出会い
雨は思ったより強かった。
最後の方なんて土砂降りの一歩手前と言えるほど大粒で凄い雨だったのだが、傘を差さないと一度決めたのなら後には引かない、引けないのが一ノ瀬侠花だ。
勢いを増し続ける雨に対して侠花ができることなどせいぜい足を早めることくらいで、家――蓮の屋敷から飛び出して侠花一人でしか住んでいない小さなアパートの部屋に着いた時にはもうずぶ濡れだった。
侠花はため息混じりに「教科書濡れてなきゃいいんだがな」と呟き、玄関を突っ切り脱衣所に直行。
びしょびしょの制服を手早く脱ぎ捨て、温かいシャワーを浴びようと勢いよく風呂場のドアを開けたとき、奴はいた。
「――あ、悪い。風呂借りてるぞ」
気持ちよさそうに湯船に浸かっている彼は、侠花と目が合って軽くそう言った。
断っておくが、この男は別に侠花の恋人でも、因縁ある親戚でも、隣の部屋の迷惑な住民でもなんでもない。
初対面だ。
「きゃ、キャアアアアアアアアア!」
侠花が暴走族のカシラとは思えない乙女チックな悲鳴を発してその場に尻もちをつくと、その男は少し慌てたように湯船から上がり、侠花に声をかけた。
「いや、嬢ちゃん。人が風呂入ってる最中に突然入ってきてその悲鳴は無いだろ」
???
多くの情報が一気に流れこみ脳みそがショートしそうな侠花だったが、10秒ほどの沈黙の後やっと声を絞り出した。
「と、とりあえず前しまって!!!」
――――――――――――――――――――
「…あのね。ドライヤーかけるほどの髪の長さじゃないでしょ」
「一刻も早く上がれ」と言ったにも関わらず、あの男は10分近く髪を乾かしていた。
無理やりその男に私服らしき汚れた麻の着物を着させ、リビングに引きずり出し、今テーブルを挟んで顔を合わせているという訳だ。
丁寧に紅茶まで淹れて、だ。
男が風呂から上がるまで暇だったのだから仕方ない。
「悪いな。勝手にドライヤー使っちまって」
男が本当に申し訳なさそうに言う。
「それよりも先に風呂を謝って」
「でも、風呂はちゃんと洗って入れたから。
この後すぐにお前も入れるぞ」
「なんかあんたの入った後入りたくない」
「反抗期か」
実際反抗期の自覚があるので侠花は言葉に詰まった。
「いや、…とにかくあんた何者なのよ。
警察呼ばれてないだけあんた本当恵まれてるのよ」
侠花の言葉に男はギクッとした顔を浮かべた。
他人の家の風呂入っといてよく今更ギクッとできたな、と侠花は思う。
「いや、いいじゃねえかよ。俺のことは」
「どこがいいのよ。これで納得いく説明されなかったら今から通報だって当たり前よ」
「この紅茶上手いな。なんの茶葉だ?」
「誤魔化さないで。へたくそだし」
「この柑橘系の香りと、スッキリとした後味。俺の見立てでは…」
「詳しいのかよ…」
「午後ティーだな」
「舐めんな!」
散々かき回しといて、男は「やっぱり言うしかねえかぁ…」と深くため息をつき、真っ直ぐ侠花の目を見て言った。
「俺は火の精霊だ」