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 学校を出た僕らは、昨日同様いきつけのカフェに来ていた。


 「わざわざここじゃなくてもよかったじゃないかな」


 昨日、店内でゴタゴタしたからバツが悪い。


 「今からする話をあまり人に聞かれたくないのよ」


 今日も店内の客は僕と花芽だけだ。

 もっと人がいれば目立たないのに、店主に見られているのかと考えるとあまり居心地が良くない。


 「それで、どの話?」


 問題は山積みなのだ。しかも僕はどの話からも置いてけぼりだ。


 「優からすれば何が何だかわからないものね。実を言えばりっちゃんのことはあたしも衝撃だったというか、まだ整理が付いていないのだけど」


 未来の栗―――昨日までの栗が将来あんな恐ろしい暗殺者になるとはどうにも想像しがたい。


 「予想外ばっかりだったとはいえ、あなたをここまで巻き込んでしまったことは申し訳ないとは思ってるわ」

 「花芽に関わった時点で僕はもう巻き込まれてる」

 「あたしの当初の計画では、あなたと仲良くなって、幸せにして、いちゃいちゃしてそれで終わりだったのよ。全部優が喜ぶことをしてあげたかっただけ」

 「最後の一つは自分欲望入ってるよな」


 花芽に悪意がなかったのはわかってる。

 ただ、文句の一つでも言わないとやっていけない。


 「一度話を整理をするためにも、優から質問して。その方があなたにとってわかりやすいでしょう?それとも、これ以上知らないほうがいいかしら?」


 花芽は優しげに目を細める。


 「別に優が事情を知っても知らなくても、守るつもりではあるけれど、全てを忘れて現実に戻る道だってあるわ。そっちの方が幸せかもしれないわよ。あたしならあなたが滞りなく普通の日常生活を送れるようサポートできるわ。だから―――」

 「らしくないね。というか、説得したいならもっとストレートにいいなよ」

 「だって、答えはわかってるのよ。無理だとわかっていても、説得したいのよ」

 「何でも知ってるが故の悩みってことか。そうだね、僕の答えは決まってる」


 僕はふうと息をついた。ここからは覚悟がいる。

 もう巻き込まれてしまった以上、逃げようもないのだが、それでも自分から踏み込むということは一歩も引き返せないということだ。


 「そうよ。優はここで全部見なかったことにして忘れられるような人じゃないのよね」

 「じゃあ、一番気になることから聞くよ」

 「ええ、何でも答えるわ」


 机の下で拳を握る。僕は覚悟を決めた。


 「未来はどうなってるんだ?」

 「………」


 花芽は顔を歪ませて、唇をきゅっと結ぶ。


 「何でも答えてくれるんじゃなかったのか?」


 未来から来た花芽と栗は常人離れした身のこなしをしていた。

 そして、未来の僕が世界を滅ぼすという考えに至っているのだ。

 今の平和な世界がそのまま続いているとは考えがたい。


 「それを変えるためにあたしがいるのよ」

 「つまり、僕の未来を変えるってことか?」


 花芽は乾いた笑みを浮かべた。


 「聞かれたくないことばかり質問してくれるわね。流石、優だわ」


 つまり、核心を付いているということなのだろう。


 「そうよ。あたしは優が未来の優にならないようにするために来たの」

 「それは、僕が世界を滅ぼそうとするから、なのか?」

 「ええ」

 「どうして僕はそんなこと考えたんだ?」


 この先を聞くのは絶対に良くないとわかっていた。

 だけど、僕の口は止まらなかった。聞かずにはいられなかった。


 だって、たとえ未来の僕が今の僕と違うとしても、元は同じ人間なのだ。

 一歩踏み外せば僕は償えない罪を背負うリスクがあるとわかって、これから生きていかなければならない。

 花芽から笑みが消える。


 「………わからない。きっと、あたしがわからなかったってことが答えなのよ。最期のあなたは孤独だった」


 花芽は目線を落とした。

 花芽はこれまで会話するときは絶対に目を逸らさなかったにも関わらず、だ。


 花芽の態度でわかった。


 「そう……やっぱり僕は世界を滅ぼすから殺されたんだ」

 「………」


 花芽の返答はない。代わりに目尻から一筋の涙が頬を伝う。


 「っ!―――ごめん!聞いちゃいけないことだった」


 簡単に想像できたはずだ。

 花芽は未来の唸木優を失って、色々考えて、悲しみを乗り越えて、過去にやってくることを決断したのだろう。


 「……いいのよ。あなたは当時者なのだから」


 握る指に力がこもる。爪が手のひらに食い込んだ。


 「あたしは大丈夫よ。心配してくれてありがとう。こんなときでもあたしのことを考えてくれて、やっぱり優は優しいわね」


 自分のことでいっぱいいっぱいで、花芽がどう感じるのか考えていなかった。


 「優しいなら、君を泣かせたりなんてしない」

 「それよ。あたしはそれが時々怖いのよ」


 花芽の顔がさらに曇る。


 「えっ?」

 「ちゃんと自分のことを心配しなさい!優、あなた殺されかけたのよ。そんな状況で自分のことを優先するのは当たり前でしょ!!あたしのことなんて考えずに、自分のこと考えなさいよ!!」


 花芽の頬から涙がぼろぼろと落ちる。


 「どうして………」


 泣かせまいと決心した矢先に泣かせてしまった。


 「あのさ……やっぱりおかしいよ……」


 確かに花芽が言うことは正しいし、実際僕も被害者だと思っている。

 だけど、目の前で人が泣いてるのに無視はできない。してはいけない。


 「僕は―――」

 「情けないところを見せたわね」


 花芽は椅子に立ち上がると、この世で自分が一番正しいと主張するような表情を浮かべる。


 「あたしは天華院花芽よ!あなたに同情されるほど落ちぶれたりはしないわ!」


 彼女の顔は未だ涙で濡れていた。

 僕には、必死に声を出して涙をかき消そうとしているように見えた。


 花芽のこと、何でも知っていて僕を絶対に助けてくれる女神か何かだと勘違いしていた。だから、僕は彼女が全て正しくて、信じようと思うようになっていた。

 でもそれは全て、花芽の目的だった。

 花芽は意地でも僕に誇れる天華院花芽でありたいのだ。


 本当の花芽は―――


 「とりあえず、目先の話をしましょう。椋田栗のことよ」


 強引に話を進められる。

 とりあえず、だ。花芽のこととか、僕のこととか、そういう色んなことは一旦置いてとりあえず、ということだ。

 もしかすれば、ここで勢いに流されずに言及したほうがいいのかもしれない。

 彼女はそれを望んでいない。

 これまで僕が花芽のことを考えず手放しで頼れるように気を配ってきたのだ。


 決断力のない僕はどうすればいいかわからない。

 そのうえ、花芽の決意を踏みにじるだけの意思も持ち合わせていない。


 結局、花芽の提案である保留に従う他なかった。


 「………そうだね、とりあえず、どうするかを考えよう」

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