわ?こんなの恥ずかしくもなんともなかったはずなのに……」


 花芽は頬を赤らめると、さらに僕から身を隠すように肩をギュッと抱く。


 「お風呂は保留よ!!とにかく、いっしょに暮らすということはお互いに合意ということでいいわね?」

 「まだどうして同棲なんて突飛な発想になったか聞いてない。まずは理由を聞かないことには同意はできない」

 「そ、そうだったわね」


 花芽はまだお風呂のことを引きずっているようで、歯切れが悪い。


 「おそらくりっちゃんは優を殺害したことを事故か何かに見せかけたいのよ」

 「あいつにとっては僕がいなくなれば、それでいいんじゃないのか?」


 未来の栗のことを、栗だと口にしたくはなかった。現在の栗の先の未来にあいつが繋がっている、とどうしても受け入れられないのだ。


 「あたしもあの子も、過去を変えることで未来にどこまで影響があるかわかってないのよ。今でさえもうあたしの経験していなかったことが起こってる。命を一つ奪うという行動がどれだけ影響を及ぼすかなんて、誰にも想像できないわ」

 「それって、父親のことか?」

 「ええ、お父様が学校にやってくるなんて前はなかったのよ。前の私はお父様に従順で大人しくしていたから、警備が緩かったのでしょうね」

 「たしかに、今の花芽にはすごく手を焼きそうだ」

 「お父様のことはどうにでもなるからいいのよ。ボディーガードたちはまた隙をついて倒してやるわ」


 花芽はスクールバッグをぽんと叩いた。ぱんぱんに詰まったバッグの中には、昨日使ったスタンガンのような武器がたくさん入っているのだろう。


 「頼もしい限りだよ」

 「話は戻るけど、仮にりっちゃんが人前で優を殺したとすれば、とんでもない事件になるでしょ。家族や学校はもちろんのこと、新聞やニュースで取り上げられるかもしれない。そうなれば、未来がどう転ぶかなんていよいよわからなくなる。りっちゃんは未来を変えたいのだから、それは避けたいはずでしょ」

 「バタフライエフェクトなんて比べものにもならないってことだね」


 バタフライエフェクトはよく時間系SFに出てくる、蝶の羽ばたきのようなほんのささいな出来事が変化するだけでも、連鎖を起こすことによって歴史にまで影響を及ぼす現象のことだ。


 「ええ。だからこそ、あたしは優に関わるときは細心の注意を払ってきたわ」

 「いや、花芽もけっこう派手に影響を与えてると思うけど」

 「優と会えたのが嬉しくて、少しはしゃいじゃったのよ。とにかく、りっちゃんは人前では襲えない。それなら、あたしが常に傍にいればいいのよ!!朝起きてから夜眠るまで、ずっとあたしが付いていれば優は安全だわ!!」

 「たしかに……」

 「でしょ?じゃあ、今日から優の家で同棲ね!」


 花芽は調子を取り戻し、喋るにつれて前のめりになる。勢いが怖かった僕は、後ろに身を引く。


 「ちょ、ちょっと待って。理由はわかるけど、流石にいっしょに住むってのは難しいかも。だいたい、親だっているんだよ。どう説明すれば………」

 「へ~、そんなにあたしと住むのが嫌なの?」

 「いや、そうじゃなくて……これは僕一人で決められる話じゃないし……」

 「ふ~ん……そうやって噓をつくなら、あたしにも考えがあるわ」


 花芽はバッグに手を突っ込むとガサゴソといじりだす。僕は何でもないような顔をしながら、嘘がバレて内心焦っていた。


 そう、嘘をついていた。

 現在、唸木優は一人暮らしである。


 だからこそ、雰囲気に押されて了承してしまうのを避けたかった。


 「嘘?………なんのこと?―――」

 「母親姉とは別居中!!そして、父親は単身赴任中!!」


 未来から来た花芽には全てお見通しだったということだ。

 花芽はバッグから白く光る何かを取り出して振るう。僕は反射的に腕を前に出し身を守った。


 カチャリ。


 「これで逃げられないわね」


 僕の手首には手錠がつけられていた。そして手錠は花芽の手首に繋がっていた。


 「さあ、白状しなさい!どうして渋るの?」


 花芽が腕を引っ張ると、強引に引き寄せられた。

 物理的にも心理的にももう逃げられそうにない。


 「………まだ君と僕の関係がはっきりしてないから。雰囲気に流されるのは少し違う気がして」

 「はっきりしてるわ。夫婦よ!!」

 「それは君の中での関係だよ―――わかった、訂正する。君とどう向き合っていいのか僕の中ではっきりしてないんだ」


 花芽のことを怪しんでいるわけではない。命を助けてもらったし、信用もしている。

 だけど、花芽が僕に全幅の信頼を置いているのに対して、僕も同じように花芽を手放しに信頼するのは違う気がする。

 本来それは長い時間をかけて、得るものなのだから。


 「今はそれどころじゃないでしょ。そういう細かい話は落ち着くまで保留って言ったわよね。だいたい前回のあなたならもっと―――――っ…ごめんなさい………」


 花芽は言葉を途中で切ると、俯く。

 花芽の知る唸木優、つまり花芽と知り合って間もなかった僕は同棲を了承したらしい。


 「ううん、僕の方こそ状況がわかっていなかった……」

 「………他にも方法があるわ。優が嫌なら無理にとは言わないわ」


 花芽は露骨に悲しそうな顔をしていた。その様子を見て僕は強く拒否する気にはなれなかった。


 「いいよ、いっしょに住む。花芽の傍が一番安全なんだよね」

 「いいの?」


 花芽は顔を上げる。まだ少し潤んでいた瞳がキラキラとしていた。

 いつも高慢なのに、こうやってたまに見せる素直な態度―――


 「………可愛い」


 つい口に出てしまった。


 「か、か、かわ…かわいい?………」


 花芽の頬がぼっと赤くなる。


 「まっ、まあ、あたしの容姿のあまりの素晴らしさに思わず声が出るのはわかるけど……もっと他に言うことあるんじゃないかしら?この天華院花芽がいっしょに住んであげると言っているのよ」


 花芽の言葉に僕ははっとした。

 僕が渋ったから僕が同棲を許可するような形になってしまったが、僕は命を守ってもらう立場なのだ。

 だとしたら、相応の態度をするべきだ。


 僕は花芽としっかり目を合わせ、畏まってこう言った。


 「ふつつかものですが、これからよろしくお願いします」


 花芽の頬がさらに真っ赤になる。


 「言い方考えなさいよ!!」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ